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なろうモノ嫌いの異世界記  作者: 不連続がと
なろうモノ嫌いの異世界記
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4話 最初から完璧、はない。

 そして、買い物を一通り済ませ、召喚屋ギムズに戻ってくると、ポタルが言った。


「召喚屋の仕事をするなら、まずは魔法くらいは使えないとね!」


 魔法。サジにとっては、ゲームや漫画の中の話でしかなかった。


(それを今から「実際に使う側」として学ぶというのは、いまいち現実感がないな。)


 だが、異世界に来た以上、避けては通れない道だと言われ、やってみることにする。

 まずは、基本的な魔法として、エネルギー球の生成、そして発射を試してみることになった。


 ポタルは、これは魔法学の初歩として、学校でも題材に使われるものだと説明した。サジにとっては「学校で習う」という情報が逆にハードルを上げる。


 (俺、魔法の義務教育受けてないんだけど。)

(ただ、正直面白そうでは、ある。期待に応えられる気は全くしないけど。)


 そんなことを考えながらも、サジはポタルに促され、店の裏手沿いの道路を歩いていくと、なにもない広い場所に出た。

 草原とも荒野ともつかないそこは、公園と呼ぶにはあまりにも何も無さすぎて、殺風景とも言える光景だった。

 だが、広い運動場として、ポタルが普段から実験や訓練をしている場所である。


「色や形は自由でいいから、まずは自分がイメージしやすいものからやってみよう!」

「魔法の根源のエネルギー、マナはそこら中にあるし、キミの体からも出てるよ! 手のひらにエネルギーを集めるイメージで!」


 (そうは言われても。イメージしやすいエネルギー球って何だ?)

 (……あ。)


 サジは、現実世界の一人のスーパースターを思い浮かべた。赤い帽子にヒゲ、オーバーオール。

 配管工という肩書きなのに、ブロックを壊し、亀を踏みつけ、果てにはファイアボールを投げるあの男。

 試しに、彼のフォームを真似て手を前に突き出す。


(マナさんたち、あつまれー、あつまーれー……こんな感じか?)


 ふっと、手のひらに小さな火の玉が現れる。

 赤く輝き揺らめいてはいるが、不思議なことに、熱さは感じなかった。


「おお、できた。これが、魔法……!」


 ためしにそれを前に押し出してみる。

 ぽよん、と弾むように飛んでいき、数メートル先の地面にポトリと落ちた。ぼよんぼよん、と5回ほどバウンドして、消える。


「……なんか、遅くない?」


 出たこと、発射出来たことは素直に嬉しかったが。道具としては、威力云々以前の問題である。これでは相手に到達する前に避けられるだろう。


「うーん、もうちょっとスピードを上げられないかな」


 そう言われて、次に思い浮かべたのは野球の投球フォーム。


 サジは、長年、趣味で草野球を続けていた。


 小学校5年生から、今の30代半ばまで、おおよそ二十数年。

 ……ただし、決して上手い訳では無い。

 小学校から高校まではずっとベンチウォーマーだったし、高校野球、三年生での夏の大会、彼の役割は一塁のランナーコーチだった。

 アルプススタンドに居る全校生の前で、自分が補欠だとはっきりわかってしまうのは、なかなかの切なさがある。

 チームも1回戦で敗れた。サジ自身、公式戦で大活躍した、というような経験は全く無かった。ただ、野球には、少しだけ面白い部分もある、ということと、後は惰性で続けていた。


 そんな記憶が蘇りながらも、外野からバックホームするイメージで投げる。


 シュッ……


 火の玉はそれなりに速くなったが、今度は軌道がブレすぎて制御できない。

 狙ったところに飛ばないし、そもそもサジ自身の投球スキルが低いせいで球速もそこまで出なかった。

 全力で腕を振ると肘や肩にほんの少しだが痛みも走る。


「なんか、違うな。」


 どうすればいいか。悩みながら、ふと気づく。


 こういうときは、自己流にこだわるのではなく、素直に基礎を学ぶのが早い。


 仕事の実践で学んだことだ。

 サジは、自分なりに試行錯誤するタイプではなく、標準書やマニュアルに沿って動く方が向いていた。

 彼自身は、「センスと名前のつくものは、持っていたことがない」と、よく自嘲していた。

 しかしそれ故に、ノウハウを広く伝えることについてはこだわりがあり、後進のために、標準書を整備するのも比較的好んでいた仕事だった。自分の勉強にもなるから、と彼はそれを前向きに捉えていた。


「ポタル、学校ではどんなフォームを習うんだ?」


「え? そうだね、右腕を前に突き出して、左腕で肘を支える形が基本かな」


 右腕を前に突き出し、左腕で肘を支える。ポタルに見本を見せてもらいながら、やってみる。


 ボッ……!


(お、これは……なんか、定番って感じがするな。それこそファンタジー物でよく見るような。確かに今までよりも安定する気がする。)


 だが、ここでさらに仕事の経験がフラッシュバックした。


『尾張くん、CAD業務進んでる?ん?そこ、上手く行ってないのかー。』

『それね、マニュアルには載せてないんだけど、ぶっちゃけ、こっちのコマンドのやり方の方が断然早いし確実なんだよね。』

『後で時間があったら、マニュアルも直しといてよ。俺、みんなに連絡とか、教育すんのはメンドーだからさぁ』


 サジの先輩、ベテラン社員の川井さんの声が響く。

 色黒で、天パで、背の高いお調子者であったが、仕事についての能力は、その軽口と裏腹に、高いものがあった。


(異世界まで来て、頭を巡る思い出がおじさんか。)


 そんな風に自分自身で呆れながら、記憶の糸を辿る。


 仕事でもよくあったことだ。マニュアルに載っているやり方より、「実際に現場で熟練した人」が編み出した方法のほうが、圧倒的に早くて便利だったりすることがある。

 サジの経験上、「これ、標準書に書いてもいいですか!?」と、その先輩のやり方をチーム内で標準化するだけでも、チームの生産性を上げる成果を出せる、ということは、ざらにあった。


 そして、今のサジには、ちょうど、お誂え向きにそういう先輩がいる。


 いつの間にか、少し離れたところで、ふわふわと飛んでいるポタルに声をかけようとしたところで、ふと思考が止まる。


(いや、待て。飛んでる?? 魔法ってそんなこともできるのか……?)


 よく見れば、背中には青い半透明の羽が浮かんでいた。


(どうやら魔法で生やしたものらしい。人間の体重を支えられるだけの浮力が発生するような形状の羽には見えないから、理屈はわからないが魔法の力で飛んでいるんだろうな。)


 そして、野球部仕込みの声で、叫ぶ。


「おーい!ポタルー!ポタル先輩はどんな風に撃ってるんだー!?」


 ポタルはニヤリと笑うと、ふわふわとサジの方へに飛んできた。

 どうやら近くで見せてくれるらしかった。両手の親指を立て、人差し指と中指を前に突き出した。

 まるで二丁拳銃のようなフォーム。


「[サンダー&ストーム・バレット]!」


 魔法の名前か呪文かわからないが、ポタルが詠唱する。

 右手には稲妻のようなオーラを帯びた弾丸が、左手からは竜巻のようなオーラを帯びた弾丸が発生する。


「えいっ!」


 ババシュン……!!


 乾いた銃声のような音が響く。


 その瞬間、雷を帯びた弾丸が青白い軌跡を引きながら疾走し、もう片方の弾丸は渦巻く風の刃を纏いながら地面に炸裂した。


 ……バチッ!……バスッ!


「……全然違うじゃん。」


 玉というより、弾だ。サジのものとは比べ物にならない速度と威力だった。


「こうやってるよ♪試してみる?」


 戸惑いながらも、ポタルのフォームを真似してみる。

 指を突き出し、力を込める。銃を撃つように、エネルギーをチャージして、交互に、撃つ!すると、先ほどとは比べ物にならない鋭さの火の玉が飛んでいった。


 バシュッ!バシュッ!


「……おお?」


「うんうん、いい感じ!」


(若干遠回りしちゃった気はするが、やっぱり「できる人の真似をする」のが成長の近道か。まぁ、ポタルはずっと近くにいるわけだし、こういうときは身近な師匠とその流派に頼っておくのが間違いないだろう。)


 ポタルはニコニコしている。


「いい感じだねぇ、初めての魔法、習得♪」

「そうだ、名前つけよう名前。気持ちが乗るとマナもいい感じに編めるよ?」


 そして、ポタルに問われた。


 ――命名 、[火の弾]。


 サジはシンプルにそう名付けた。


「……え?」


 ポタルが、ぽかんとした顔で固まる。


「ねえ、もうちょっとこう……カッコいい名前とかさぁ?」


「シンプルな方が後任にも伝わりやすいだろ?」


「コーニン?」


「俺と同じように召喚された奴がいたら、そいつもやっぱ、同じように大変だと思うし。ノウハウとして残しやすい形が良いかな、と。」


「後任!? 自分の放つ魔法に、後任とか考える!?」


「観光も半分ですが、お仕事も半分だと聞きまして。」


「真面目かっ!!」


 ポタルは軽く笑い飛ばした。


「ま、こういう性分でな。」


 談笑の中、こうして、サジは、ようやく初めての魔法[火の弾]を使えるようになったのだった。


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