帰路
初日の仕事を終えた午後5時。
給与面や社宅等の待遇の説明を終えると、着替えを済ませて帰路につく。
空は鮮やかな夕焼けに染まり、カラスの鳴き声が切なく響く。
貸与品の一つである自転車をカラカラと転がし、土の道を走る。
冷たい陸上の風に髪をなびかせ、荷物を載せたトラックと時折すれ違う。
不意に漂う料理の匂い。
顔を向ければ屋台が開かれている。
空きっ腹に誘導されて自転車を留め、暖簾をくぐる。
「いらっしゃいませ」
接客する赤青のオッドアイの女性店主。
彼女の頭に2本の角が生えていることにも驚きつつ、促されるまま椅子に座る。
提示されたメニュー表を見れば、創作料理なのか聞いたことのない品名と驚くほどに安い料金が列挙されている。
「えっと、それではこれとこれを」
一通り注文を終え、少し待つ。
従業員だろうか?奥では仮面をつけた小さい生物たちが大きな肉を焼いている。
「おまたせしました、どうぞ」
目の前に置かれた料理。
用意された箸を使って残さず食べると代金を支払い、再び帰路につく。
「えっと、社宅は…」
分かれ道で地図を開き、記された住所を確認。
地図に従い右に進んでペダルをこぎ続けていると見えてきたのは急勾配の坂道。
看板にはアルスタ台と書かれている。
自転車を降りて急な坂道を登る。
急勾配とはいえ、陸戦隊の訓練で重装備で何度も登山した身。
常人ならば音を吐きそうな坂道を顔色一つ変えることなく普通に登る。
「社宅は…ここか」
2階建てのアパート。
駐輪場に自転車を置いて階段を上ると、貰ったカギを使って解錠。
201号室と書かれた扉を開いて入居する。
25平方メートルの長方形の間取り。
キッチンはガスコンロと水道があり、鍋やフライパンなどの食器も用意されている。
居間はテーブル一つとカーテンが用意されているほか、隅に布団が置かれている程度。
風呂はなく、代わりに近くに銭湯が建てられている。
ギルドマスター曰く、モンスターの素材を用いた交易に力を入れる国家の政策で、ハンターズギルドに所属している職員やハンターは一部の公共施設を無料で利用可能らしい。
荷物を置き、ショルダーバックに財布を入れて外出する。
一定の間隔で置かれたガス灯の明かりを頼りに夜道を歩くと、汗を流すべく銭湯に行く。
5分で着いた木造建築の年季のある銭湯。
木とガラスの格子戸を横に開き、受付のおじいさんに身分証明書を見せる。
脱衣所で衣服を脱ぐと体を洗って静かに湯に浸かる。
将校時代は狭い艦内でのシャワーのみだったことも相まって、心地よさに開放的な気分になってしまう。
ひと風呂浴びて銭湯を後にすると隣接する食料品店で当面の食料品を買って帰路につく。
食料の詰まった紙袋を片手に歩く夜道。
空には三日月が輝き、ライトをつけた車がエンジン音を轟かせて走り抜ける。
さっさと帰って寝ようと思っていた時、不穏な様子の男女が目に付く。
「やめてください…!」
閑静な街に聞こえた声にとっさに外灯に身を隠して様子を見る。
「いいじゃねぇか、一緒に夜を楽しもうぜ」
嫌がる女性に下品な声で迫る2人の男。
明らかな様子に荷物を片手に、一気に迫る。
「何をやっている!」
不意に聞こえた声に驚く男たちの前に飛び出し、女性を背に対峙する。
「女か、どうする?兄貴」
「攫うぞ」
兄貴と呼ばれた男がそう言った刹那、私は反射的に相手を殴り飛ばした。
「は?」
顔面を殴られ、鼻血を出しながら後ろに吹っ飛ぶ男。
何が起きたのか分からないもう1人がアホ面のまま困惑する。
「あ、兄貴!?大丈夫ですか?!兄貴!」
「今のうちだ!」
兄貴と呼ばれる男を心配するもう1人の隙をついて女の手を引いて現場を離脱。
出来れば駐在所に駆け込みたかったが無かったため、私の家に逃げ込んだ。