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オンラインゲーム:サンドボックスウォーズ ―画面の向こうの絆―  作者: 黒瀬雷牙
第三章 シャインの物語

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第十七話 過疎サーバー

 水曜日の昼休み。

 オフィスのざわめきの中、灯は書類を小脇に抱え、一直線に部長のデスクへ向かった。


「部長、今日こそログインですよね!」


 開口一番、これだ。

 周囲の同僚たちは思わず顔を見合わせる。

 彼女の押しの強さは、社内でも有名だった。


「う、うん? ログイン……?」


 いつもは誰よりもフレンドリーで、部下思いの上司。だが、今日のその笑顔はどこか曇っていた。


「前のギルバトも来てませんでしたよ? ダークキング討伐、次こそ勝ちましょうって言いましたよね!」


「いやぁ……最近ちょっと、なぁ……」


 曖昧に笑いながらマグカップを口に運ぶ部長。

 灯は机に身を乗り出して畳みかけた。


「まさか、もう飽きたとか言わないですよね?」


「飽きたってわけじゃないんだけどさ。あのダークキングとか、キリキリバッタとか、エターナルの揉め事見てたら……なんか一気に冷めちゃって」


「うわぁ~それ、わかりますけど! でもだからってログインしないのはナシです!」


 灯は身振り手振りで力説する。

 彼女の営業トークは、いつもこんな調子だ。

 押しが強く、テンポがよく、相手を笑わせながら本題に持っていく。

 その結果、営業成績は常に社内トップクラス。


「部長いないと、ギルチャも静かなんですよ! おじサムライロスって感じです!」


「ロスて……はは、そこまで言われると弱いなぁ」


 観念したように苦笑しつつも、部長の視線は机の上のスマホに落ちた。

 ログイン通知は三日分溜まったまま。

 戦力ランキングには、《4位:おじサムライ》の文字。

 上にはカノン、黒王、オニッシュ。

 かつて肩を並べたライバルたちの名が光っていた。


「……抜かされてんのか。あいつら、相変わらず強いな」


「だからこそ、今がリベンジのチャンスですよ!」


 灯の勢いに押され、部長は肩をすくめた。


「三國くん、ほんと押し強いなぁ……」


「営業でもそれで結果出してますから!」


 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。

 立ち上がる灯は、指をピッと突きつけた。


「今日、ログイン! 約束ですよ!」


「……わかったよ。久しぶりに、おじサムライ復活させるか」


 部長は笑いながらも、ほんの少しだけ、燃え尽きた心に火が戻るのを感じていた。


 夜21時過ぎ。

 《サンドボックスウォーズ》、第32サーバー。

 ギルド〈キリキリバッタ〉の拠点チャットは、珍しく盛り上がっていた。


【ルミナ】「うわっ、ほんとにログインしてる!」

【クルス】「おじサムライさん、おかえりなさい!」


 久々に表示されたその名前に、ギルド全員が色めき立つ。

 三日ぶりの再会。

 ゲーム内の空気が、少しだけ明るくなった。


【マルメン】「ようやく来たか。待ってたぞ!」

【金糸雀】「ログイン通知きたとき、思わず声出ちゃいました!」

【おじサムライ】「はは、そんな大げさな。ちょっと仕事で疲れてただけさ」


 いつもの穏やかな調子。

 ギルメンたちが一斉に「おかえり!」と返す。

 その笑い声に、シャインも自然と笑みを浮かべた。


【シャイン】「おじサムライさん、戻ってきてくれて嬉しいです」

【おじサムライ】「おう、シャイン。しばらく離れてたら腕鈍ったかもしれんな」

【マルメン】「問題ない。俺がリハビリ付き合ってやるよ」


 その時だった。

 全プレイヤー共通チャットのログに、嫌な文字が流れる。


【黒王】「お、サムライ生きてたのか。てっきり引退したと思ったわ」

【まろん】「3日もログインしてなかったし、あのまま消えりゃよかったのにな」


 一瞬で空気が凍る。

 ギルチャの文字入力欄が、次々に点灯した。


【マルメン】「……おい、今の聞いたか?」

【金糸雀】「何あれ!? 最低!」

【クルス】「人の楽しみを踏みにじって何が楽しいの……?」


 怒りのコメントが次々と流れる中、シャインの指が震えていた。

 ただのゲーム。けれど、仲間を侮辱されたことが、どうしても許せなかった。


【シャイン】「……やめてください。あなたたちは何のつもりでそんなことを言ってるんですか」

【カノン】「本当のこと言っただけ。3日も来ないやつ、もうやる気ねーだろ」

【まろん】「泣くなよ、新人さんw」


 チャット欄が荒れる。

 マルメンは怒りに任せて打ち込んだ。


【マルメン】「テメェら、いい加減にしろ! ゲームでも礼儀くらい持て!」


 その瞬間、ギルド拠点のチャットが一瞬だけ静まる。そして…


【おじサムライ】「……もういいよ、みんな」


 彼の文字は、どこまでも静かだった。


【おじサムライ】「楽しいはずの場所で、こんな連中と同じ空気吸いたくない。ゲームは、笑うためにやるもんだろ? だから、俺は降りるよ。」

【シャイン】「部長、待ってください!」

【マルメン】「おい、おじサムライ!」


 次の瞬間、システムログが無情に表示された。


《おじサムライがログアウトしました》


 ……二度と、戻ることはなかった。


 直後、全チャにまたも黒王の文字が流れる。


【まろん】「おじサムライやめさせてやったわwww」


 その言葉が、引き金だった。

 第32サーバーの雰囲気は一気に冷え込み、チャットは荒れ、離脱者が続出。

 「嫌な奴がいるから」という理由で、仲間ごと姿を消す者も多かった。


 そして三日後、32サーバーのアクティブプレイヤーは当初の3割にまで減少。

 サーバー設立2週間という、離脱者が多い時期ではあったが、《サンドボックスウォーズ》第32サーバーは、“過疎サーバー”と呼ばれるようになった。


 残された仲間たちは、ただ静かに、ログアウトしたおじサムライの名を見つめていた。


 絶対にダークキングは許さない。

 夜のギルドバトルに向け、一同は燃えていた。


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