プロローグ とある少女の物語
テレビの中で、篝火琉韻は笑っていた。
華やかな照明の下、完璧なメイクと柔らかな声。司会者の冗談に合わせて笑い、観客の視線を一身に浴びる。
その姿は、まさに国民的アイドルと呼ぶにふさわしかった。
画面越しに見ても分かる。彼女は光そのものだった。
けれど、光刺すところには、誰にも知られない影がある。
篝火紫苑、十四歳。
姉と同じ整った顔立ちをしているが、表情にはいつも影が差している。
中学に顔を出さなくなって、もう数ヶ月。進級後、一度も顔を出したことのないクラスでは、たまにこんな会話が上がる。
「ねぇ、登校拒否の紫苑ちゃんって、あの篝火琉韻の妹なんでしょ?」
「うそ、マジで? いいなぁ~、お姉さんみたいに可愛いのかな」
「仲良くなったら、琉韻様に会えたりして!」
笑い声。憧れ。羨望。
けれどそのどれもが、紫苑の耳には届かない。
彼女は今日も、静まり返った家で洗濯物を干し、掃除をし、食器を磨く。
炊飯器のスイッチを押し、鍋に味噌汁の具を入れ、火を点ける。
「……よし、これで全部」
声に出すのは確認のためだけ。
部屋の時計は午後八時。
姉の夕飯の支度を終えた紫苑は、ようやくソファに横になり、浅い眠りに落ちた。
玄関の鍵が開く音で、目が覚めた。
午前0時。
ヒールの音が廊下を叩く。リビングの電気をつける音。そしてすぐに、怒声が響いた。
「紫苑ッ!! なんでお風呂が沸いてないの!?」
寝ぼけた頭が一瞬で覚める。
急いで立ち上がり、洗面所に向かう。湯沸かしのスイッチを入れ忘れていたことに気づくと、紫苑の手が震えた。
「ご、ごめんなさい……すぐ沸かすから」
「すぐじゃ遅いの! あんたは私の召使いでしょ!?私の稼いだお金で生かされてるんだから、全部捧げなさいよ!!」
琉韻の声は、テレビでのあの穏やかさとはまるで違っていた。
紫苑は俯き、反論しない。
ただ、小さく「……はい」とだけ答えた。
その夜も、流韻の部屋の明かりが消えたのは午前二時過ぎ。
ようやく自分の部屋に戻った紫苑は、机の上のノートパソコンを開いた。
静かな起動音。
モニターに映るログイン画面。
《サンドボックスウォーズ》
唯一、紫苑が“生きている”と感じられる世界。




