新人受付嬢
俄かに人が増え始める午前10時。
受付嬢の制服に着替えて受付のカウンターに立つ。
大きな武器を背負った筋骨隆々なハンターが提出する依頼書とハンターカードという身分証を確認し、承認の印を押す。
カレン曰く、職場の雰囲気に慣れるまでひたすらこれを繰り返すのが新人の仕事らしい。
正直言って、退屈だ。
士官学校で教官にしごかれ、卒業までの4年間で砲術から操船、上陸時の備えとして陸上戦闘の技術などあらゆる軍事技能をたたき込まれ、少尉として就いた駆逐艦では砲術長の補佐役として多忙な日々を送った
いつ戦闘がおこるのか分からない軍艦での勤務は常に空気が張り詰めており、退屈とは無縁の環境。
それが一転してこれである。
どんな仕事も誰かの役に立つとは理解しているが、それでも緊張感の欠片もない安全な職場でただただ立っているだけの方が長いことに時間を持て余している感覚を覚えるし、給料泥棒をしているような罪悪感に襲われる。
それに重ねて周りの職員達の腫れ物に触るように丁寧な態度。
まあ、無理もない。
上官を殴り飛ばすような野蛮人とお近づきになりたくもないだろうし、それが元請けでもある海軍の高級幹部の娘とあってはなおのこと。
こちらとしては何をされてもこれ以上は父に頼るつもりはないのだが、どちらにせよ職員たちにとっては扱いづらい厄介者なのは変わりがない。
同僚達の態度に疎外感を覚えながらも、時折来るハンターの提出した依頼書にハンコを押す。
そのほとんどが商業狩猟の内容だ。
ハンターは高価なモンスターの素材を集める商業狩猟か軍から委託されたモンスター関連の仕事をこなすのが基本と士官学校で豆知識程度に教わった。
軍が委託する理由としては、大したことのないモンスター相手に戦車や軍艦などのコストの高い兵器を運用したくないからというのと、火砲の威力が強すぎてせっかくの素材がゴミ同然になってしまうから…らしい。
士官候補生時代に戦艦で海洋竜と呼ばれるモンスターとの戦闘を体験したことがあるが、たしかに大口径の主砲弾を撃ち込まれた標的は木っ端みじんになり、浮かんでいたわずかな肉片を戦果の報告用に持ち帰ったくらいだ。
「すみません、仕事の依頼をしたいのですが」
「はい、承ります」
隣にいたカレンが恰幅の良い男を相手にする。
オルランを名乗るシルクハットをかぶった商人のようで、口から時折ビジネスに関する用語が飛び出る。
「ティレルさん、これを下級依頼の掲示板にお願いします」
カレンから渡された依頼書を下級用の掲示板に貼る。
内容は『白獣』または『ライネル』と呼ばれる中型の下級モンスターの狩猟で素材目当て。
モンスターの素材は強度の高さや見た目の美しさから装飾品や建材として高単価で取引されており、交易においても専用の交易路が整備されるなど特別視されている。
「これでよしと」
画鋲を刺して依頼書を掲示板に貼りつける。
隣を見れば中級用の依頼書が貼られた掲示板。
複数人のハンターで挑むのが推奨される内容で、大型モンスターの複数狩猟が大半を占めている。
「上級の依頼はないんですね」
依頼書が貼られていない、上級依頼用のボードをみてカレンに尋ねる。
「上級の依頼はめったに来ませんからね。
そもそも、上級相当のモンスターの出現は都市の危機なので基本的に正規軍が対応します。
仮に来るとすれば、火山地帯などの戦車を向かわせられない僻地で上級モンスターが観測された時ですね。少なくとも商業狩猟で上級クエストが発行されることはありません」
「そうなんですか…」
戦艦の主砲で吹っ飛ばした海洋竜の変異体も上級相当だったのだろうか?と思い返しながら、受付に戻る。
腹が空く12時。
昼の休憩時間を告げる柱時計の音が部屋に響き渡る。