このクソ艦長がぁぁぁぁぁ!!!!
「―――このクソ艦長がぁぁぁぁぁ!!!!」
駆逐艦ベラの甲板上に響き渡る罵声と殴打音。
部下に対する無意味な叱責に始まり、虚偽の戦果報告や部下の手柄の横取り、挙句に軍資金の私的利用など海軍大佐の権力を振りかざして好き放題していたシャーク艦長の顔面にグーパンチを炸裂させる。
任官したばかりの少尉であるが、酒の勢いも手伝って5階級も離れた上官を殴り飛ばす。
まさかの出来事に呆然とする周囲。
本来ならばこれだけで軍法会議ものなのだが、国家を守るはずの上官の醜態に振り上げた拳は収まらず、胸倉をつかんでそのまま海に投げ落とす。
喧騒の中に響くドボーンという落水音。
操艦に関する全権を持つ艦長が人を食らう海洋生物がうごめく海域に投げ落とされたとなれば、顔面蒼白ものである。
「かっ艦長―――!テ、ティレル!き、貴様、自分が何をしたのか分かっているのか!?」
「と、とにかく艦長を救助しろ!」
蜂の巣を突いたような大騒ぎの中、屈強な海兵が私を拘束。
直後、艦長めがけて2メートル程の小型の海洋モンスターが姿を見せる。
リュオンと呼ばれる大きな背ビレが特徴的な、青い色の魚型のモンスター。
艦長の贅肉を目当てに大きな牙をカチカチ鳴らしながら集まりだす。
「機銃撃て!モンスターを追い払え!」
バババババと響き渡る駆逐艦に搭載された13ミリ機関銃の音。
撃ちだされた銃弾にモンスターが逃げ出したのを確認すると、ロープを携えた海兵が海に飛び込んで艦長を救出。
シャーク艦長はずぶ濡れになりながら拳銃片手に「このクソ女、ぶっ殺してモンスターの餌にしてやる!」と狂乱気味に叫んでいたが、部下に宥められて処罰はいったん軍法会議までお預けになり、一方で私は艦内の一部屋で監禁されることとなった。
「……」
椅子もベッドも何もない狭い部屋。
基地へと戻る艦に揺られながら、冷たい鉄の床に座り背中を壁に預ける。
「ここで終わりか…」
ぼそっと呟く。
酔いは既に醒めており、静かにため息を吐く。
海軍佐官の父に憧れてエリートぞろいの士官学校に入学。
同期であるアイリーン達ライバルと切磋琢磨し、次席で卒業するに至った。
胸に煌めく銀月章はその証。
しかし今回の一件ですべてが水泡に帰した。
軍において、上下関係は絶対。
ましてや上官を殴り飛ばす行為など絶対にあってはならない事であり、除隊処分どころか銃殺刑も十二分にあり得る。
「上官を殴り飛ばすとは、とんでもない事をしてくれたな、ティレル」
扉越しに同期の声が届く。
ドアに付けられた小さな格子窓を見れば、呆れ顔のアイリーン。
人間よりもはるかに長い時を生きる竜人で、左右に分かれた白黒の前髪が目を引く彼女は士官学校を首席、しかも歴代トップクラスの成績で卒業し、上層部からも一目置かれている。
「あれほど酒はやめろと言っていたのに…」
腕を組みながら、そう小言を呟く。
「死人同然の私に、それだけを言いに来たのか?」
「……」
銃殺刑を覚悟した私の言葉に、彼女は周囲を確認して後ろを向く。
白赤黒の3色の長い後ろ髪が美しく輝く。
「…これは独り言だ。
あの艦長の振る舞いには全員がうんざりしていた。
軍規を守らず、その上で遅刻は毎日。
指揮官があれでは、遅かれ早かれ船員たちは海に沈んでいたはずだ。
一矢報いてくれた事、感謝する。
軍法会議では私たちも証人として出廷するつもりだ。
最後に、これに懲りたら酒はもうやめろ。さすがに2度目はかばいきれない。
もっとも、酒を再び口にする機会が来るかは分からないが…」
それだけを伝えて、アイリーンは自室へと向かった。
その後、基地に帰還するや私は憲兵に身柄を引き渡され、1週間後に軍法会議に掛けられた。
数時間にわたる審問の末、アイリーン達の証言や相手の不祥事をはじめとする諸事情が考慮されて銃殺刑だけは免れたものの、6カ月の懲役刑の上に除隊処分となり、海軍から私は追い出されることとなった。
一方で悪事が上層部にばれたシャーク大佐たちも厳罰が下され、シャークは兵卒に降格。
その取り巻きたちは長期の実刑が下され、私と同様に軍事刑務所へと投獄された。