第四十一話 史上最大のギルドバトル、開幕
土曜日、朝七時半。
布告の時間は、嘘のように静かだった。
ゆっくりと、スペシャルオーダーズがダークキングの拠点、中央金大区画へ布告を入れる。
その一報が流れた瞬間、サーバー全体に冷たい緊張が走った。
そして夜まで、他のギルドは誰ひとり布告しない。
“この日だけは譲らない”と、全員が悟っていた。
普段から戦いに身を置く者だけでなく、のんびり勢、ハコニワの住民まで注目する一戦。
紫苑の配信には、開始前から驚くほどの人が殺到していた。
その中で、唯一の非ランカーであるスカイは、
フローライトの仲間たちと言葉を交わした日のことを思い出していた。
元ダークキング、ハルト。総合49位。
もし自分がいなければ、代わりにこの場所に立っていたかもしれない男。
【ハルト】「オニッシュの心に届くのは、スカイだけだ」
彼は因縁よりも“仲間”を選び、スカイに託したのだ。
無課金・微課金の同志――
ゆず、Gemini、タイガー、むー。
激励の言葉を残して、それぞれ短い別行動に入った。
【ゆず】「スカイ、気持ちはあなたと一緒にいるから!」
【Gemini】「オニッシュの事は託したよ、相棒…!」
【むー】「スカイは今回無課金代表だから。私たちの分も、思いっきり頑張って!」
【タイガー】「スカイ、大丈夫だ。俺たちがお前を見ているからな!」
スカイはずっと、フローライトでコツコツ積み重ねてきた。
無課金内での実力なら、正直むーの方が上。
微課金のゆずには届かない。
他ギルドにも、自分より強い無課金勢は山ほどいる。
――それでも、スカイは、いつだって全力で食らいついてきた。
その努力が、今ここで試される。
視界の中で、サーバー最強ギルド“ダークキング”の旗がゆっくり揺れる。
画面の向こう、空也の瞳に、静かな覚悟が宿った。
「待っていてください、オニッシュさん」
ついにSBW史上最大のギルドバトルが、幕を開ける。
一方その頃、
配信用のカメラをセットしながら、紫苑は深く息を吸った。胸の奥が重い。けれど、呼吸を整える暇もなく、背後から軽やかなヒールの音が近づいてくる。
「やっば〜! 今日の数字、跳ねるわよこれ!」
琉韻は満面の笑みで紫苑の肩に手を置いた。
その指先は優しく触れているだけなのに、冷たくて逃げられない鉄枷みたいだった。
「もう神回確定じゃん。ねぇ、サムネどうする?史上最大の決戦とか入れとこっか。ほら、もっと表情柔らかくして?」
言われた通り、紫苑はぎこちなく口角を上げた。
演技じゃなく、自然に笑えたのはいつが最後だっただろう。
「……うん、やるよ。始めるね」
「そうそう、ちゃんと私の言ったタイミングで配信開始ボタン押してね?」
琉韻は笑いながら言う。
注意でも命令でもなく、ただの会話みたいな口調。
だけど、紫苑には“逆らった瞬間にすべてが終わる”という警告にしか聞こえなかった。
琉韻はトップアイドル。
紫苑より光が強すぎて、その影に立つと息が苦しくなる。彼女はいつも紫苑に言っていた。
「あなたは私の補助でいいの」
今日もその言葉が、喉の奥で鈍い痛みになってよみがえる。紫苑は黙って画面を見つめた。
(……また今日も、私の場所じゃない場所で、私が誰かを演じるんだ)
数字は跳ねるだろう。チャットも荒れるだろう。
でも、それは紫苑のためじゃない。
琉韻の期待のためであり、琉韻の言う「収益」のためだ。
きっとその収益で、使ったお金を返せば全て終わる。
きっと、フローライトに戻れる……
紫苑は手を震わせながら、言われた通りのタイミングで配信ボタンへ指を伸ばした。
中央金大区画。
配信の熱狂とは裏腹に、ここは静寂と緊張に包まれていた。
黒王は戦況図を見下ろし、わずかに息を吐く。
【黒王】「……スペシャルオーダーズ。やる気満々だな」
言葉は低く、確信に満ちている。
【黒王】「こちらの準備も、配置も、狙いも読まれていると思っているのだろう。だが――」
静かに、しかし凄まじい迫力で言い切る。
【黒王】「返り討ちにする。全勢力でな」
ギルド内に緊張と昂りが走る。
【椿】「いつでも動ける」
【ペイン】「暴れられんなら、それでいい」
【鬼朱雀】「金区画を“灼熱の領域”に変えてやろう」
【シン】「誰が来ても止めるだけだ」
黒王は全員を見回し、淡く笑った。
【黒王】「スペシャルオーダーズの計画は見えている。カノンを落とす、それ一点だ。だが落ちると思うなよ」
【カノン】「無論だ。なんなら私一人で壊滅させてくれるわ」
金区画を守る王としての威厳が漂う。
【黒王】「行くぞ。最強の名にふさわしく迎え撃つ」
黒王の声が響いた瞬間、金区画の空気がわずかに震えた。誰もが息を殺し、誰もが心を研ぎ澄ませる。
その頃、紫苑の指先が“配信開始”のボタンを静かに押し込む。膨れ上がった視聴者数が、画面の端で一気に跳ね上がった。
スカイは深呼吸し、画面の向こうに立つオニッシュを思い浮かべながら、一歩前へ踏み出す。
ダークキングの旗が揺れる。
スペシャルオーダーズの影が迫る。
そしてサーバー全体が、静かにその瞬間を待っていた。
紫苑の配信画面が光に包まれる。
黒王の号令が、金区画に重く落ちる。
そして、すべてが同時に動き出した。
SBW史上最大のギルドバトル、開幕。




