遭遇
ミギナ山地にドーンという爆発音が響く。
手榴弾を投擲して残っていた罠を爆破、爆発音に驚いた鳥たちがバサバサと羽ばたいて空へと逃げ出す。
「これでよしと」
罠の設置記録にバツ印を書き足す。
狩猟地における罠の無力化は、早さと手間を考慮して破壊するのが基本となっている。
当然ながら罠を破壊してしまえば再利用はできない。
しかし、いつモンスターに襲われるか分からないこの状況下において工具を使って呑気に解体している余裕は無い。
「戻るか」
爆発音を聞きつけたモンスターがいつ来るかも分からない状況、踵を返して走早に立ち去ろうとした途端、雨が降り始める。
ザーザーと降る雨に「ラジオの天気予報はハズレか」と思いながら、衣服を濡らしてベースキャンプへと急ぐ。
干していた洗濯物を憂いながら、岩や木につまずかないように足元に視線をやりながら山道を走っていると、不意にバサバサという大きな羽音が雨音の中に響き渡る。
空を見上げれば、飛空竜種と思しき姿。
赤色の甲殻で30メートルはある両翼を広げながら、こちらを歯牙にかけることもなく、捕らえた獲物を足で掴んだまま山の奥へと飛び去って行く。
「アララガル!」
山地に落ちる雷。
火炎に包まれる大木を背に、その竜の名を叫ぶ。
『赤火竜 アララガル』
飛空竜種に属する肉食モンスターであり、ギルドの規定する成体の危険度は上級。
赤火竜の名の通り、赤い外見と1000℃の炎を吐く能力を持ち、一夜で大きな都市を焼失させた記録がある。
「早く伝えないと!」
上級モンスターの出現は都市の危機。
遭遇した非常事態に、ティレルは血相を変えて電信装置のあるベースキャンプに向けて走り出す。
しかし…
「!?」
途端に止まる足。
目の前には15メートルはある鳥種ピルゲルの姿。
大きな黒い嘴でファングの死体をついばみながら、退化した翼を左右に広げている。
(こんな時に…)
陸戦訓練の教練に従ってとっさに草むらに身を隠す。
草虫という草地に生息する細かい虫が顔につくが、気にせずじっと様子を見る。
「クルウウウ」
喉を鳴らしながら、周辺を確認するピルゲル。
何かがここに来た気配を感じてはいるが、どこにいるかわからない様子だ。
ピルゲルの注意を逸らそうと、足元にあった大きな石をつかみ、遠くに投げる。
木に当たり、コツンという音が雨の中で鳴ると、ピルゲルの視線がそちらに向く。
足音を鳴らさないように、しゃがみながら慎重に移動を再開。
幸い、多少の音ならば雨が消してくれる。
時折モンスターの様子をうかがいながら、一歩、また一歩とベースキャンプに向けて確実に移動する。
(よし、このまま…)
「ウキャ!」
―――ッ!?
不意に聞こえた奇声に振り向く。
そこにはこぶしくらいの石を持った2メートルほどの白い猿ことライネル達。
直後に飛んでくる石をとっさに伏せて回避するも、投げられた石は勢いそのままにピルゲルに当たってしまう。
「クルゥゥ!」
投石を受けたピルゲルの首がこちらに向き、私と投石犯であるライネルの群れを視界に捉える。
「くそっ」
泥まみれの体を動かして逃走。
幸いピルゲルは投石したライネルの集団を真っ先に攻撃したため、私が逃げる猶予が生まれた。
群れを蹴散らしたピルゲルがいつ追いかけてくるかわからない状況、紺色の後ろ髪をなびかせながら、山道をひた走る。
「ブブゥ」
「どけ!」
道を塞ぐファングにとっさに拳銃を発砲。
目を撃ち抜かれ、激痛に悶えた隙をついて横をすり抜け、ようやくベースキャンプにたどり着く。
「ティレルさん、どうしたんですかその姿!?」
「アララガルが現れた、軍部に伝えてくれ!
それと、ピルゲルがここに来るかもしれない、戦闘の用意を!」
「わ、わかりました」
キャンプにいたカレンに情報を伝え、軍部に今の状況を打電させる。
兵士は機関銃座につき、ピルゲルの襲来に備える。
幸い、ここにピルゲルが来ることはなかったが、上級モンスターであるアララガルの出現に全員がベースキャンプで不安な時間を過ごした。