第四話 私でいられる場所
ギルド〈フローライト〉。
かつては初心者も古参も入り混じり、ほどよい雑談と適度なギルバトで賑やかだった。
だが、三か月の間に空気は大きく変わった。
無課金ながら誰よりも楽しんでいたタイガーは、いつの間にか別ゲームに夢中になり、ログインすら消えた。
夜勤続きのマルロは「ギルバトに迷惑かけたくない」と静かに引退していった。
新規が入りづらくなった“凝り固まったサーバー”。
フローライトに新メンバーが増える気配はなく、気づけば10名だけ。
ココア、そる、White、ゆず、Gemini、むー、ハルト、リデル、烈火、Rain。
ギルドバトルでも、かつて争っていた銀区画どころか、いまでは銅区画の維持がやっと。
それでも、何も言わずに去った仲間の名前が消えるたび、ゆずの胸は少しずつ、確実に締めつけられていた。
(……このまま、フローライトが小さくなっていくの、イヤだな)
口にしたことはない。
けれどゲームを閉じるたび、胸に残るのは寂しさだった。
そんなある夜、ギルチャに通知が走る。
【ココア】「みんな、朗報! 焼肉キングダムが、うちの傘下に入りたいって言ってきたよ!」
画面に表示されたその一行を見て、
ゆずの心は一気に熱くなった。
焼肉キングダム——
こちらと同じく、人数不足で苦しむ中堅ギルド。
だけど、手を組めば“減っていく” から “増やしていく” へ方向が変わる。
(良かった……!フローライト、まだ終わらないんだ)
ゆずは思わずスマホを胸に抱き寄せた。
翌日。
雪月明那、二十四歳。
彼女がゆずの現実の姿だ。
地元で三十年以上続く理容店「セツヅキ・バーバー」で働く理容師。
美容師ではなく、理容師である。
父に教わった刃物の扱いは堂に入っており、小柄な体からは想像できないほど、手元は安定している。
笑うと浮かぶそばかす、控えめだけど穏やかな雰囲気。そのせいか常連の親父たちからは
「明那ちゃん、彼氏まだなのか?」
「もったいないぞ〜」
と軽口を叩かれるのも日常になっていた。
仕事は順調。人間関係も良好。
それでも、本当の気持ちをしまい込んだまま過ごす日々には、どうしても埋まらない穴があった。
誰かに依存したいわけじゃない。
ただ、本心のままでいられる場所が欲しかった。
その唯一の居場所が、オンラインゲーム《SBW》のギルド・フローライト。
ギルメンと交わす軽い冗談。
銅区画でも必死に戦って笑い合える空気。
名前のない疲れを、そっと受け止めてくれる人たち。
明那にとって、フローライトは「私でいられる場所」だった。
(だから……守りたいんだ。ここを)
焼肉キングダム合流の知らせを読んだとき、胸の奥に灯った小さな火は、ゆっくりと広がっていく。
(もっと強くなろう。もっと動こう。私にできること、きっとある)
シェービング用の刃を磨きながら、明那は微笑む。
現実とオンライン。
両方を抱きしめながら、
彼女の瞳には、確かな光が宿っていた。
その夜、ゆずはいつものようにログインすると、ギルドチャットの上部にお知らせが点滅していた。
【ココア】「次のギルドバトルなんだけど、焼肉キングダムが、相互布告したいって。最後にうちと戦いたいらしいよ」
その一文を読んだ瞬間、静かだったチャットがぱらぱらと灯り始める。
【White】「なるほどな……まんま、うちらの時と同じ流れじゃないか」
【Gemini】「だよね。当時のホワイトキャットも、もうボロボロで……」
【ゆず】「うん。あの時の私たちと重なる」
3人は同時にくすりと笑った。
思い返せば、ホワイトキャットだった頃は本当に小さなギルドだった。
あの時のフローライトは、ココア、そる、スカイ、そしてオニッシュ。
対するホワイトキャットは、White、ゆず、Gemini、タイガー――。
互いに人が足りず、火力も足りず、それでも必死に守っていた日々がある。
そしてあの縁が、いまの絆の土台になっている。
タイガーは、いまはもういない。
スカイもオニッシュを連れ戻すといい、DARK KINGへ行ったきり……。
だけど、いなくなったというより、あの頃は確かに一緒にいたという温度の方が、胸に残っていた。
Whiteがつぶやく。
【White】「それから仲間が増えたよな。むー、ハルト、リデル、烈火……」
【Gemini】「そしてRain。いまやうちのエースだし」
【ココア】「そうだねぇ。みんなのおかげで、ここまで来られた」
チャットログに並ぶ名前をゆっくり見渡しながら、ゆずは思う。
たしかに人は減った。
でも、それと同じくらい増えた人もいた。
減った分が空洞じゃなくて、新しい光の入る器になっている。
焼肉キングダムの最後の戦い。
それは同じ苦しみを知る者として、静かな敬意を返す戦いになる。
そして同時に。
フローライトの灯が、まだ消えていないことを証明する戦いでもある。
【ゆず】「……私たちのフローライトは、終わらないね」
【White】「終わらん終わらん。まだまだ光るぞ」
【Rain】「むしろ、ここからが本番」
そのやり取りのあと、ココアが短く送った。
【ココア】「うん。フローライトは、まだまだ光り輝くよ」
【そる】「そうだぜ、なんだってこの俺がいるんだからな!」
【ハルト】「フッ、そうだな。そるがいる限り笑いは尽きない」
【むー】「間違いないw」
フローライトは終わらない。
何度だって、いまから輝く。




