第十話 紅の庭園の日常
サーバー32、紅の庭園。
今日はギルドスカーレットにとって、何も決めない休日だった。
建築タスクなし。素材集めも任意。
ログインしているだけでいい、そんな日。
【アメリア】「今日は完全オフでいきましょう。庭園で雑談だけでも歓迎よ」
【cat】「わーい! こういう日好き!」
【さつき】「学生時代に戻った感じしますね」
噴水のそばにキャラたちが集まり、ギルドチャットがゆるやかに流れ始める。
年齢も環境も違う。それでも、ここでは不思議と温度が合う。
【メリッサ】「アメリアさん、私たち同い年でしたよね。学校の話、します?」
【アメリア】「いいわね。私は工業高校だったから、文化祭は展示ばっかりだったわ」
【cat】「えー意外! でも、今の拠点見ると納得です」
【さつき】「センス、完全にプロですよね」
褒め言葉が並ぶ。
アメリアは少し照れたスタンプを返した。
【アメリア】「ありがとう。でも、みんなが楽しんでくれるから作れるのよ」
その流れに、少し遅れてメッセージが入る。
【もも】「文化祭かあ。今の子は自由でいいわよねえ」
一瞬、チャットが止まる。
誰も否定しないし、誰も肯定もしない。
【もも】「私の時代は先生が厳しくてね。最近の若い子は甘やかされすぎだと思うわ」
既視感のある流れ。スカーレットのメンバーは、全員が知っている。
ももは、かつてギルド・エターナルを壊した人物。
現実で追い詰められていたペインに金銭をちらつかせ、個別チャットで関係を迫り、そして結果的にギルドは瓦解した。
ここでは、その話題は出ない。
けれど、知らない者はいない。
【cat】「学生風衣装イベント、楽しみですね!」
話題は自然に切り替わる。誰かがそうするのが、暗黙の了解だった。
【さつき】「制服モチーフ、絶対映えますよ!」
【アメリア】「紅の庭園に合うデザイン、考えないとね」
チャットは再び明るさを取り戻す。しばらくして、アメリアの画面に個別チャットの通知が入った。
【メリッサ 】「……いつもの感じですね。でも、今日の素材集め、ももさん一番走ってます」
【アメリア 】「ええ。助かってるのも事実よ。来る者は拒まない。それが、私のギルドだから」
実際、ももはタスクに関しては非常に真面目だった。素材集め、納品、時間厳守。誰よりもコツコツやる。
【もも】「今日の素材、予定数クリアしたわよ」
【アメリア】「ありがとう、助かります」
それだけで、十分だった。
誰も過去を蒸し返さない。誰も深く踏み込まない。
この箱庭では、それでいい。
完璧な空間を保つために、全員が少しずつ、距離を測っている。
紅の庭園は、今日も美しい。その美しさは、優しさと、黙認と、線引きの上に成り立っていた。
そしてアメリアは思う。
(守るって、戦うことだけじゃない)
この日常も、この歪さも含めて、スカーレットという箱庭なのだと。
【ゆり】「こんにちはー。今ログインしました!」
【ミロク】「お疲れ。今日は平和そうだな」
新しく現れた二人に、チャットが少しだけ賑やかになる。
【アメリア】「いらっしゃい、ゆり、ミロク。今日は雑談だけよ」
【ミロク】「了解。こういう日も悪くない」
【ゆり】「わあ……噴水の色、変わってません? きれい……」
【cat】「昨日アメリアさんが調整したんだよ!」
【ゆり】「すごい……ほんとにお庭みたい……」
ゆりは現役高校生。
言葉の端々に、まだ少しだけ幼さが残る。
【メリッサ】「ゆりは今日は学校休み?」
【ゆり】「はい! テスト終わったので!」
【ミロク】「学生は元気でいいな。俺なんて休みでも仕事の夢見るぞ」
【さつき】「それ、分かります……」
笑いスタンプがいくつか流れる。
空気は穏やかで、いつものスカーレットの日常だった。
【ゆり】「ミロクさんって、いつも落ち着いてますよね」
【ミロク】「年の功だな」
【cat】「絶対もっと若いでしょそれ!」
そんなやり取りの途中で、
唐突に、別の発言が割り込んだ。
【もも】「ねえ、ちょっと聞いていい?」
一瞬、間が空く。
【もも】「ゆりちゃんって、百合なの?」
チャットが、完全に止まった。
【ゆり】「……?」
数秒後、ゆりから返事が来る。
【ゆり】「えっと……百合、って……お花ですか?」
純粋な疑問。本当に、分かっていない。
その一文が、逆に場の温度を下げた。
【cat】「……」
【さつき】「……」
【ミロク】「……」
誰も、すぐに言葉を返せない。
【もも】「あら、知らないの? 女の子同士が――」
その続きを、アメリアが遮った。
【アメリア】「ももさん。その話題は、このギルドでは不要よ」
短く、はっきりした一文。
【アメリア】「ゆりは未成年。冗談でも振る話じゃないわ」
チャットに、少し遅れて反応が返る。
【ゆり】「……? 私、何か変なこと言いましたか?」
【メリッサ】「大丈夫よ、ゆり。気にしなくていいわ」
【ミロク】「話戻そう。学生イベント衣装の案、続けようぜ」
【cat】「そうそう! 制服っぽいの!」
話題は切り替えられる。だが、先ほどまでの軽さは戻らない。
【もも】「今は、そういうのも厳しいのね」
誰も、その発言には反応しなかった。
紅の庭園は、相変わらず美しい。
けれど、チャットの行間には、確かな線が引かれた。
踏み越えていい場所と、踏み越えてはいけない場所。アメリアは、静かに画面を見つめる。
(次は注意だけじゃ、済まないかもしれない)
それでも彼女は、ギルドマスターとして、箱庭を壊さない選択を続ける。
この日常を守るために。




