第二十二話 温かい冬
翌日。
ドラッグストアのバックヤードには、午前中の柔らかな日差しが差し込んでいた。
いつもより少し軽い足取りで、琴葉は品出しの箱を棚に並べていく。
鼻歌こそ出ないものの、表情はどこか明るい。
レジ横の棚を整えていると、ベテランパートの徳永が、ちらりとこちらを見た。
「朝倉ちゃん、今日はやけにご機嫌ねぇ」
琴葉は、はっとして振り返る。
「え? そ、そうですか?」
「うんうん。なんかいいことあったでしょ」
少しからかうような笑み。
琴葉は慌てて首を横に振った。
「いえ、別に……大したことじゃないです」
「ふーん?」
徳永は顎に手を当て、じっと琴葉を見つめる。
「もしかして、彼氏でもできたのかしら?」
「えっ!? ち、違います!」
思わず声が裏返る。
「そ、そんなのじゃないですから……」
徳永は楽しそうに笑った。
「はいはい。でも、いい顔してるのは本当よ?」
その言葉に、琴葉は少しだけ照れたように視線を逸らした。
(……バレバレ、なのかな)
仕事中も、ふとした瞬間に昨日の出来事が頭をよぎる。
ギルドチャットの祝福の嵐、仲間たちの声。そして、自分の名前が呼ばれた瞬間。
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
夕方。買い物袋を片手に、琴葉はアパートへの道を歩いていた。12月に入ったというのに、空気は驚くほど穏やかだった。晴れた日は、薄手の上着で十分なくらいだ。
「……全然、冬っぽくないな」
小さく呟きながら、階段を上る。
部屋に入ると、いつものワンルーム。
靴を脱ぐと、真っ先にPCの前へ向かう。
仕事帰りに買った弁当は、机の隅に置いたまま。
フタを開けることもなく、琴葉は椅子に腰掛け、電源を入れた。
画面が光り、ログイン画面が表示される。
(……昨日の続き、どうなってるかな)
指先が自然とキーボードに伸びる。
気づけば、弁当はまた手つかずだった。
冷めた唐揚げと白いご飯。でも、空腹よりも優先したいものが、琴葉にはあった。
仲間と過ごす時間。
画面の向こうに広がる、もう一つの居場所。
「……はぁ」
ため息がこぼれる。
こうして家に帰ると、すぐPC。誰かと会う予定もない。連絡を取り合う相手もいない。
しばらく彼氏がいない理由は、きっとこの性格にあるのだろう。
でも。
(……今は、これでいい)
琴葉は小さく笑い、SBWにログインした。
現実では静かな日常。画面の向こうでは、仲間たちが待っている。
それが、朝倉琴葉の今だった。
ギルドチャットの通知を開いた瞬間、画面が自動で切り替わった。
【システム】「箱庭コンテスト本戦の詳細を発表します」
琴葉は、背筋を伸ばす。
部屋の空気が、ほんの少しだけ張り詰めた。
【システム】「本戦開催日:12月25日」
【システム】「テーマ:温かい冬」
一瞬、静寂。そして、フローライトのチャットが一気に動き出した。
【みぃ子】「温かい冬!?」
【ゆず】「ほっこり系ですね!」
【そる】「クリスマス直撃じゃん!」
【White】「これは演出の幅が広いな」
【Gemini】「温かいの解釈が重要だね」
【Rain】「雪景色+癒し系とか?」
【らいおん】「焚き火、温泉、こたつ」
【ペンギン】「鍋」
【リュート】「最後のは庭じゃない」
【烈火】「キャンプファイヤー!!」
琴葉は、思わず小さく笑った。
(温かい冬……)
ただ暖房が効いた部屋、という意味じゃない。
きっと求められているのは、心まで温まる冬。
雪の中の灯り。
誰かと過ごす時間。孤独じゃない、冬。
そんなイメージが、自然と浮かんでくる。
【ココア】「よし、フローライト作戦会議だね」
【みぃ子】「わくわくしてきた!」
【ゆず】「リデルさんの庭、絶対合いますよ」
【そる】「癒しの本領発揮だな」
琴葉は、キーボードにそっと手を置いた。
(……温かい冬)
リデルとして作る庭。
ヒーラーとして、誰かの心を休ませる場所。
それはきっと、今までで一番、自分らしい箱庭になる。
画面に映る日付は、12月25日。
クリスマス。
(……頑張ろう)
小さく息を吸って、ゆっくりと吐く。
フローライトの挑戦は、ここから始まる。
ログイン直後、琴葉の視線は自然とランキング一覧へ向かった。
本戦参加者――
29〜32サーバーの上位5名。
名前とポイントが、整然と並んでいる。
まず、29サーバー。
(……噂通り、堅実タイプ)
派手さはないが、全体の完成度は高い。
癒し系、自然系、王道ファンタジー。
悪くない。
けれど、圧倒的というほどではなかった。
次に、31サーバー。
(こちらも、安定型)
細部の作り込みは丁寧だが、印象に残る何かが足りない。強い。でも、突出してはいない。
そして30サーバー。
1位通過者のポイントが目に入る。
8,990ポイント。
琴葉は、思わず息を呑んだ。
(……高い)
予選で9,000目前。
アリスの8,255すら上回る数字。
テーマ構成、世界観、演出。
どれも一級品だ。
(強い……本当に、強い)
だが、それでも。
琴葉の視線は、自然とあの二人の名前へ向かっていた。
アメリア 10,012
メリッサ 9,200
別格。数字が、すべてを物語っている。
(……やっぱり)
どれだけ他サーバーが健闘していても、
この二人の壁は、あまりにも高い。
芸術性。
世界観。
完成度。
どれを取っても、頂点。
(最大の壁は……この二人)
それでも自分も、ここまで来た。
フローライトの想いを背負って。
仲間の声援を背に受けて。
(……負けても、胸を張れる庭を作ろう)
琴葉は、そっと拳を握った。




