1.お人好しと、残忍な後輩。
――仮に時間さえも【伸縮】できるのなら。
俺はその可能性を考えつつ、翌日もいつも通り冒険者ギルドへ足を運んでいた。ソロになった以上、何かしらの行動を起こさなければ生活ができない。
だったらクエストの中で、色々試してみるのもありだった。
「……ん、なんか今朝はやけに騒がしいな?」
そう思っていると、何やらギルドの中が騒がしいことに気付く。
揉め事は冒険者稼業の常ではあるけど、今朝の騒動は衆目が多いように感じられた。俺もその例に漏れず、ひとまず様子見に行くと一人の女性に声をかける。
「何があったんだ?」
「あ! アグニスさん、おはようございます!」
その相手は、ギルドの受付嬢をしているミリアさん。
金髪に青の瞳をした小柄な彼女は、困ったように人だかりを見つめて言った。
「今朝はどうにも、あの人の虫の居所が悪いようでして……」
「あー……もしかしなくても、リュクスのやつか?」
「……はい、そうです」
――リュクスという冒険者が暴れているのだ、と。
リュクスというのは、このギルドで最高のSSSランクに位置付けられている冒険者だった。しかし実力はあるのだが、どうにも癇癪持ちなところがある。気に入らないことがあれば、周囲の人間へ暴力を振るう荒くれ者だった。
それでも実力主義である冒険者の世界で、彼を止められる者はいない。
少なくとも、ここでは彼が絶対なのは間違いなかった。
「どうしましょう、アグニスさん」
「んー、一応は声をかけてみようか。とても話を聞く奴じゃないけど」
困り果てるミリアさんに、俺は安心させるよう努めて平静にそう答える。
年の功といったら違うのだけれど、自分は長年ここにいるだけあって顔は広い方だった。当然リュクスのことだって、彼が冒険者稼業を始めた時から知っている。
もっとも、だからといって相手が素直に話を聞くかは別問題だけど。
そんなわけで俺が人波を掻き分け、揉め事の渦中に顔を出した瞬間だった。
「――わあっ!?」
「おっと!」
一人の少年が突き飛ばされ、こちらに吹き飛んできたのは。
とっさに俺はその子を受け止めて、怪我がないかを確認した。栗色の髪に黒い瞳をした男の子は、所々に青痣を作っている。だがこれは、いまにできたものではない。
おそらくは日常的に暴力を振るわれてできたそれに、間違いなかった。
そうなると、その犯人というのは――。
「――リュクス! お前また、こんな馬鹿なことしてるのか!」
「ああ? 誰かと思えば、アグニス先輩でしたか」
目の前にいる、赤髪の青年しかいない。
腰に剣を携えた軽装の彼は、その紫色の眼差しをこちらに向けてきた。先輩とは呼んでいるのだが、敬意らしきものは欠片も感じられない。
あからさまに俺を見下し、嘲笑うように口角を歪めていた。
そして、その後方には彼のパーティーに所属する荒くれ共が見物している。その異様な光景から察するに、またいつもの『アレ』を行っていたのだろう。
「放って置いてくださいよ。これはオレら流の『教育』なんですから」
「何が教育だ。どうせ一方的に殴るだけだろ」
「いや? 良いんですよ、反撃しても? ――ただここにいる誰もが、オレに対して何もできないだけ、って話です」
「お前……!」
リュクスが言うと、後方に控える奴らが笑った。
相も変わらず不快な光景だ。そして、物凄く腹立たしい。俺が眉をひそめるとその反応が面白かったのか、青年はおもむろに剣を引き抜いた。
「珍しく、楯突くじゃないですか。だったら、先輩が相手してくださいよ」
「………………」
こちらに突き付けてそう煽ってくる。
それは俺に力がないと、分かっての行動に違いなかった。だけど、
「分かった。そこまで言うなら明日、勝負してやる」
「…………へぇ?」
今日の自分はどうにも、気持ちが昂っていたのかもしれない。
いや、正確にはそれだけではない。ただこのままでは、
「その代わり、この子にはもう手を出すな」
この少年が殺されてしまいかねない。
そう思うと、口出しせずにはいられなかったのだ。
すると赤髪の剣士は小さく笑うと、楽しげにこう口にする。
「相変わらず、お人好しですねぇ……?」
「それこそ放って置いてくれ。ここで見過ごしたら、寝覚めが悪いんだよ」
「そうやっていままで、何度となくオレに叩きのめされたくせに。ホント先輩はどうしようもない、馬鹿ですよね」
「………………言ってろ」
俺はその言葉に短く答えて、少年を支えながら背を向けた。
リュクスはそんなこちらに向かって、こう告げる。
「分かりました。でも、今回こそは本気でやりますから」
邪悪な声色で。
「せいぜい死なないように、気を付けてください。……先輩?」――と。
◆
「本当にすみません! 僕なんかを守るために、こんな……!」
「良いんだよ。アイツとは、いまに始まった話じゃないから」
ひとまずギルドから離れて、初心者向けの薬草採集のクエストへ向かう。
すると、その最中に先ほどの少年――ニコルは、心底申し訳なさそうに頭を下げるのだった。しかしアレは俺が勝手に口出ししたことなので、彼に非はない。なので気にしないように言うのだが、少年にとってそれは難しいことのようだった。
「いえ、元はといえば僕の責任なので……」
「……うーん。良い子だなぁ、まったく」
相当に真面目な性格なのだろう。
ニコルは自責の念に駆られ、かなり凹んでしまっている様子だった。
だったらどうすれば良いのか。俺はしばらく考えてから、ふと思いついた。
「あ、だったら少しだけ実験に付き合ってくれ」
「実験……ですか?」
首を傾げる少年に頷き返して、俺は先ほど採集した薬草を取り出してみせる。
そして、
「俺の考えが正しいか、確かめさせてくれ」
小瓶の中に、それと水を入れた。
一般的なポーションは、これを数日ほど寝かせることで完成する。だけどもし、先日の気付きが本当にその通りなら、俺の【伸縮】を使うことで――。
「え、すごい……!」
「思った通り、時間を短縮できたな」
あっという間に、ポーションが完成した。
それをニコルに手渡し飲んでもらい、また【伸縮】を使用。するとまた、今度は痣がみるみるうちに消えていった。少年は驚きながらそれを見つめていたが、どうやら傷の治癒にも俺のスキルは適応されるらしい。
そのことを確認して、俺はしばし考えた。
そしてニコルを安心させるため、彼の頭をポンと撫でながら言うのだ。
「大丈夫。きっと、俺はリュクスに負けないから」――と。
たとえまだ、絶対的な確証は持てなくても。
俺は努めて明るく笑うのだった。
面白かった
続きが気になる
更新がんばれ!
もしそう思っていただけましたらブックマーク、下記のフォームより★評価など。
創作の励みとなります!
応援よろしくお願いします!!