家族
「この大馬鹿者が!」
開口一番、父の怒声が放たれる。
「いかなる事情であれ、上官に暴力を振るうなど、あり得ん!ましてや少尉が大佐を殴り飛ばすなど、理解しがたい。
銃殺刑を免れたのが不思議なくらいだ。
大体、お前には酒をやめろと何度も―――」
暴風の様な勢いでとめどなく飛び出す叱責。
戦艦バルザードの艦長として屈強な海兵を束ねているだけあって、その迫力はすさまじい。
「申し訳…ありません」
かろうじて謝罪の言葉を絞り出す。
父の怒りが理解できる分、それ以外の言葉が出てこない。
「父上、その辺でよろしいのでは?」
同席していた兄のレガリアが制止に掛かる。
「ふん、相変わらず妹には甘いな」
ドサッと椅子に座り、葉巻を咥える。
機嫌の悪い父の仕草。
「行くぞ、ティレル」
「…はい」
カチカチというライターの音を背に、海軍中尉を務める兄のレガリアと一緒に部屋から退室する。
「それにしても、シャークを殴り飛ばすとはな」
赤いカーペットの敷かれた廊下で父と違い、兄はハハハと笑う。
「あのロクでなしにはさんざん『世話』になったからな。一矢報いてくれて助かるぜ」
「そうですか」
2人そろって食堂へと向かう。
そこには母が温かい食事を用意して待っていた。
「大変だったわね、ティレル。
とりあえず、おなかいっぱい食べなさい」
「はい」
言葉に甘え、食事をとる。
子供のころから好きだったビーフシチューに焼き立てのパン。
母の料理が一連の騒動の疲れを癒してくれる。
「それで、これからどうするんだ?」
「…考えていない」
兄の問いにそう答える。
「そうか、まあここでゆっくり考えるといいさ」
「悪いが、そうはいかんな」
不意に聞こえた父の声。
不機嫌な表情をしながら、対面の椅子に座って1枚の紙を差し出す。
「これは…」
「新しい就職先だ」
食事をとらず、父は淡々と話しを進める。
「父上、この就職先って…」
「べルファスク州ロウデン区のハンターズギルドだ」
「…!」
まさかの単語に、体が一瞬硬直する。
ハンターズギルド。
モンスターと呼ばれる危険な生物を相手にするハンターを支える組織であり、軍の下請けでもある。
当然、海軍少尉と比べて待遇は悪い。
一応ベルファスクは首都ではあるが、ロウデン区は都心から大きく離れた地域であり、主要なエリア以外は道路が舗装されておらずインフラがあまり整備されていない。
「ギルドマスターにはすでに話を通してある。明日の朝に出発しろ。
俺が許可するまで家の敷居をまたぐことは許さん」
そう言うと、静かに食事に手を付ける。
「行こうか」
「はい」
父の放つプレッシャーに耐えきれず、兄と共に食堂を後にする。