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なろうモノ嫌いの異世界記  作者: 不連続がと
なろうモノ嫌いの異世界記
4/28

3話 ある程度知らなきゃ生活できない。

 異世界生活、初日。


 サジは今、ポタルの店――「召喚屋ギムズ」のダイニングで、朝食の席についていた。

 この異世界に召喚されたのは、早朝だったらしい。

 だが、サジは特に寝不足を感じることもなく、体は快調だった。

 女神ギムの言う通り、「現実世界で夢を見ながら」とは、生物としての睡眠は取れている、ということなのかもな、とサジは思った。


 ポタルに連れられ、サジが階段を降りると、パンの香ばしい匂いと、スープの湯気が立ち込めていたのだった。

 目をこすりながら状況を確認し、改めて「ここが異世界なのだ」という事実を飲み込むことになった。

 そこには、サジにとっても、特に違和感のない木製と思われる四つ足のテーブルと、こちらも四つ足の、背もたれのある木製のイス。一つのテーブルに対してイスが四つ置いてあり、ポタルに促され、そのうちの一つに座る。


「じゃーん!ゲスト向けに、朝ご飯も準備してありまーす!」


 ポタルは手早く皿に盛り付けを済ませ、テーブルの上にはシンプルな朝食が並べられた。丸いパン、ハーブの香るソーセージ、野菜たっぷりのスープ。


「なんだ、これ、普通にうまそうだ。いただきます……って、これ、どこで仕入れてるんだ?」


 サジはソーセージを口に運びながら、ふと疑問を口にする。

 異世界の食事ならもっと粗野だろうと想像していたサジの口に、意外にも、その食事は合っていた。ソーセージの塩味、パンの柔らかい食感、スープの優しい温かさ、その全てが体に染みる。


「ふふふ、ちゃんとした市場があるんだよ!ここは王都のすぐ南にある街でね」


 パンをかじりながらポタルが続ける。


「王都から一番近い幹線道路沿いの街で、商業エリアでもあるし、食材の流通も安定してるんだよ」


 (なるほど、異世界とはいえ、文明レベルは意外と高いらしい。少なくとも、俺が想像していた「異世界=不便な中世世界」というのとは、少し違うようだ。)

「召喚屋ギムズっていうのは……つまり、召喚魔法を専門に扱う店ってことで、いいのか?」


「そう! 依頼があれば、召喚にまつわることならなんでもするよ!召喚魔法関係の道具を売ったり、道具を運んだり、召喚獣を呼んで戦わせたり、お仕事させたり、呼び方をレクチャーしたり、」

「たまには王都のクエストをしたりね!」


 どうやら、商店と工務店とコンサルとその他色々と、そのちょうど間くらいのことをしているようだ、とサジは受け取った。


「一番最近やった仕事はね、なんだったかな……。あぁ、そうそう。王都で召喚術に苦戦している学生くんの家庭教師をやったかな。」

「まぁ、普段は店先に立ちながら、空いた時間で研究したり……。自慢じゃないけど、お金に困らないくらいのお仕事と収入はあるよ!」


 サジが思いついたままに問う。


「人間も今回みたいに召喚するのか?」


「まさか!」


 (さらっと否定されたか。俺が店の商品リストに載ることはなさそうで安心だ。)


 ポタルは一通り食べ終わったようで、さらに、近辺の地理について説明する。


「一気にわーっと言われてもわからないだろうから、いちいち名前まで覚えなくてもいいけどね」

「ここはエンデュラン王国の領土、イニシアの街!ここから北に少し行くと、王都オルタナピアがあるよ!」

「イニシアは、田舎ってほどでもないし、かといって都会でもない。暮らすにはちょうどいい場所だよ」


 田舎でも都会でもない街、というところに、サジは親近感を覚えた。

 彼の現実世界での故郷、兼昨日までの住居は、それと同じように、都会ではなく、日当たりが良く、人も温かい、のんびりした街だったからだ。


 厳密には、大きく区分すれば田舎判定されることの方が多い街ではあったが。


 なんにせよ。


 (異世界とはいえ、どうやら生活水準は思ったより高そうだ。しばらくはここで暮らしても、それほど辛くはないかもしれない。)


 そうポジティブに感じながらも、サジは一旦ポタルの話を止める。


「ちょ、ちょっとだけ待ってくれ。なにか、こう、メモ帳や手帳みたいなものと、それからペンはないか。聞いたこと、学んだこと、自分の頭以外の外部の媒体に載せておかないと、何度も聞いてしまうことになりそうだ。」


 サジにとって、メモ帳は、記憶媒体であると同時に、言う事がコロコロ変わる上司や、自分で言ったこともロクに覚えていない同僚を対策するための、いわば武器であり防具でもあった。

 部署異動やアップデートの対応で、業務用パソコンを交換する機会があれば、まず真っ先にやることは、電子メールのバックアップ設定だったほどである。


「え?そう?何度だって聞いてくれて構わないけど……。じゃあ、後で渡すね。」

「今話したことは、もう一回話してあげるから♪」


 ◇◇◇


 食事を終えたあと、サジはポタルに案内されて店の裏手にある浴場へ向かった。


「異世界の風呂って、どんなもんなんだ……?」


 ポタルに促され、サジが期待半分、不安半分で扉を開けると──。

 そこには、ほぼ現代のそれと変わらない、タイル張りの清潔な浴室が広がっていた。

 ただ、見慣れた給湯器や、何らかの熱エネルギーの供給源や、シャワーヘッドから壁に繋がる水源が見当たらない。そのあたりも魔法で下支えしているのだろうか。


(だとすると、もしかしたら、現実世界以上に──。)

(異世界の方が現実世界より遅れているはずだ、と考えること自体が、驕りなのかもしれないな。)

「……うん、普通に快適そうだな。」


「でしょ? 異世界からゲストを迎えるんだから、相応の準備はしてるんだー♪」


 ポタルは得意げに胸を張る。


 (確かに、水回りが整っているだけでなく、食材の流通も安定している。想像していたより、ずっと暮らしやすそうだ。)


「イニシアの中だって、まだまだキミが見たら珍しく感じるモノは、きっといーっぱいあるし!王都まで出れば、もーっといろんな変わったものもあるよ!」

「しばらくは、なにもせずに観光だけするっていうのも、悪くないと思うよ?」


 ポタルはそう言ってウインクする。

 サジは、それは魅力的な提案だ、さながら、”生きた”世界を体験出来る、どこまでも続くテーマパークだ。命の保証はないにしても──、と少し浮ついた気分になりながらも、自制して、低い声で、答える。


「……確かに、環境は快適だ。だが。うん。観光して遊んで暮らすのも楽しそうだけど……俺には、やるべきことがある、かな。」


「ふーん?」


 ポタルが面白そうに見る。サジが続ける。


「とりあえず、大人として、お金も払わずにただ歓待されるだけっていうのは、ちょっと居心地が悪い。

 出来ることがどれほどあるかわからないが、可能な範囲で仕事を手伝わせてくれないか。」


 ポタルはふんふん、と関心している。


「おー♪いいね、いいね♪ちゃんとしてるんだねぇ? 『せっかく異世界に来たんだからラクしたーい』って言ったっていいのに」


「その上で、現代に帰るための、『やるべきこと』ってやつも見つけていかないと行けない。わかりやすく魔王とかがいるなら良かったんだけどな。」


 サジの言葉に、ポタルは少し驚いたように目を丸くしたあと、ニヤリと笑った。


「ねぇそれ、順番が逆じゃない?先に帰るための方法を見つけなくていいの?」


 ──最もだ。サジはポタルの意見こそ真っ当だと感じたが、しかし、柔らかく否定して、続ける。


「両方やらないとな。タダ飯食って遊んでばかりって訳にはいかない、平行してやるべきことを探していかないと。」


 ポタルは少し考える素振りを見せたあと、腕を組み、わざとらしく唸った。


「うーん……そうかそうか……。オトナだねぇ、立派だ──。じゃあ、わたしも協力しない訳にはいかないねぇ♪」


 しばらくして、ポタルはニヤリと笑い、サジの肩をポンと叩いた。


「じゃあ、今日からキミは召喚屋ギムズの新人スタッフってことで!一緒にがんばろー♪」


「新人、か。年齢的には中途採用の方がしっくりくるくらいの感じだけどな。」


「でもまあ、呼びつけたのはこっちなんだし、見習いとはいえ、フラットな関係で行こうよ。お仕事半分、観光半分くらいの気持ちでいいから、よろしくねっ!」


 楽しそうに笑いながら、ポタルはグータッチを求めた。サジは少し考え──、グータッチを返した。

 

 ◇◇◇


 そこでふと、気づく。


「あぁ、そうすると、新人スタッフってことだけど、給料……は、まぁ、働いてないのにする話でもないんだが……、関連して、お金ってどんな単位なんだ?」


「王国で使用している通貨は、”リム”。ほら、こんな感じ。」


 ポタルは、ポケットから、コインを取り出して見せた。1という数字の周りに、リボンのような螺旋の輪が彫り込まれている。


「これが1リム。この街のパン屋さんのパンはだいたい1リムだから……って言えば、キミの世界と比べられる?」


 首を傾げて問うポタル。サジは


「そうだな……。ざっくりだけど、100円=1リムってところかな」

 

 と呟いた。


「へぇ、すっごく細かい単位なんだねー!なんだか計算が大変そう!」


 そう言ってニコニコしているポタル。


(大人になってからしばらくご無沙汰だったかもしれない。計算が立たない世界、だな。)


 天を仰ぎ、ほんの少しだけ笑いながら。こうして、サジの異世界での生活が、正式に始まることに──。


 ◇◇◇


 まだ、ならなかった。


「じゃあ、まずはイニシアを少しだけ観光しつつ、サジの服を買いに行こうー!ほら、外に出て!」


「え?お、おお、ありがとう」


 ポタルに促されて外に出ると、そこには、現代のものよりも、ボディに曲線形状こそ多いが、紛うこと無き……


「え!?自動車!?なんで異世界にクルマがあるんだ!?」


「え……うん、便利だからじゃない?」


(おいおい……。こっちの世界の方が進んでるんじゃないのか……?)


 ポタルの運転する自動車の助手席に乗り、この世界に馴染む”装備”を手に入れたところで、サジの異世界での生活が、始まるのであった。


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