8話 メイテオ嬢
――ウェべ=ノルブ伯爵領内、商人街
アキは、オンたちと離れ、ひとり、風に舞う葉に化けて令嬢風のナロインAを追っていた。
追われる彼女は、目深なフードつきの身体を隠すような服を羽織り、身分を隠して街を散策しているようにも見えた。
(御忍びの外出……そんなところか……?)
しかし、暗い裏路地に入り込んだところで、彼女は不意に、アキの方向へ振り向いた。フードを外すと、金色の髪がふわりと広がる。彼女は、アキへと、笑顔で語りかける。
「私たちの街へようこそ、気侭な風さん。」
「私は、メイテオ・ウェべ=ノルブ。私に御用があるのでしょう?ここなら周りに人もおりませんから……。貴方のお望み通り……少し、お話をしましょうか?」
アキは、変身を解き、軍服姿と、紅い帽子の少年の姿へと戻る。その姿を見て、メイテオは少し驚いた様子を見せた。
「あら……こんなに可愛らしい方だったとは。」
アキは、メイテオへと姿勢を正し、答えた。まさか、尾行に気付かれていて、その上で、誘い込まれるなど、アキにとっては思ってもみなかったことだったが。
(こうなってしまった以上、正々堂々と対するしかない――)
「失礼。王都より参りました、賢者リトル・ウィンターの使い、アキと申します。」
「しかし……率直なところ、驚いています。いつから気づいていたのですか?」
メイテオは、笑顔で答えた。
「気づいていた……、そんな高度なことではないんです。私は――うまく説明できないのだけど、時々、わかってしまう、たった、それだけのこと――。」
「うふふ、少し、領内を歩きながら、お話しましょうか。」
メイテオは、アキの手を取ると、裏路地を抜け、賑やかな商人街へと引き返した。
眩しくも穏やかな光の下で、メイテオがアキに向かって微笑む。
「さて、アキくん……私に、聞きたいこととは……?」
親戚の子供を案内するかのように、街を歩きながら、メイテオは優しく質問した。
「では――、勇者ジークと、あなた方に起こったこと……その、一部始終を手短に伺いたいのですが。」
「ええ、良いですよ――。私の今の役割――天命を、果たして見せませんとね」
メイテオは、天を仰ぐと、語り始めた。
「勇者ジーク様の英雄譚……はじまり、はじまり――。」
◇◇◇
私、メイテオ・ウェべ=ノルブは、王都から自治を認められ、この辺境を治めていたウェべ=ノルブ伯爵の娘として生まれ育って来ました。しかし、ある時から、父である伯爵の様子がおかしくなったのです。
それは、なぜか父が気に入り、側近に加えた旅の魔術師、コントンスの目論見によるものでした。
あるとき、コントンスは、私に言い放ちました。
「混沌の使徒たる自分が、この伯爵領の武力を高め、王都に宣戦布告する。戦争の末に、王国を打倒し、飲み込む」と。父は、コントンスに説得されたのか、あるいは洗脳されたのかは定かではありませんが、奴の操り人形と化していました。
困り果て、当てもなく、街に出た私が出会ったのは、コントンスによく似た顔の、旅の占い師パンドラ。彼は、私に、救世主を異世界から召喚するという道具を与えたのです。
それを用いて召喚されたのが、異世界からの来訪者、勇者ジーク様。
彼は、この世界へ来る途中、三つの起動型チートスキルを授けられたと話していました。
ひとつめは、相手のステータスを改めると同時に、自身の魔力を普通の人間の100倍に高める数値の破改。
ふたつめは、相手が、自身の中で最強と自認するスキルを奪う、才能の破改。
そしてみっつめは、自分が勝利した相手を自由に操る、精神の破改。
勇者ジーク様は、これらの異能を用いて、私とともに、打倒コントンスの冒険を始めました。
冒険の途中、「物理無双」を自称する両手盾の女戦士、ケイティと、武闘大会で出会い、彼女を仲間に引き入れました。
それから、武者修行中に領内に立ち寄っていた小人の魔法使い、ギラギラも、私達の味方となってくれました。
そうして、四人はついにコントンスを打倒し、伯爵は正気を取り戻したのでした。
めでたし、めでたし。
◇◇◇
商人街をひと回りする頃に、メイテオの語りは終わった。全て黙って聞き終わり、アキが疑問を口にする。
「ありがとう、お嬢様……。だが、なぜ、そこまで詳細に話せる?こちらは、確かに、勇者について調べているが……勇者にとって、敵だという可能性は大いにあるだろう。」
メイテオは、微笑んで、返した。
「ええ……。そうですわね。」
「信じて頂けるかわかりませんけれど……私は、ときどき、わかってしまうのです。天啓とでも呼ぶべきものでしょうか……私に与えられた、役割が。」
「今の私の役割は、アキくん……、いえ、賢者様。あなた方に、この物語を伝えること。」
アキは、動揺した。特別なマナを持っているようには見えない彼女に、秘密を見透かされていることに、驚きを隠せなかった。それも、全部では無く、断片的に、彼女の役割に応じた情報を与えられ、彼女もまた、それを自覚しているということにも。
メイテオは、さらに続けた。
「ふふふ、アキくん。そんなにおびえなくても大丈夫です。私とあなたは、剣を交えることはないのだから……。」
「嘘だと思うかもしれないけど、あなたに次に待ち受ける役割は……あなたは、ある役割を持って、この領内を離れることになります。」
「もしも、私が言ったことが本当になったら……私もまた、城で、物語の行く先を待っていると思って下さい。」
アキの返事を待たず、メイテオは、もう一度天を仰いだ。
「そろそろ、ですね」
「勇者と魔王の戦いにおいては――、私たちは、ここで、平和的な痛み分けということで……最終決戦は、主役に任せましょう。」
アキは、ひと言だけ、呟いた。
「なるほど。あなたは……、人知れず勇者を待ち、支えるお姫様――、まさに、ヒロインだった、ということか。」
メイテオが、楽しそうに、微笑みながら、否定する。
「いいえ。私など――ただの、脇役に過ぎません――。」
「それも、この境遇を楽しんでいる、酔狂な――。」
そのとき――、メイテオの「そろそろ」の言葉通り、世界が、そしてアキの視界が、ホワイトアウトした。
◇◇◇
一方、時は少し遡り、亜空間。
オン・フギリの魔王パーティと、ジーク・ケイティの勇者パーティは、戦闘を開始した。
オンは、わざと勇者達に聞こえるような声で、フギリに指示を飛ばした。
「フ爺。勇者はおそらく、正体不明の僕に分析を狙って来る。僕は視線に捉えられないように全力で逃げるから――。」
「分かりました。あちらの⋯⋯大柄な女性戦士の方を止めててみせましょう。」
ジークとケイティはすぐさま反応する。
「あ?舐められたもんだな!?」
「私は、魔法反射の盾を持っているのだ!相手が魔法使いであろうと、死角はない!」
ついてこい、とばかりに[地の駆動]で逃げるオン。ジークは、炎のマナで推進力を強化し、それを猛ダッシュで追い掛けた。
取り残されたケイティに対し、フギリは、静かに呟いた。
「手の内を明かすのは、自信の現れ⋯⋯でしょうが⋯⋯。私もね、それで失敗したことがありますよ。」
フギリは、魔法の詠唱を行わないまま、地面に水属性のマナを這わせ、ケイティの足から腰までを、そのマナで取り囲んだ。青く輝く光が、ケイティに巻き付く。
「なっ⋯⋯!?」
「盾が魔法を反射するなら、届かない範囲で終わらせればいい。固まっていてもらいましょうか。」
ケイティに巻き付いたマナは、氷へと形を変える。ケイティの下半身は氷によって、動きを完全に封じ込められた。
「何ということだ⋯⋯!メイテオ!解除の魔法を⋯⋯!って、うわああ、今はいないのかっ!?」
慌てるケイティに背を向け、フギリはオンとジークの競争へと目をやった。
ジークは、オンを能力で捉え、自信満々に笑ってみせていた。
「ははっ。俺の[数値の破改]から、全力で逃げるってのは⋯⋯悪くない発想だが⋯⋯俺の敵じゃないな。お前の正体、丸裸にしてやるよ。」
ジークは、視えている内容を読み上げていく。だが、読み進めるとともに、困惑の表情が浮かんだ。オンは、足を止め、ジークに向き合って見せた。
「オン・■■・□□⋯⋯あ?なんだ、これ⋯⋯?」
文字を追って、そのまま読み進めていく。
「『■■、□□、賢者リトル・ウィンターのマナによって生まれた黒曜岩龍。■■の使い魔であり、魔王フギリを喰らったことで野望を打ち砕いた。マナ容量10,000。得意属性は、地属性と、蝕属性』⋯⋯なんじゃこりゃ⋯⋯!?」
ジークが、明らかに動揺する。まるで、近しいレベルの相手との戦いを、初めて経験するかのように。
「文章自体も全く意味がわからんし、マナ容量が俺と同格⋯⋯!?こんなことは初めてだ⋯⋯。何者だ、お前は!?」
ジークの分析を聞きながら、オンは、悲しみとも、呆れともつかない顔で、笑ってみせた。
「まいったな⋯⋯。本当に、丸裸にされちゃうんだね。」
オンは、答え合わせをするかのように、淡々と、ジークに説明してみせた。
「キミの分析は全部当たってるよ。すごい力だね。解説すると――。尾張匙は、もうここにはいないからか、それか⋯⋯あっちの世界のプライバシーの問題で⋯⋯。ポタル・ギムズは、まぁ、それなりの事情があってさ。魔王フギリも、確かに僕がやっつけたよ。」
「はぁ?」
ジークの、何ひとつ理解出来ない様子を見ながら、オンは続けた。
「ふふ。嘘はついてないよ。僕も、それから、きっとキミもね。」
オンは、すぅ、と息を吸うと、ジークに向かって、改めて戦闘態勢を取った。
「じゃあ⋯⋯勝負を続けようか。僕と同格の、勇者様――。」




