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サンドボックスウォーズ  作者: 黒瀬雷牙
第一章 スカイの成長

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第一話 アルバイト

 スカイがダークキングに加入してから、約三ヶ月が経った。

 季節は夏の気配を失い、まもなく十月を迎えようとしていた。


「おい空也、明日の夜カラオケ行かねぇか?」


 休み時間、同級生が軽いノリで声をかけてきた。


「わり、バイトだ」


「またかよ。たまには休めよな!」


「はは、まぁな」


 からかい半分の言葉に、空也は苦笑する。けれど彼の生活は、三ヶ月前とはもう違っていた。


 翌日。


 午前中は部活。汗だくで竹刀を振り、練習メニューをこなす。

 昼食後、少しだけ目を閉じる。時計の針が午後四時を指す頃、空也は制服に着替え、駅へ向かった。


 最寄り駅から四駅。

 電車に揺られて辿り着くのは――


 巨大なガラス張りのエントランスが夕陽を反射し、淡い金色に輝く。

 スターダストホテル。

 都内でも指折りの高級ホテルだ。


 空也が働くのは、その中にあるレストラン。

 まだぎこちない手つきではあるが、ウェイターとしての仕事も板についてきた。


 時間ぴったりに出勤し、従業員通路を歩いている、正面からスーツ姿がやたら似合うモデルみたいな大人が歩いてきた。


「おう、スカイ……いや、ここでは蒼井空也くんと呼ぶべきかな。今日も頑張れよ」


「あっ、はい!頑張ります! 藍沢さん!」


 軽く手をあげて通り過ぎていく経営者。そして、その正体は。


(まさかカノンさんが男性とは思わなかったけどな……しかも、めちゃくちゃイケメンだし)


 数ヶ月前、ゲームの中で聞いていた柔らかな中性ボイスと、現実の低く落ち着いた声。

 ギャップに驚いたのは、入った初日のことだった。


 あれは、スカイがダークキングに来て一ヶ月ほど経った頃。


 戦闘の合間、ギルドハウスで雑談が始まった。

 人数が減ったことで、自然と身の上話をする時間が増えたのだ。


【スカイ】「へぇ、黒王さんとカノンさんも都内なんすね」

【黒王】「あぁ。ところでスカイはアルバイトはしているのか?」

【スカイ】「いやー、したいんすが中々…親も渋くて」

【カノン】「ウチに来ればいい。ダークキングのよしみで採用してやる」

【スカイ】「えっ、いいんすか!? マジで!?」


 たったこれだけのやり取り。


 それだけで、空也は本当にスターダストホテルで働くことになったのだった。


 ゲームの中では最強の剣士“カノン”。

 現実では高級ホテルのオーナー・藍沢流星。


 どちらも嘘じゃない。

 どちらも同じ人物。


 その人が背中を押してくれたから、スカイの生活は変わった。


 制服の胸元を整え、空也はレストランのドアを押す。


(今日もちゃんと働こう。……約束したんだ。強くなって、オニッシュさんを迎えに行くって)


 静かな決意を胸に、スカイの新しい日常が始まっていた。


 レストランの入り口に立つと、すでにディナータイムの香りが漂っていた。

 グラスが触れ合う軽い音と、料理の匂い、外国語のざわめき。

 その全てが、空也の日常になりつつあった。


 空也は一礼して中へ入ると、黒いエプロンを締め直した。


「いらっしゃいませ。二名様でしょうか? こちらへどうぞ」


 笑顔と姿勢。

 最初の頃はぎこちなかったそれも、今では自然にできるようになった。


 席に案内すると、次はドリンク注文を取る。


「ドリンクはいかがいたしますか?」


 外国人客も多い。

 けれどテーブルには日本語・英語・中国語が並んだ丁寧なメニュー票が置かれており、英語が苦手なスカイでも指差しで十分伝わる。


「This one, please.(これをお願いします)」


「Yes, sir. One iced tea.(アイスティーを一つですね)」


 最低限の英語だが、それでも客は笑顔で頷いてくれた。


(……慣れたな、俺も)


 小さく胸を張りながら、グラスを取りにバックヤードへ向かった。


 店内を見渡しながら、スカイは減った料理を確認する。


「ローストビーフ、あと少しか……補充お願いしまーす!」


 厨房へ声をかけ、代わりに空いた皿やトングを新しいものへ取り替える。食器類も減ればすぐに補充する。


 手元は忙しく動き続けるが、ゲームのレイドよりは簡単だ。と、ふと空也は笑った。


 最近では、ドリンカーの補助も任されるようになった。


「蒼井くん、ビール二つお願い」


「はい!」


 生ビールサーバーのレバーを引く。

 程よく傾けて泡を調整し、グラスに黄金色が満ちていく。


 次はハイボール。


 氷を入れて、ウイスキーを計量カップで注ぎ、炭酸水をそっと流し込む。マドラーで一度だけ優しく混ぜる。


(よし、これで完璧)


 最初は炭酸を吹きこぼして叱られたものだが、今ではすっかり戦力だ。


 お客様が席を立つと、スカイはすぐに片付けに向かう。


「失礼します」


 皿を下げ、テーブルをアルコールで拭き上げ、椅子の角度を整える。

 この一連の動作も、空也は気持ちよく感じていた。


 時計を見ると、そろそろ21時。


「蒼井くん、今日もお疲れ」


「お疲れ様でした! あとはお願いします!」


 高校生の勤務時間はここまでだ。

 残りの片付けは社会人の先輩や、学生バイトの年上組が担当する。


 帰り際、レストランの出口から振り返ると、忙しく動く先輩たちの背中が見えた。


 空也は軽く頭を下げ、小さく呟く。


(よし……明日も頑張ろう)


 スターダストホテルで働く日々は、彼にとってただのアルバイトではない。

 彼が成長していく、大切な一歩だった。

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