嘘つき受付嬢と忘れられた鍵
丸の内の夜に、女の嘘は甘い香りをまとって漂ってくる。
慎司はその匂いを、スマホ越しに嗅ぎ分けていた。
『玲奈(27)/0.8km圏内』
受付嬢。
自己紹介欄はシンプルなのに、メッセージは隙がない。
顔を見なくてもわかる。こういう女は男を転がすのが上手い。
『今夜、退屈です。』
玲奈からの一言に、慎司は小さく笑った。
『退屈なら、付き合おうか。』
返事はすぐに戻ってきた。
『どこに連れてってくれるんですか?
おいしいお店がいいな♡』
慎司はゆっくりと指を滑らせ、いつもの台詞を送った。
『……行きたい店がある。』
新丸ビルの飲食フロア、少しだけ賑やかな時間帯。
玲奈は見慣れた受付の制服ではなく、黒のワンピースにゆるく巻かれた髪で現れた。
「高村さん? 想像よりずっと…いい感じ。」
玲奈は目を細めて笑い、わざと胸元のネックレスを指先で弄ぶ。
「写真よりずっと可愛いな。」
慎司が褒めると、玲奈は指先で慎司の腕をつついた。
「嘘ばっかり。
……でも、嬉しい。」
『丸の内もへじ』に二人で入ると、暖簾の奥からいつもの煙が迎えてくれる。
玲奈は鉄板の匂いに少しだけ眉をひそめたが、すぐに艶っぽく笑った。
「こういう店、初めて。
誰かと秘密の場所って感じ。」
慎司は奥の席に玲奈を座らせ、自分も隣に腰を下ろす。
ビールが運ばれ、乾杯もそこそこに、玲奈は自然に慎司の膝に手を置いた。
「高村さんって、他の女の子にもここ連れてきてるでしょ?」
冗談めかした声。
でも手のひらの動きは真剣だ。
「どうだろうな。」
慎司が低く笑うと、玲奈は唇を近づけ、耳元で囁いた。
「……今夜は、私だけ見ててね。」
鉄板の上では、野菜とソースの音が弾けている。
玲奈の足が、慎司の足にそっと絡む。
軽い。
けれど一線を越えるには十分な熱だ。
「……俺を転がす気か?」
慎司が問いかけると、玲奈はわざと小さく舌を出した。
「どうでしょう?」
その時、玲奈のスマホが小さく震えた。
画面を隠すようにカバンに突っ込み、何事もなかった顔で慎司を見つめ直す。
「……トイレ、行ってきます。」
玲奈が腰を上げ、慎司の太ももをそっと撫でるようにして離れた。
慎司は冷えたビールを口に含みながら、心の中で小さく呟いた。
――嘘つき女は、煙の向こうが似合う。
玲奈がトイレに立ってから五分。
戻ってこない。
その時、慎司のスマホが震えた。
『お前、玲奈の新しい男か?』
知らない番号。
背中に、嫌な汗が滲んだ。




