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黒曜石の城とエメラルドの剣

 現実とは時に非情である。おもしろさの欠片も存在せず、煤煙と霧に満ちた倫敦(ロンドン)の曇天のごとくに暗く陰鬱ですらある。こんな中をあと何十年も生きねばならぬのかと思えば気が滅入り、閉塞感に押し潰されてしまいそうな読者諸兄もおられるであろう。


 ──あなた疲れているのよ。


 そのような女性捜査官の言葉が聞こえてきそうである。我々は時には休息する必要があるだろう。


 休息は、肉体のみにとどまらぬ。心、精神にも休息は必要である。或いは気晴らしか。──こんなつらく厳しく非情な現実なぞ忘れ、どこか夢と希望に満ちた幻想郷へとこのまま連れ去ってはくれまいか?


 そのような幻想郷のひとつが、ファンタジー小説であろう。そこには夢と希望が満ちている。現実では到底不可能なことも、ここでは可能となる。恐鳥に跨り、天空を翔け、剣と魔法をもって魔龍の王と戦い、美しき王女を救い出すのだ。──夢があって、いいぞ。


 さてところが、このような世界にまるで冷水をかけるがごとくに、現実世界の法則を持ち込んでくる無粋な者がいるらしい。──いつものことであるが。


 ──今度はなんだ? 中世欧州風の世界であって中世欧州ではないというに、中世欧州に馬鈴薯(じゃがいも)は存在しない、か? 貴族は茶会などしない、か? 厠が不浄の極みにて悪臭と害虫と疫病にまみれていた、か? 香辛料は超絶希少品にして、日常的に使われるものではない、か?──もう聞き飽きたよ。なにか真新しいもんでも持って来んかい。


 ──ああん? なんだって?“今度は新しいぞ” ってぇ? どうせくだらねぇことだろ? あ? なんだあ?──


 どうやら今度は建造物の材料、すなわち建材についてのことらしい。


 なんでも、あるファンタジー作品に於ける建材として『黒曜石』が使われており、それはあり得ぬことだというのである。


 ──よくわからぬ。くわしく説明してくれないか?


 それによるとどうも、『黒曜石というものは、まるで硝子(ガラス)のごとくに割れやすく砕けやすく(モロ)いもので、建材として不適切だというのである。とても、城のように巨大な建造物をつくる材料としてはあり得ぬ』というのである。


 そ、そうなのか? 別に構わぬではないか。ファンタジー幻想世界なんだから。──いや別にSF空想科学世界で、黒曜石でつくられた宇宙ステーションがあっても構わんだろう。そういうものとして受け入れるものではないか。


 すくなくともわしはそう思うのであるが──どうやらそうではない人たちがそれなりの数、いるらしい。


 曰く、そんなことは誰でもわかる、小学生にもわかる、だの。

 曰く、そんなことは義務教育で習う、だの。

 そんなすこし調べればわかることには納得できる理由をつけなさい、さもなくば読者から突っ込まれる、だの。


 ──いやちょいと待てい。いま何て云った? 義務教育で習う? 小学生にもわかる? 誰でもわかる、だあ?


 正直、わしは此度ではじめて知ったぞそんなこと! 四半世紀以上生きてきてようやく今知ったのだ。習った覚えなぞ微塵もない! 地図帳にソ連やユーゴスラビアや信託統治領が載っていた覚えはあるが。


 もし本当に小学校で習うのであれば──そうか、わしの最終学歴は尋常小学生中退だったのか……ドサ健とおなじやな。


 まあここにすくなくとも、黒曜石が脆くて割れやすいことを知らなかった者がいる次第である。誰でもわかるというは大袈裟がすぎるというものである。──なんか黒くて硬くて重たい鉱物としか認識していなかったぞ。本当(ホント)だぞ?


 義務教育でわかるというものは、たとえばエンピツがスリランカのボガラ鉱山でポディマハッタヤさんが掘り出した黒鉛を、アメリカのシエラネバダ山脈でダン=ランドレスさんが切り出した丸太を加工した木材で挟んでつくられている、とか、そういうものである。──すくなくともわしにとっては。


 人によっては、ゆずりはの木は新しい葉ができると入れ替わりで古い葉が落ちることや、或いは馬頭琴ができた由来や、クラムボンの死因は他殺であるということであるかもしれない。


 このように義務教育で覚えたことというは人によって差異がある。明確な基準を定めるはむずかしいであろう。──とりあえず、これを書いているわしを基準で語ってゆくものとする。


 黒曜石と聞いてわしが最初に思い出したは、『グラップラー刃牙』『打岩』である。拳法の修行に於いてパンチキックで岩を削ってゆき、丸くするというやつである。それに、ツルッツルの黒丸状態になった、黒曜石の打岩というのが出てきた。硬くて頑丈な黒曜石をここまで、まるで研磨したかのごとくにたたき上げたその拳法使い烈海王の腕の見事さたるや──というものである。


 そこを、いちいち突っ込んで読むのか? すくなくともわしはそうした読み方はしてこなかった。おそらくこれからもそうであろう。──もしもわしの知っているリアル現実とちがっていたところで、「ほーん、このお話ではそういう設定なのか」と思うくらいであろう。


 なにしろいちいち突っ込んでいてはキリがない。映像作品の話でなんであるが、たとえば『ウルトラセブン』に出てくる怪獣で、戦艦大和を改造してつくられたアイアンロックスというものがでてくるが、そやつが備えている46(センチ)砲の威力が迫撃砲レヴェルであろうが、『ゴジラVSキングギドラ』に出てくる戦艦アイオワのかたちが大和型戦艦であろうが、やはり主砲の威力がひくすぎて象撃ちライフルレヴェルになっていようが、『トラ!トラ!トラ!』に出てくる航空母艦赤城の艦橋が右にあろうがよくよく見ると艦首がハリケーンバウになっていようが斜めにせり出した着艦用甲板がついていようが、そんなことは気にしないのである。


 わしがそうしたところをいちいち、それこそ重箱の隅をつついてほじくり返すレヴェルで突っ込むときがあれば、それはその作品が気に入らねえときである。──おい『パールハーバー』、お前のことだぞ、せめて艦首のツノは隠せやコラ。あとなんだそのトンデモ日本軍司令部は。『鉄の顔を持つ男』みてぇなコスギ真似っ子BC級忍者映画じゃねぇんだぞコラ。──うむ。完全なる私怨による好き嫌いでしかない。


 もしも、わしと同じ理由──つまり、『その作品が個人的に気に入らない』のであるならば、そこを正直に述べるべきである。好き嫌いは誰にでもあるのだから。


 しかしそこを、もっともらしい理由にて表面を覆い隠し、創作論として述べるというのであれば──これは、よくない。なにしろ、女々しい。男らしくないことこの上ない。まるで女学生のいじめではないか。陰湿にして他者を巻き込みまくるところなど、まさにそうではないか。


 そう、まるで学生なのである。素直に眼の前のあるがままを受け入れる子供でもなければ、真実はそうでないことはわかっていても、それはわかった上で敢えて眼の前のあるがままを楽しむという大人でもない、半端な存在なのである。


 本当(ホント)だぞ? 本当だぞ? 中途半端ななったならねぇじゃねぇんだぞコラ。なるんならしーっかり大人になってこいよコラ。わかったな?


 批判している人たちは、もしかすれば理科系大学を出ているのかもしれぬが、しかしそれを鼻にかけて中途半端なものの見方をするのは、よくない。熱くもなれず冷めきってもない半端な、それこそこじらせた中2精神を発揮しまくるのは──なるほど当人は格好をつけているつもりかもしれないが──時と場合によっては非常に、カッコわるいことこの上ないのである。


 時にそれは迷惑でもある。かつて、『空想科学読本』に影響を受けて、「実際には科学的にこうだからさァ」などと、ケチをつけてまわったので皆に嫌われるにいたった輩たちがいたものであるが、あれはまこと中途半端さのなせた業である。


 もし子供のように素直に読本を受け入れていたならば、読本の内容のみを語っていて他作品にケチなぞつけなかったわけであり、わかっていた大人であれば、わざわざケチなぞつけにゆかぬのであるから。読本の楽しみかたはそうしたものではないのだから。


 どうせ中2精神を発揮するなら、そのようにケチをつけにゆくのではなく、中2精神ならではの楽しみかたをすればよいのだ。


 たとえば──そう! メタルを聴くなど!


 これは突拍子もない強引なネタではない! 此度の話に関係があるのだ。イタリアが世界に誇るシンフォニックメタル・バンド、『Rhapsody』(ラプソディ)の話をこれからするんだからな!


 ラプソディ──またの名をラプソディオブファイア──に於いて、代名詞的存在と呼べる楽曲群がある。その名も『エメラルドソード・サーガ』! アルバム4枚、総47曲にも及ぶこの壮大なる戯曲絵巻は、皆の心の奥底に眠る熱き中2精神を呼び醒まし、深く揺さぶることであろう! 序曲たる『Ira Tenax』が静かにはじまりたる後、物語のはじまりにして、この物語の主人公たる氷の戦士を語る『Warrior of Ice』が開始したその時に、誰もが興奮に震えることであろう!“深淵の悪魔共(ディィィモンスオブアァァビス)は我の到来を(ウェイトフォウ)待ち侘びぬ(マイプラァァァイ)”!──ああ〜^、たまらねぇぜ! 壮大な物語がこれから幕を開けるのだ!


 暗黒神の名を継いだ、魔王にして邪悪なる黒魔導師たるアクロンを打ち倒す最強の剣エメラルドソードを探す物語が収録されているは2枚目のアルバムである。さあ、買って聴くのだ。そして歌うのだ。“王のために(フォーザキン)大地のために(フォーザラン)山麓に棲む民のために(フォーザマーウンテン)”!


 カッコいいとはこういうことだ! 歌詞だけではなく演奏面、重厚なるコーラスも含めて! ようこそ!『エメラルドソード・サーガ』の世界へ!


 ──ここで水を差して非常に申し訳ないが、リアル現実世界のエメラルドの性質について述べる。翠玉とも呼ばれるこの緑柱石の一種は、内部に多数の傷や()を抱えており──つまり(モロ)くて衝撃によわく、割れやすいのである。強度に於いては先に述べた黒曜石と似たようなものと考えてよかろう。


 だがそうだとして、いちいちそんなことを突っ込みながらエメラルドソード・サーガを聴くのか?──まこと、無粋の極み! 野暮は死ね!Die YABOO! 外野の雑怨の化身めが! スカしてんじゃねぇぞ、コラ!


 夢と幻想の世界にリアル現実のくそみてぇな法則を持ち込んでどうするつもりだ。夢をなくしたカナリアかよ?


 夢をなくしたカナリアは、ちんぼ剥いてカラシ塗って裏の山に放り棄ててしまえ! そのほうが世の中のためになるというもの! ぴいぴいちゃあちゃあ要らんことをさえずってやかましいだけだからな!


 それともなにか? 大魔王アクロンの手先か? エメラルドソードを貶める流言を広め、己らの地位を守らんとしたか?


 そのようなまやかしの言葉に我らが惑わされてなるものか。悪魔どもの妄言なぞ効かぬ! 通じぬ!──汝らに打ち勝つ力と栄光を得るために、“我はエメラルド(アイウィルサーチ)の剣を(フォウザ)探し求める(イーメラルスゥオォォド)” のだ!


 リアル現実世界の法則なんて、つまらねぇチンケなもんに囚われてないで、もっと素直になれよ! あるがままを受け入れて楽しめよ!


 あんたたちはなるほど理科系大学を出て、立派なことを云ってるつもりかもしれんが、(はた)から見ると滑稽で、ケチくさく、チンケで、器がちっちゃいちんぼもちっちゃい、そんなヤツにしか見えやせんぜ?


 あやつらの云う義務教育で喩えるならば、『くじらぐも』に対し、「雲は水滴の集合体であって人が乗ることはできない」だの、「水はしゃべることはできない、よってくじらぐもがしゃべるのはあり得ない」「これらはしっかりと読者にもわかるよう説明しなければならない」ということになるのだ。──なんだ、この、醜悪なる生き物たちは。今のあんたらが、いちばんみにくいぜ!


 ──こんな大人には、なりたくない!


 まあ、なんだ。たとえ尋常小学校中退であっても、あんな連中よりもわしはまだマシだったんだな、と思ったが、此度の件であったな。


 賢明なる読者諸兄は無論、このような大人にはならないとは思うが──いつまたどこに、己らの仲間とせんと引きずり込む魔手が、甘言のかたちをとって出現せぬとも限らぬ。


 その魔の手に対抗すべく──


 『エメラルドソード・サーガ』を聴こうぜ!

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