第十六話 独占の理由
夜21時前・ギルド拠点。
キリキリバッタのメンバーたちは、それぞれの端末越しに雑談を交わしていた。
【ルミナ】「最近、新規さん全然見ないよね」
【クルス】「だね。もうどのギルドも顔ぶれ固定になってきた感じ」
沼地探索の準備を進めながら、そんな会話がチャット欄を流れていく。
この《サンドボックスウォーズ》は、毎月一定数の新規ユーザーが新サーバーに自動的に割り振られる仕組みだった。
つまり、今いる「第32サーバー」には、もう新しいプレイヤーは入ってこない。
固定されたプレイヤーたちの間では、日々の小競り合いから本格的な戦争までが頻発し、そして引退者も多かった。
【金糸雀】「ねぇ、マルメンさん」
【マルメン】「ん?どうしたカナリア」
【金糸雀】「なんでダークキングって、あんなに“大区画”にこだわるのかな?最近じゃ、あそこを取るために他ギルドまで潰して回ってるじゃない」
その問いに、マルメンが作戦ボードを呼び出す。そこには十のエリアが並んでいた。
【マルメン】「理由は単純だ。報酬だよ」
【シャイン】「報酬……?」
マルメンはボードの第一層にカーソルを合わせ、説明を始めた。
【マルメン】「大区画は全部で十。防衛に成功、もしくは一週間維持すれば、区画ごとに報酬がもらえる。ただし格があるんだ。下から銅、銀、金の三段階」
画面上に三色の区画が浮かび上がる。
【マルメン】「まず、銅区画。十区画のうち六つがこれだ。報酬はまぁ、“もらえたら嬉しい”程度。だけど、銅区画を二つ持ってるギルドだけが“銀区画”に挑める」
【金糸雀】「つまり、足がかりってわけね」
【マルメン】「そう。で、銀区画は三つ。報酬は一気に豪華になる。課金アイテムや強化素材、運次第では限定スキンまで出るから、上位ギルドは必死になるんだ」
シャインは画面を見つめながら、小さくうなずいた。この段階でようやく、ダークキングの執念が理解できてきた。
【シャイン】「……じゃあ、“金区画”ってのは?」
マルメンは少し間を置き、ボードの中央、黄金の輝きを放つ一点を指した。
【マルメン】「唯一無二の金区画。銀区画を一つでも持っていなきゃ挑めない。報酬は“福袋”形式で、1%の確率で一万円相当のアイテムが出る」
【ルミナ】「一万円!? 本物の福袋じゃん!」
【クルス】「そりゃ、命がけで奪い合うわけだ……」
マルメンは苦笑した。
【マルメン】「強いギルドほど目の色変える。報酬目的で他ギルドを潰してでも金区画を独占したがる。……ダークキングがそれだ」
チャット欄に一瞬、沈黙が流れる。
シャインは息を吐き、画面越しに呟いた。
【シャイン】「あの人たちにとっては、勝利より“支配”が目的なんですね」
【マルメン】「まぁな。でも、俺たちは違う。
“勝つこと”より、“楽しく勝つこと”がキリキリバッタの信条だ」
金糸雀が小さく笑う。
【金糸雀】「うん。だったら、なおさら勝ちたいね」
シャインも同じように笑い、拳を握った。
【シャイン】「……次も、絶対に譲らない」
その声に、マルメンが頷く。
【マルメン】「よし、時間だ、沼地行くぞ!強化して、戦力を整えて、もう一度あいつらに挑むぞ!」
夜21時。
キリキリバッタのメンバーたちは、第二層沼地ダンジョンに移動した。
【ルミナ】「今日はどれくらいレア素材が落ちるかな?」
【クルス】「支援魔法、最大にしておいた」
【シャイン】「ありがとう、クルス。みんな、準備はいい?」
湿った空気と腐葉土の匂いが、画面越しにもしっかり伝わってくる。
沼地深部は危険が多く、毒沼や巨大昆虫がひしめく場所だ。
しばらく進むと、突然、大地が揺れるような轟音と共に地面が裂け、巨大な影が姿を現した。
【ルミナ】「えっ、あれ……!?」
目の前に現れたのは、骨格だけが露出した巨大ドラゴン。スカルドラゴンだ。
【金糸雀】「うわ、やっぱり深部に出るって噂のやつ!」
ドラゴンは骨の翼を広げ、鋭い牙を光らせる。体長は画面いっぱいに映るほど巨大で、周囲の木々を吹き飛ばすほどの威圧感だ。
【シャイン】「落ち着いて。マルメンさん、前出てください」
マルメンは軽く笑い、盗賊特有の身軽な動きで前線に出る。手には長弓。
【マルメン】「任せろ。こいつは遠距離でちょちょいと弓で削れば大丈夫だ」
矢を構え、的確にスカルドラゴンの関節や骨の隙間を狙う。骨の鎧に反射されても、的確に弱点を突き、数発で大きく動きを封じる。
【シャイン】「じゃあ私は雷属性で支援と攻撃を同時に」
シャインは杖を掲げ、掌から雷の魔法を放つ。
電撃は地面を走り、毒沼に接触すると小さく爆発。ドラゴンの足元を滑らせる。
スカルドラゴンは怒声を上げて飛びかかろうとするが、マルメンの矢とシャインの雷魔法が絶妙に交互に命中し、動きを封じられる。
【ルミナ】「すごい……マルメンさん、矢一発で骨が割れてる!」
【クルス】「シャインさんの雷魔法で動きが止まってる……これは安心」
シャインは手元で雷の魔力を集中させ、ドラゴンの翼に電撃を連打。骨が微かに軋み、羽ばたきが鈍くなる。
【シャイン】「マルメンさん、あと一撃で中心部に狙いを絞ります」
【マルメン】「了解」
マルメンが放った弓矢が、雷魔法で一瞬の隙を作ったドラゴンの胸骨に突き刺さる。
大きな轟音と共にスカルドラゴンは膝をつき、しばらくうめくように動きを止めた。
【金糸雀】「や、やば……二人だけで倒せるんだ……」
シャインは息を整え、杖を軽く振ると、雷の残滓が小さく炸裂。スカルドラゴンは完全に沈黙し、報酬アイテムの宝箱がその場に現れる。
【シャイン】「よし、回収します」
【マルメン】「ふっ、素材も確保。これで次のギルドバトルも準備万端だな」
ルミナとクルス、金糸雀も素材を回収しつつ、戦いの余韻に息をつく。
【ルミナ】「すごかった……マルメンさん、シャインさんって、ホントに最前線向きだね」
【シャイン】「みんなで支え合って戦うのが一番大事ですから」
沼地深部の夜風が、画面越しの仲間たちにも冷たく吹き抜ける。
それでも、キリキリバッタの絆は、さらに深まったのだった。




