第四十九話 雨降って地固まる
天十握剣を構えた椿は、無言で前へ進んだ。
その刃は、彼女の心のように荒れ、迷い、軋んでいる。
対するは、水の魔力を纏う Rain。そして鉄壁の盾を掲げる White。
【White】「覚悟しろよ椿! 今日こそ“対椿の全敗記録”に終わりを告げる!」
【Rain】「……椿。今日は止める。あなたを、この先に進ませるわけにはいかない」
攻撃力だけなら、椿は完全な怪物。
Rain の水結界と White の防御――“二重の盾”だけが、なんとかその破壊を押し返していた。
だがその最中、Rain の姿が椿の目に重なり、ゆらりと揺れた。
――七年前の春。
椿は思い出した。
初めて Rain を見つけたあの日のことを。
ーーーーーーー
高校入学直後。
喧騒の中で、ただ静かに本を読む少女がいた。
雨宮玲。
誰とも群れず、けれど孤独ではなく、ただ穏やかだった。
「ねえ、玲ってさ、いつも一人だけど……寂しくないの?」
声をかけると、玲は少し驚き、そして微笑んだ。
「寂しくないよ。でも……話しかけてくれて嬉しい」
その瞬間、紗月の世界に色がついた。
玲が笑えば一日が明るくなり、
他の誰かと話すだけで胸が締めつけられた。
その気持ちに名前をつけるのが怖かった。
紗月は美人でモテたが、誰の告白も受けなかった。
玲の微笑みに勝てるものなど、どこにもなかったからだ。
卒業して離れても、玲はずっと胸の奥にいた。
そして紗月は思いついた。
オンラインゲームなら。
もう一度、隣に戻れる。
「ねえ、玲。一緒にやってみない?」
玲は迷いなく「いいよ」と返してくれた。
それだけで胸が熱くなった。
二人は《サンドボックスウォーズ》で息の合ったコンビになった。
剣士としての紗月。
魔導士としての玲。
高校時代が、もう一度始まったみたいだった。
いや、あの頃よりずっと深く、近く。
だから紗月は信じた。
ダークキングを脱退するときも疑わなかった。
玲は必ずついてきてくれる。
そして実際、ついてきてくれた。
なら、玲はずっと自分の隣にいるはずだ。
フローライトに行く時も、自分が残ると言えば、玲は断ると思っていた。
この世界は、二人で歩くためのものなのだから。
ーーーーーーー
だが現実は、違った。
【椿】「……あの時は、ついてきてくれたじゃない……!」
天十握剣が唸りを上げる。
Rainは押されながらも、一度として反撃しなかった。
【椿】「裏切られたのよ……! 私だけ置いて行かれた……!」
【White】「椿!!Rainはお前を捨ててない!!」
【椿】「嘘よ!! フローライトに行ったじゃない!!」
雷のような斬撃が炸裂し、
Rain の水結界が砕けて、彼女の身体が吹き飛ぶ。
【Rain】「──っ……!」
赤いエフェクトが散り、Rainは片膝をつく。
痛む身体で、それでも椿をまっすぐ見上げた。
【Rain】「椿……言わせて。ずっと言えなかったことがあるの」
【椿】「言い訳なんていらない!!」
Rainは震える息を整え、真実だけを口にした。
【Rain】「椿。あなたの気持ちはわかる。でも……私はね、あなたじゃない の。だから……必ず同じ道を歩けるわけじゃない」
椿の瞳が揺れた。
【椿】「……どういうこと……?」
【Rain】「私は、私の行きたい道を選んだの。あなたを置いていったんじゃない。ただ……あなたの正しい未来と、私の未来が、たまたま違っただけ」
七年分の胸の奥にしまった本音。
【Rain】「椿。私はあなたが大好き。だけど……同じでいなきゃいけないわけじゃないんだよ」
椿の手から、天十握剣が滑り落ちた。
【椿】「……Rain……私は……あなたがいないのが……怖かった……!」
【Rain】「うん。知ってた。ずっと」
椿は崩れるようにRainを抱きしめた。
血のエフェクトが手に広がる。
【椿】「ごめん……ごめんね……!」
【Rain】「謝らなくていい。……椿。一緒に終わろう。“二人で”」
RainはWhiteへ振り返った。
【Rain】「Whiteさん。お願い。終わらせて」
【White】「……本気なんだな」
【Rain】「うん。これは私たちの戦いだから」
椿はRainの肩に顔を埋め、小さく頷く。
Whiteが大槍を構えた瞬間、地面が震えた。
【White】「……行くぞ。二人とも、また笑って会えよ」
必殺・国崩し。
雷光の一閃が襲いかかる。
椿はRainを強く抱きしめた。
【椿】「Rain……ありがとう」
【Rain】「椿……またね」
閃光が二人を貫き、
抱き合ったまま光粒となって散っていく。
【システム】《Rain 撃破》
【システム】《椿 撃破》
二人のすれ違いは、ようやく終わった。
紗月と玲。
椿とRain。
現実とゲームの距離を越え、
ふたりは“並んで”戦いを終えたのだった。
その光を見届け、Whiteは静かに槍を構え直す。
【White】「……これはノーカウントだ。いつか必ず、実力で椿を倒す」
そして、城の方角を睨む。
【White】「だが今は、カノンを倒す。厄災討伐は、ここからだ!」
また一人、スペシャルオーダーズの生存者が、最前線へと歩みを進めた。




