第十五話 ムカつく!
都内のマンションの一室。
画面の向こうで、三國灯は大声を張り上げた。
「ムーカーツークー!!」
勢いよくチューハイをあおる。
「くそっ、ダークキングの奴ら、マジでムカつく!」
叫びながら画面の前で拳を握りしめる灯。
熱くなると、周囲の目も気にせずテンションが上がってしまうのは、いつものことだった。
翌朝。
いつもの会社に着くと、灯はすぐに部長のデスクへ向かった。
「部長! 昨日のダークキング、ほんと最悪!!」
思わず愚痴る灯に、部長はにこやかに手を振る。
「まぁまぁ、落ち着け三國くん」
部長はフレンドリーで誰からも好かれる存在だ。
実はこの部長こそ、サーバーランキング一位のおじサムライ。
社内の飲み会で若い社員に誘われ、灯とほぼ同時にゲームを始めたため、同じサーバーにいるという因縁付きである。
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《その飲み会の日》
「社員だからシャインなのかい? じゃあ僕はブチョウだね」
「いや、私は社員だからシャインじゃなくて、本名が灯だから…」
灯の説明に部長は納得顔で頷いた。
「なるほど。じゃあ…おじサムライでいいか」
その場の思いつきで決まった名前が、今ではサーバーの頂点に立つ名になった。
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「とにかく、次のギルドバトルこそ、ダークキングに一泡吹かせましょう!」
灯は拳を握りしめ、目を輝かせる。
部長は軽く笑い、椅子にもたれかかりながら言った。
「焦るな、三國くん。前回、王国騎士団とエターナルと組んだとき、見事にハマったじゃないか。あの戦いを思い出せばいい」
灯は少し考え込み、口を尖らせた。
「確かに…あの時は連携が上手くいきましたけど、今回は…私だけでやらなきゃって思っちゃって…」
部長はにやりと笑い、灯の肩に手を置く。
「無理に一人で背負う必要はないさ。ギルマスのマルメンさんも采配をしてくれる。君一人じゃない、仲間と一緒に戦えば十分勝てる」
灯は深呼吸を一つして、強く頷いた。
「分かってます…でも、私たちなら絶対超えてみせます!」
部長は目を細めて微笑む。
「その意気だ。じゃ、仕事を始めようか」
灯は拳を再び握りしめた。
「よし…次こそ、ダークキングに見せてやる!」
「あ、まず仕事集中してね…」
いざ仕事が始まると、灯の手際は抜群だった。
書類整理、メール対応、社内調整――どれも滞りなくこなしていく。
「さすが、ゲームの熱さはそのままに、仕事では冷静なんだな…」
同僚が小声で感心するほどだ。その正確さと判断力は、まさにキリキリバッタの指揮役として光る資質を感じさせた。
定時になると、灯はデスクを片付け、カバンを肩にかける。
「よし、今日も終わり!」
廊下を歩きながら、思わず笑みがこぼれる。
ゲームの世界に戻る時間だ。
「じゃ! 部長!今日も待ってますから!」
しかし部長は、苦笑しながら首を横に振る。
「いや、今日僕は妻とディナーでね(汗)」
灯は肩をすくめ、軽く笑った。
「そっか…じゃあ、今日は私一人でキリキリバッタをまとめるか」
「いやいや、マルメンさんもいるでしょ…」
スマホを取り出し、ログイン画面を開く灯。
「さて、次の一手を考えなきゃ…!」
画面越しの仲間たちが待つ、キリキリバッタの作戦ルームへ、灯は静かにログインした。
その瞳は、昼間の冷静さと、夜の熱意が混ざり合い、ギラリと光っていた。
「あ…あの、三國くん? 帰ってからやれば(汗)」
「んー…それもそうですね」
灯は会社を出て、ドラッグストアで缶チューハイとツマミを買うと急いでマンションへ。
シャワーで身体を流し、夕飯代わりのチューハイとツマミをテーブルに並べると、パソコンを起動させた。
画面の光が灯の頬を照らす。
三ギルド共闘により、ダークキングから奪い返した大区画、キリキリバッタの拠点には、夜風のように落ち着いた雰囲気が漂っていた。激戦で壊れた拠点の建設はまだまだ進んでいない。
【マルメン】「お、来たなシャイン!」
ギルドマスター・マルメンが手を振る。
背後では数名のメンバーが装備を整えたり、素材を倉庫に運んだりと忙しなく動いている。
【シャイン】「お疲れ様です。今日も人集めですか?」
【マルメン】「ああ。次のギルドバトル、ダークキングに一泡吹かせてやりたいからな。勝つには今のままじゃ層が薄い」
マルメンの言葉に、シャインは真剣な表情で頷いた。ギルドバトルは毎週土曜日。つまり、残された準備期間はまだ5日ある。
【シャイン】「前線に立てるタンクと、範囲魔法系の火力があと一人ずつ欲しいですね」
【マルメン】「それな。今、掲示板にも募集出してるけど、なかなか即戦力は来ねぇ」
マルメンが肩をすくめる。
シャインは顎に指を当て、考え込んだ。
【シャイン】「……なら、素材集め兼ねてダンジョン行きましょう。強い人たちは、そういう場所で出会うこともあります」
【マルメン】「なるほど、スカウトがてらの攻略か。いい考えだな」
そう言うと、マルメンがギルドチャットに一言。
【マルメン】「21時、第二層沼地ダンジョン攻略。参加希望は反応よろしく!」
数秒も経たないうちに、返事が次々と返ってきた。
【ルミナ】「りょーかい!」
【クルス】「支援準備しておきます」
【金糸雀】「例の素材、現地で落ちるかもね」
【マルメン】「うん、これなら行けそうだ」
マルメンが満足そうに笑い、シャインに向き直る。
【マルメン】「ところでシャイン、今日もチューハイ片手にやってんのか?」
【シャイン】「えぇ、もうルーティンですから。思考も冴えますし」
【マルメン】「……仕事終わりでそんな元気あるの、ほんと尊敬するわ」
【シャイン】「マルメンさんこそ、タバコの吸いすぎは体に毒ですよ」
【マルメン】「え、なんでわかるの?見えてるの!?」
マルメンが苦笑しつつ、作戦ボードを開く。
沼地エリア深部。毒沼と巨大昆虫がひしめく危険エリア。
だが、レア素材が豊富で、高ランクプレイヤーの多くが訪れる人気の狩場でもある。
【マルメン】「ダークキングに勝つには、まず戦力の底上げ。それと、強化素材の確保だ」
【シャイン】「了解。あと数日で、できる限りの準備をします」
シャインは拳を握る。
ギルドの雰囲気は明るいが、目標はひとつ。
ダークキング撃破。
【シャイン】「……マルメンさん」
【マルメン】「ん?」
【シャイン】「私、絶対に勝ちたいんです。ムカつくとか、悔しいとか、そういう次元じゃなくて、ここまでやって負けたままじゃ、前に進めない気がするんです」
マルメンは数秒、黙ってから微笑んだ。
【マルメン】「……いいね。そういうやつがいるギルドは、絶対強くなるよ」
その言葉に、シャインの胸の奥が少しだけ熱くなる。現実でも、ゲームでも、自分が信じた仲間と共に戦う。それが、彼女にとって一番のやりがいだった。
【シャイン】「よし、じゃあ沼地は大収穫に備えましょう!」
【マルメン】「おう。チューハイは1本までな」
【シャイン】「じゃマルメンさんもタバコ一本ね」
二人の軽口に、チャットのメンバーたちも笑いマークで応える。
そのやり取りの向こうで、サーバーの片隅ではダークキングも、次なる戦いに向けて静かに動き始めていた。




