6話 チート級の成長は、ない。
「うーん……」
ここは、召喚屋ギムズの【研究開発室】と札が貼ってある部屋。ポタルがサジの手を握りながら、じっと目を閉じている。
サジは、さっきから、四角い形の、SDカードくらいのサイズの、よくわからない何かを、順番に握らされている。
属性計──魔法の適性を調べる道具で、ポタルのマナを動力源にして、サジと相性の良い属性を見極めているのだった。
「ふむふむ、なるほどねー。やっぱり地属性が合ってるみたい!」
「地属性。」
「うん。土とか石とか植物とか金属を操る力だね!労働力としては一番需要があるし、王都では一番多数派の適性だよ!」
「なるほど。地属性……。」
ファンタジーものではよくある分類である。
だいたいが、「炎」や「光」とは違い、漢字の通り「地味」な役割に終始することが多いが。
(だが、それが俺に合っていると言われても、正直ピンとこない。)
まぁでも、労働力としての需要がある多数派、というのでなんとなく、不思議と少しホッとした気分になった。
(現実世界に帰れなくても、少なくともこちらの世界で仕事がなくて飢えて死ぬことはなさそう、か。)
(そういえば、食いっぱぐれないから、って、進学先で工学部を選んだのも、そんな理由だったな。)
「で、次はキミのマナ出力とマナ容量を測るよ!」
そう言ってポタルが取り出したのは、体温計のような細長い道具。
「これはマナ容量計! これを握ると、キミのマナが測れるんだ」
ポタルが説明する。
魔法のポイントになるのはマナ容量と、マナ出力。マナ容量が、魔法がどれだけ使えるか、RPGで言うとMPに当たるもの。
前にサジはポタルから説明を受けているが、これは睡眠を取って休養すると回復する。
それから、マナ出力。こっちは、ゲームで言うと”魔力”とか、”特殊攻撃”みたいなものに相当するらしい。こちらが高いと、より大きな力の魔法が打てるという。
で、マナ容量計を指示通りに握ってみる。目盛りの上を、液体が伸びて行って、そして、途中で止まった。
「……あー……」
「うん、やっぱり、そんな感じだね……」
ポタルは複雑そうな顔をしながら、サジのマナ容量を見ている。
「平均的な成人の出力は10、容量は100くらいなんだけど……キミは出力3、容量30しかないね」
少なくとも、ポタルの顔を見る限り、この数値は低い部類なのだということが、サジにはわかった。
(異世界に来たら俺もチート級の力が手に入るのでは……なんて、これっぽっちも期待していなかった……訳でもないんだが。それにしても、魔法の世界に飛び込んで来た素人、として見れば、極めて現実的な数値だ。)
「いやぁ、まぁ、ハハハ。」
(とはいえ、落ち込んでいても仕方ない。限られたマナを有効に使うしかないな。)
「魔法には、自分に合った使い方がある!さぁ、練習練習!いくよ!」
ポタルは胸を張りながらそう言うと、「まずは実践あるのみ!」と、手を引いて、店の裏手の実験場へと向かった。
◇◇◇
そして、サジに地属性の魔法を試すように促した。
「地属性っていうのは、何かを生み出すよりも、"そこにあるものを活用する"のがポイントなんだ!何かを生み出すと、それだけでマナを使っちゃうけど、”今存在するもの”を利用すれば、その分マナが節約できるからね。」
「なるほど、あるものを利用する、か……」
サジとポタルは、まずは身を守るための防御魔法を試してみることにした。
(そうだ、ある忍者のマンガで、地属性の強キャラがいたような。砂を使いこなしてなんかエラくなるやつ。)
「よーし、じゃあ、弱い弾撃つからね、守ってみてね」
ポタルが構える。
(いくぞ、仮名[砂の壁]…ポタルの弾を止めてくれ!)
バシッ!!バサッ
砂の壁は、確かに魔法の弾から身を守ったが……
「げっ!?ぐえっ、ぐは、げほっげほっ。」
サジの喉と目をそれ以上のダメージが襲ってしまった。
失敗である。
(これでは使い物にならない!痛い、痛い!かっ、はっ……)
再度テストする。
それじゃあ、もっと固いレンガのような壁を作ってみたらどうか?と二人は思案した。
もう一度地面に手をかざし、今度はしっかりとしたブロックをイメージする。
ゴゴゴゴッ!
今度は硬そうなレンガのような壁がせり上がった。そこに、ポタルの弾が飛んできて──
「おお、これは──」
「──って、うわぁっ!?」
直後、壁の一部が崩れ、レンガが地面に落下する。レンガの割れた破片がサジの方に飛んで行く。
とっさに避ようとしたが、ゴツンと肩に当たり、じわじわと痛みが広がる。
(破片で済んでよかった。……いや、じゃなくて。)
「……ダメだなこれは。」
「むしろ攻撃になっちゃってるね」
(何か……ちょうどいい防御の方法はないのか……?)
試行錯誤を繰り返した結果、地面をすくい上げるようにして、マナを混ぜて織り込む。
衝撃を吸収する盾 が一番良さそうだという結論に至った。
こうして、サジは最初の防御魔法 [地の盾] を編み出すことができた。
「次は攻撃魔法だよね! さぁ、どんなカッコいい魔法を開発するのかな!?こっからが、いよいよ、魔法のいっちばん楽しいところ!」
ポタルはワクワクした顔でサジに尋ねる。
……が、サジは冷静に答えた。
「逃げるための魔法を作る。」
「えっ!? 攻撃しないの!?」
「最強の護身術は、短距離走らしいぞ。Youtube……こっちで言う新聞みたいなので、元いた世界の元自衛か……軍人が……言っていた。」
ポタルは唖然としている。
(だが、戦いになったときに最も大切なのは"生き残ること"だ。元の世界で銃や剣、あるいは格闘技の経験がない自分に必要なのは、生き残る力一択。)
まずは逃げ足を早くするべく、サジ自身の足を強化するイメージ、魔法をかけてみる。だが、マナを込めた瞬間──
「うおっ!?」
膝がガクンと崩れ、その場で転ぶ。
「大丈夫!?」
「……駄目だ、スピードに身体が追いつかないな。」
(この世界の住民ならともかく、異世界から来た俺の体は"魔法を前提に作られていない"のかもしれない。急に身体能力を上げたところで、筋力や反射がついてこないか。)
「じゃあさ、地面に運んでもらえば?」
ポタルの助言に、サジはハッとした。
(……そうか。自分の足で走るのではなく、"地面に動いてもらう"発想ならどうだ?)
サジは、地面の力を借りて、自分の足元に滑るようなエネルギーを流し込んだ。
(動く歩道。大地に運んでもらう感覚。母なる大地よ、何卒お願いします!俺が、地属性の立場を、少しだけ上げて見せますので!)
ゴゴゴ……
「おお!? これは……!」
地面がゆるやかに動き、サジの体が滑るように前へ進む。
速度を上げられれば、一瞬で距離を取れるかもしれない。
「やったな。名付けて、[地の逃避]。」
「だから、なんでそんな消極的なの!? もっとカッコよく言おうよ!」
「それに、それ、攻撃にも使えるよね!? 例えば、でっかい球を乗せて地面を走らせれば攻撃にもなるし!」
「……いや、逃げる用に作ったんだけど」
「[大地の球] !とか、[地の駆動] !ホラ、カッコよくない!?」
そうして、ポタルの提案も取り入れつつ、サジは [地の盾] [大地の球] [地の駆動] の三つの魔法を習得することになった。
(……なんか、戦う前提の魔法になっちゃったな。)
だが、サジは、色々な魔法が使えるようになって、正直なところ、少しワクワクしていた。
(調子に乗るなよ自分。こういうときが一番危ないんだから。)
「うんうん、これでキミも一人前の魔法使いだよ!」
ポタルが励ましてくれる。
◇◇◇
チート級の速度でなかったとしても──、いや、ないからこそかもしれない。
コツコツと、成長を実感できるのは、楽しいものだ。サジはそう思った。
しかし、サジには1つ気になったことがあった。
「ところで、ポタルのマナ容量やマナ出力、適性ってどんなのなんだろう。」
ポタルが、申し訳無さそうに、返答する。
「えーっとね、容量は2000以上あって、出力は1000以上…適性は、全属性いける感じ…だよ…?えへへ。」
「あのまぁ、わたし、天才だから、ね?うん、多分、王都にもわたし以上の召喚士はいないと思うし。」
繰り返す。
それでも──、
コツコツと、成長を実感できるのは、楽しいものなのだ。
サジは、自分に言い聞かせるように、もう一度、そう思うことにした。




