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サンドボックスウォーズ  作者: 黒瀬雷牙
第三章 アメリアの物語

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第九話 箱庭女王の現実

 サーバー32のとあるエリア、「紅の庭園」。

 そこに広がるスカーレットギルドの本拠地は、まるで絵画の中の世界だった。

  深紅の薔薇が咲き乱れる庭園を抜けると、白大理石の回廊が続き、天井からは水晶のシャンデリアが柔らかな光を降り注ぐ。

 中央の噴水は、魔法のように色を変えながら水を舞い上げ、壁一面の書棚には珍しい装飾品が隙間なく並んでいる。


 誰もが認める、完璧な箱庭。その主、アメリアは、優雅に紅茶を口に運んでいた。


【アメリア】「ふふ、今日も美しいわね……この薔薇の色合い、完璧」


 隣に座るメリッサが、穏やかに微笑む。


【メリッサ】「アメリアさんのセンス、本当にすごいですよね。私なんて、いつも参考にさせてもらってばかりで」

【アメリア】「そんなことないわ。あなたのリラックス空間の配置は、私も真似したいくらいよ」


 二人は静かに笑い合う。 ギルドメンバーも含め、スカーレットは戦闘を一切しない「箱庭専」の集団だった。

 戦闘区域には行かず、素材集めと建造だけに没頭する。それでも、サーバー全体から注目される存在の一つ。なぜなら、彼女たちの拠点は「芸術」そのものだったから。


 現実世界。午後6時過ぎ。首都圏郊外の工業団地。


「はぁ……今日も疲れたぁ……」


 有雨阿里亜ありあめありあは、作業着のままトラックの荷台から降りた。 ヘルメットの下から覗く髪は、塗料の匂いが染みついている。

 手にはまだ、刷毛の跡が残った軍手。 工業高校のインテリア科を卒業し、親戚が経営する塗装屋に就職してちょうど一年。

 今日も一日中、マンションの外壁塗装に従事していた。


「阿里亜ちゃん、お疲れ! 今日は早めに上がっていいよ」  


「ありがとうございます、おじさん!」


 親戚のおじさんに手を振って、阿里亜は自転車に乗り込む。 アパートまでの道すがら、夕陽がオレンジに染まる空を見上げながら、ぼそっと呟いた。


 誰もいない道で、一人で決めポーズを取る。 両手を腰に当てて、ちょっと首を傾げてみたり、指でピースを作ってみたり。


 ……あの頃は、これが最高のツカミだった。


 工業高校のインテリア科に入学したての頃、自己紹介の順番が回ってきた時、クラス中が静まり返る中、阿里亜は立ち上がって、にっこり笑って言った。


「私の名前は、有雨阿里亜!下から読んでもアリアメアリア!!」


 一瞬の沈黙の後、教室がどっと沸いた。 男子は大笑いし、女子は「かわいいー!」と拍手。

 その一言で、たちまち「面白い奴」として認識された。 以降、クラス替えがあっても、文化祭でも、部活の合宿でも、このフレーズを求められるのが恒例行事になった。

 最初は照れくさかったけど、みんなが喜んでくれるから、自然と決めポーズまで付け加えるようになった。友達も増え、いつも輪の中心にいた。


「阿里亜の自己紹介見たい!」って言われるたび、ちょっと得意になって、何度でもやってみせた。


 でも、卒業して就職したら、そんな機会はぱったりなくなった。

 塗装屋の現場じゃ、名前なんて「阿里亜ちゃん」で十分だし、誰も下から読むなんて遊びをしない。同僚のおじさんたちにやったら、きっと「何言ってんだこいつ」って苦笑いされるだけだ。

 だから、今はこうして、誰もいない帰り道で、こっそり呟くしかない。


「……ふふ、ちょっと恥ずかしいけど、やめられないんだよね」


 自転車を漕ぎながら、小さく笑う。 あの頃の輝きは、もう現実にはないかもしれない。 でも、ゲームの中なら、アメリアとしてなら、まだ誰かに必要とされている。


 部屋に戻ると、すぐにシャワーを浴びて、ゲーム用のノートPCを立ち上げる。 これが、阿里亜の一日の癒しだった。


 ログイン。  キャラクター名:アメリア。

 深紅のドレスが優雅に翻り、紅の庭園に転移する。


【アメリア】「ただいまー」


 ギルドチャットに、すぐに反応が飛ぶ。


【さつき】「お帰りなさい、アメリアさん!」

【cat】「今日も新しい装飾、追加しました! 見ててください!」

【メリッサ】「お疲れ様、アメリアさん。紅茶、淹れておきましたよ」


 阿里亜は、思わず苦笑いした。


 (……なんで、みんなこんなに慕ってくれるんだろ)


 最初はただ、「箱庭を一緒に楽しみたい」と思ってギルドを作っただけだった。

 戦闘なんて興味ゼロ。 剣も魔法も使わず、ただきれいな部屋を作りたい。

 インテリアが好きで、ゲーム内でも課金して家具を買ってしまう。 現実では塗装屋の作業員だけど、色や質感には人一倍こだわりがある。

 それなのに。いつの間にか、メンバーが増え、拠点ランキングは一位に。  

「スカーレットギルドのアメリアさん」と呼ばれ、畏敬の目で見られるようになっていた。


【アメリア】「みんな、ありがとう……本当に、嬉しいわ」


 画面の向こうで、阿里亜は頬を緩める。 現実では、ただの塗装屋の新人。 高校卒業してすぐ働いて、友達も少ない。 でもここでは、みんなが自分の作った空間を褒めてくれる。 自分のセンスを、認めてくれる。


(戦うのは苦手だけど……ここなら、私にもできることがある)


 ふと、今日の出来事を思い出す。  森で出会ったフローライトのメンバーたち。 特にあのリデルって人……多分、かなり強敵になりそう。


【アメリア】「フローライトさんたち……次回のコンテスト、本気みたいね」

【メリッサ】「ええ。私たちも、負けられませんね」

【アメリア】「ふふ、そうね。私たち、戦うのは得意じゃないけど……」


 優雅にカップを置く。


【アメリア】「箱庭で、頂点に立つのは、私たちよ」


 現実の阿里亜は、画面に向かって小さく拳を握った。


(負けないよ。私だって、塗装屋のプライドがあるんだから)


 箱庭の女王。スカーレットの期待を背負う彼女は、箱庭において誰にも負けるわけにはいかない。

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