第十八話 その庭に、全力を
ギルドチャットに、アリスの発言が流れた。
【アリス】「箱庭コンテスト、出ようと思います」
一瞬、静寂。戦場では誰よりも冷静なアリスだが、こういう個人的な宣言は珍しい。
【牙】「お、マジか」
【黒鉄】「庭師アリス、本気モード?」
【らん】「評価的には、十分狙える位置ですね」
【Miley】「いいじゃん、楽しそう!」
【伯爵】「ケルベロスの名を、戦場以外でも轟かせましょう」
誰一人、否定しなかった。
むしろ。
【牙】「よっしゃ、じゃあ素材集めだな!」
【ピノキオ】「戦争より庭づくり」
【リキ】「レア木材、任せろ」
【白兎】「花系、集めてくる」
【ファントム】「夜限定素材、行ってくる」
その瞬間、ケルベロスは戦闘ギルドから庭職人集団へと変貌した。
中央金区画の争奪戦?
rebellion?
今はどうでもいい。目的はひとつ。
アリスの庭を、最高のものにする。
【牙】「たまにはこういうのも悪くねぇよな」
【黒鉄】「……平和だ」
【Miley】「ふふ、ギルドっぽい」
アリスは、思わず画面の前で小さく笑った。
【アリス】「……ありがとうございます」
それだけで、十分だった。
そして、画面の向こう側。
有栖愛花、二十代。
地方在住。
趣味はゲーム。
交友関係は、少なめ。
酒も煙草もやらない。
彼女は今、軽バンの運転席に座っていた。
助手席には、保冷バッグ。後部座席には、食品配達用のケース。
エンジン音と、静かなラジオ。人気の少ない夕方の道。
食品配達員という仕事は、基本的にひとりだ。
誰かと長く話すこともない。運転中は、ずっと自分だけの時間。
でも、愛花はそれが嫌いじゃなかった。
(……みんな、協力してくれるんだ)
さっきのギルドチャットを思い出す。
冗談みたいなノリ。軽い言葉。でも、その裏にある本気。
(私の庭のために、ケルベロスのみんなが動いてる……)
ハンドルを握る手に、少しだけ力が入る。
特別な才能があるわけじゃない。有名配信者でもない。SNSで注目される存在でもない。
ただ、ゲームが好きで。庭を作るのが好きで。
静かにコツコツ積み上げるのが好きなだけ。
それでも、ケルベロスは、彼女を仲間として信じてくれた。
(……中途半端な庭なんて、絶対に出せない)
信号が青に変わる。
アクセルを踏み、軽バンが静かに走り出す。
現実では目立たない、普通の20代。でも、ゲームの中では、32サーバー屈指の箱庭職人、アリス。
その名に、恥じない庭を作るために。
愛花は、今日もハンドルを握り続ける。
静かな覚悟と、確かな感謝を胸に。
11月某日
32サーバーの全体チャットが、珍しく賑わっていた。
【BROS】「最近ケルベロス静かすぎないか?」
【アークライン】「ギルドバトル不参加、レイドも来てない」
【マーリン】「ダンジョンではすれ違いますよ」
【マルメン】「逆に怪しい」
【シャイン】「嵐の前の静けさってやつ?」
話題は自然と、ひとつのギルドに集約されていく。
ケルベロス。
中級ギルドでありながら、そのイン率と牙の奇策により激戦を繰り返し、上位であるrebellionやDARK KING、王国騎士団に対しても、恐れずに何度も衝突してきた戦闘ギルド。
その動きが、ここ最近あまりにも平和だった。
【らいおん】「あの牙が大人しくしてるのは逆に不安」
【マルメン】「あの人、何かあるときは静かだからな」
【G2】「合併前の件を考えると……」
自然と、過去の話が掘り返される。
牙率いるブラッドハウンドは、裏で同盟を結成し、複数ギルドをまとめ上げていた。
そして、ブルーアーチのギルマスだったMileyは、サーバー全体を巻き込んだ“史上最大規模の戦争”を仕掛けた張本人。
エース級プレイヤー《スペシャルオーダーズ》
上位層が固まっていた《ダークキング》
その二大勢力を正面からぶつけ、32サーバーを戦火に包んだ張本人。
【シャイン】「あの二人が同じギルドにいる時点で、何があってもおかしくない……」
【マルメン】「何も企んでないわけがない」
【烈火】「嵐来るぞ、これ」
そのとき、全チャに見慣れた名前が現れた。
【牙】「わはは!でっけぇこと企んでるから震えて眠れ!」
一文だけ。
説明なし。補足なし。悪意もなし。
ただ、牙らしい、軽口の爆弾。
チャットは一瞬で荒れた。
【BROS】「来た」
【マーリン】「やっぱりか……」
【ジェイ】「覚悟しとくか」
【シャイン】「戦争?」
しかし、当の本人はそれ以上何も語らない。ケルベロスのメンバーも、全チャには出てこなかった。
その裏側。ケルベロスのギルド拠点では、まったく別の光景が広がっていた。
【ピノキオ】「レア木材、あと20」
【白兎】「花素材、SSランク来た!」
【リキ】「夜光石、取れたぞ!」
【Miley】「バフ系オブジェ素材、揃ったよ」
【黒鉄】「なんか、戦争より忙しいな」
戦争の準備ではない。レイド対策でもない。
全員がやっているのは、箱庭の素材集め。
【アリス】「みんな……本当にありがとうございます」
【牙】「気にすんな!さっき全チャで言った、でっけぇことってのはな」
牙はニヤリと笑う。
【牙】「アリスを、優勝させることだ!」
一瞬の沈黙。
そして。
【カゲロウ】「最高」
【らん】「合理的です」
【伯爵】「名誉ある目的ですね」
【ファントム】「戦争より平和」
【黒鉄】「……嫌いじゃない」
全員が、迷いなく頷いた。
他ギルドが警戒するでっけぇことの正体は、
血も火も落雷もない。
ただひとつ。
仲間の夢を、全力で支えること。
その中心にいるアリスは、少しだけ顔を赤らめながら、画面の前で小さく笑った。
(……この人たち、本気だ)
戦場では、誰よりも強く。
普段は、誰よりも温かい。
ケルベロスは今日も、静かに動いている。
嵐ではなく、最高の庭を咲かせるために。




