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サンドボックスウォーズ  作者: 黒瀬雷牙
第五章 リデルの物語

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第二十二話 温かい冬

 翌日。


 ドラッグストアのバックヤードには、午前中の柔らかな日差しが差し込んでいた。

 いつもより少し軽い足取りで、琴葉は品出しの箱を棚に並べていく。


 鼻歌こそ出ないものの、表情はどこか明るい。

 レジ横の棚を整えていると、ベテランパートの徳永が、ちらりとこちらを見た。


「朝倉ちゃん、今日はやけにご機嫌ねぇ」


 琴葉は、はっとして振り返る。


「え? そ、そうですか?」


「うんうん。なんかいいことあったでしょ」


 少しからかうような笑み。

 琴葉は慌てて首を横に振った。


「いえ、別に……大したことじゃないです」


「ふーん?」


 徳永は顎に手を当て、じっと琴葉を見つめる。


「もしかして、彼氏でもできたのかしら?」


「えっ!? ち、違います!」


 思わず声が裏返る。


「そ、そんなのじゃないですから……」


 徳永は楽しそうに笑った。


「はいはい。でも、いい顔してるのは本当よ?」


 その言葉に、琴葉は少しだけ照れたように視線を逸らした。


(……バレバレ、なのかな)


 仕事中も、ふとした瞬間に昨日の出来事が頭をよぎる。

 ギルドチャットの祝福の嵐、仲間たちの声。そして、自分の名前が呼ばれた瞬間。


 胸の奥が、じんわりと温かくなる。


 夕方。買い物袋を片手に、琴葉はアパートへの道を歩いていた。12月に入ったというのに、空気は驚くほど穏やかだった。晴れた日は、薄手の上着で十分なくらいだ。


「……全然、冬っぽくないな」


 小さく呟きながら、階段を上る。


 部屋に入ると、いつものワンルーム。

 靴を脱ぐと、真っ先にPCの前へ向かう。


 仕事帰りに買った弁当は、机の隅に置いたまま。

 フタを開けることもなく、琴葉は椅子に腰掛け、電源を入れた。


 画面が光り、ログイン画面が表示される。


(……昨日の続き、どうなってるかな)


 指先が自然とキーボードに伸びる。

 気づけば、弁当はまた手つかずだった。

 冷めた唐揚げと白いご飯。でも、空腹よりも優先したいものが、琴葉にはあった。


 仲間と過ごす時間。

 画面の向こうに広がる、もう一つの居場所。


「……はぁ」


 ため息がこぼれる。

 こうして家に帰ると、すぐPC。誰かと会う予定もない。連絡を取り合う相手もいない。

 しばらく彼氏がいない理由は、きっとこの性格にあるのだろう。


 でも。


(……今は、これでいい)


 琴葉は小さく笑い、SBWにログインした。

 現実では静かな日常。画面の向こうでは、仲間たちが待っている。


 それが、朝倉琴葉の()だった。


 ギルドチャットの通知を開いた瞬間、画面が自動で切り替わった。


【システム】「箱庭コンテスト本戦の詳細を発表します」


 琴葉は、背筋を伸ばす。

 部屋の空気が、ほんの少しだけ張り詰めた。


【システム】「本戦開催日:12月25日」

【システム】「テーマ:温かい冬」


 一瞬、静寂。そして、フローライトのチャットが一気に動き出した。


【みぃ子】「温かい冬!?」

【ゆず】「ほっこり系ですね!」

【そる】「クリスマス直撃じゃん!」

【White】「これは演出の幅が広いな」

【Gemini】「温かいの解釈が重要だね」

【Rain】「雪景色+癒し系とか?」

【らいおん】「焚き火、温泉、こたつ」

【ペンギン】「鍋」

【リュート】「最後のは庭じゃない」

【烈火】「キャンプファイヤー!!」


 琴葉は、思わず小さく笑った。


(温かい冬……)


 ただ暖房が効いた部屋、という意味じゃない。

 きっと求められているのは、心まで温まる冬。


 雪の中の灯り。

 誰かと過ごす時間。孤独じゃない、冬。


 そんなイメージが、自然と浮かんでくる。


【ココア】「よし、フローライト作戦会議だね」

【みぃ子】「わくわくしてきた!」

【ゆず】「リデルさんの庭、絶対合いますよ」

【そる】「癒しの本領発揮だな」


 琴葉は、キーボードにそっと手を置いた。


(……温かい冬)


 リデルとして作る庭。

 ヒーラーとして、誰かの心を休ませる場所。


 それはきっと、今までで一番、自分らしい箱庭になる。


 画面に映る日付は、12月25日。

 クリスマス。


(……頑張ろう)


 小さく息を吸って、ゆっくりと吐く。

 フローライトの挑戦は、ここから始まる。


 ログイン直後、琴葉の視線は自然とランキング一覧へ向かった。


 本戦参加者――

 29〜32サーバーの上位5名。


 名前とポイントが、整然と並んでいる。


 まず、29サーバー。


(……噂通り、堅実タイプ)


 派手さはないが、全体の完成度は高い。

 癒し系、自然系、王道ファンタジー。


 悪くない。

 けれど、圧倒的というほどではなかった。


 次に、31サーバー。


(こちらも、安定型)


 細部の作り込みは丁寧だが、印象に残る何かが足りない。強い。でも、突出してはいない。


 そして30サーバー。


 1位通過者のポイントが目に入る。


 8,990ポイント。


 琴葉は、思わず息を呑んだ。


(……高い)


 予選で9,000目前。

 アリスの8,255すら上回る数字。


 テーマ構成、世界観、演出。

 どれも一級品だ。


(強い……本当に、強い)


 だが、それでも。

 琴葉の視線は、自然とあの二人の名前へ向かっていた。


 アメリア 10,012

 メリッサ 9,200


 別格。数字が、すべてを物語っている。


(……やっぱり)


 どれだけ他サーバーが健闘していても、

 この二人の壁は、あまりにも高い。


 芸術性。

 世界観。

 完成度。


 どれを取っても、頂点。


(最大の壁は……この二人)


 それでも自分も、ここまで来た。

 フローライトの想いを背負って。

 仲間の声援を背に受けて。


(……負けても、胸を張れる庭を作ろう)


 琴葉は、そっと拳を握った。

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