第五十四話 私はまだまだ強くなる
金曜日、夜九時。
ログイン通知が重なる音が、まるで開戦の号砲のように響いた。
中央大闘技場。観戦ルームには、すでに数千を超えるプレイヤーが押し寄せ、チャット欄は爆発している。
《Sランク1位 vs Sランク2位》
《サーバー8グループの頂上決戦!》
《この試合を逃すな!》
【カノン】「ここまで来た。やっと、最強と斬り合える」
闘技場の中央に、ひとりの剣士が立つ。
長いコートを翻し、絶対的な自信を纏う、28サーバー最強の男・アブソル。
彼の名は、SBW全体でもトップクラスの実力と、百万を超える課金で尖り切った“構築の暴力”により知られている。
ランキング総合4位。
対するカノンは5位。
数値は近い。だが、その差は誰もが“越えられない壁”だと信じていた。
【アブソル】「来たな、カノン。お前とやれる日を待ってた」
【カノン】「私もだ、アブソル。……全力で行く。手加減はしない」
二人の視線が交差した瞬間、大闘技場の空気がひりついた。
開幕、アブソルが構えるより早く、カノンの剣が光の軌跡を描いて迫る。
【アブソル】「ッはええッ!」
火花が散る。
金属の叫びが闘技場に響く。
プレイヤーたちが息を呑んだ。
《速すぎる……!》
《視認できねぇ》
《マジでこれSランクの戦い?》
《チートみたいな反応速度してるんだが》
斬撃は百を超え、衝突音は千を重ねたかのようだった。
互いのHPはほぼ並行して削れ、誰もが見間違えそうなデッドヒートを繰り広げる。
【カノン】「強いなッ!過去最高に!!」
【アブソル】「お前こそ、聞きしに勝る化け物だな!」
カノンの操作精度は、アマテラス討伐後さらに研ぎ澄まされていた。
アブソルは、それを真正面で受け止め、笑っていた。
【アブソル】「やっぱ本物だ、お前は!」
残りタイム、四秒。
互いの剣が最後の衝突で止まった。
システムが淡々と告げる。
《TIME UP》
《勝者:アブソル(判定 52.1% vs 47.9%)》
観戦チャットが爆ぜた。
《紙一重!?》
《えぐすぎる》
《ほぼ互角じゃん》
《こんなん実質互角だろ……》
アブソルは肩で息をしながら、静かに笑う。
【アブソル】「……勝った、けど……あぶねぇ……マジでギリギリだった」
【カノン】「負けたのに……楽しかった。ありがとう、アブソル」
まるで勝者のような笑顔だった。
【アブソル】「次は分からねぇぞ。お前、伸び方が異常だ」
【カノン】「楽しみがまた増えた。……私はまだまだ強くなる」
自分の個人戦そっちのけで、観戦していたメンバー達。彼らだけではない。カノンとアブソルが当たったと聞いて、観戦に回った者は少なくなかった。
【BROS】「勝ったのはアブソルだが、内容は互角以上だな」
【ケリー】「はい。あれはもう……今のSBWで最高峰ですよ!黒王さんにも見てほしかった」
この日、黒王は不在だった。現実では今、仕事をしている。32サーバー2位の黒王だが、個人ランク戦は参加率が高くなく、ギリギリSランクを維持している程度である。
【ザン・シャオ】「こっから先、どうなるんだよ……ワクワクしかねぇ!」
メンバーの中に、敗北の空気は一切なかった。
むしろ、皆が確信していた。
カノンは、さらに高みに行く。
この敗北すら、カノンを研ぎ澄ませる。
闘技場を後にしながら、流星は小さく笑った。
(まだ届かないか。でもいい。……ここからだ。俺はもっと強くなる)
その瞳は、勝者よりも強く、まっすぐに未来を見つめていた。
翌日。
中央フィールドの空気は、昨日の決闘の余熱をわずかに残していた。
ダークキング vs サンドウォール。
指揮官・黒王は不在。
その穴は本来、大きすぎるはずだった。
サンドウォールには、先週まで共に戦った名タンク・ドラテ。
そしてずば抜けたバフと指揮能力を持つ僧侶・すなっちがいる。
彼らの攻めは苛烈。
すなっちのバフ・デバフ管理は隙がなく、ドラテは驚異的な壁として前線を押し上げる。
しかし、ダークキングも負けていなかった。
カノンとオニッシュ。
この2人の火力と判断力が、完全にバランスを狂わせる。
BROS、ザン・シャオ、ケリーも噛み合い、連携はむしろ黒王がいる時より鋭かった。
やがてドラテが落ち、続けてすなっちも倒れる。
ジャコウ、G2らも次々と崩れ——
結果、ダークキングが最強の座を堅守。
勝利の瞬間、チャットは爆発した。
黒王不在のはずなのに、誰もそれを感じさせない連携だった。
一方その頃、Rebellionは銅区画を取得。
彼らの旗が空に翻った瞬間、流星は小さく笑った。
「……次の遊び相手が、また増えたな」
近い将来訪れる、決戦の足音が確実に近づいていた。
ーーー 第九章 カノンの物語 完 ーーー




