7話 スパ子さん
――ウェべ=ノルブ伯爵領、城下町
アキの車に、オン、フギリ、キョウザメエルを乗せ、王都を発ってから数時間。
移動時間の間、オンは、仲間たちに、
・「テンプレなろう系」とは何たるか
・そもそも、サジはどこから来たのか
・なぜオンが生まれるに至ったのか
・ポタルの消失
・キョウザメエルとの出会い
・今の自分に出来ること
など、知っていること全てを、包み隠さず説明した。
アキも、フギリも、気になるところは質問しながら、オンの荒唐無稽にも聞こえる話に、誠実に耳を傾けた。
そんな話をしていると、数時間はあっという間に流れた。気付けば、目的地に辿り着いていた。
「味方が少ないのは心もとないけど……改変に耐性があって、僕と直接の関わりがある人は他にいないし……」
「まぁ、勇者パーティと正面衝突したとしても……向こうも、建付け上、少数精鋭での戦いになるはずだしな」
「肩に力が入らない程度に、気を引き締めて、行こう――。」
オンは、そう自分を勇気づけながら、敵の本拠地に足を踏み入れた。そのとき。
「勇者ジークのやっていることは、どう考えてもおかしい!」
「突然異世界から現れて、美女を侍らせて大活躍するなんて、典型的なカスセマイ系みたいじゃないか!」
どこかから、演説する女性の声が、一行の耳に響く。
「あっちか……?みんな、行ってみよう」
オン達が小走りで目的地に辿り着くと、そこには、小柄で若い女性がおり、拡声器で演説をしていた。
金髪に、黒いメッシュが入った、稲妻を思わせるカラーリングのボブカット。目と口は、やんちゃな猫を思わせる、大きい造形。服装は、肌を多く見せる、活発な雰囲気なもので、こちらも、黄色と黒の、雷を纏ったような服装をしていた。
(味方……?と、簡単に判断するのはまずいけど、勇者に敵対する勢力なら、情報を聞けそうだ。)
オンの目線に気付いたのか、女性はオンに声を掛けた。
「ん……?私に何か用?」
「あ……いや、失礼します。僕の名前は、オンと言います。王都の……賢者リトル・ウィンターの使いで、勇者のことを調べているんです。あなたは、勇者のことに詳しそうだから……、差し支えなければ、知っていることを教えてくれませんか。」
「そっか。私は、スパアクス・パインツ。長いから、スパ子でいいよ。敬語も無くていい。」
「ありがとう。それじゃあスパ子さん、質問なんだけど……この街の人って、勇者に心酔していると思っていたんだけど……あなたは勇者に反発しているの?」
「それだよ、それ!みんな、あの勇者が来てから様子がおかしいんだ。全員が、まるであいつを称えるための存在みたいに、つまーんなくなっちゃってさ。まるで、私がずーっとバカにしてた、カスセマイ系の物語もどきみたいな!」
「カスセマイ系の物語もどき?」
「価値観がすっごくせっまーいお話のこと!可愛い異性にちやほやされてさ、自分だけが最強でさ、周りを好き放題してさ、みんなに褒め称えられる、みたいな。カスみたいに狭い価値観とセカイ観の物語を、私はカスセマイ系と呼んでる。」
(どこかで聞いたような話だな……)
オンの同情するような表情を見て、スパアクスが続ける。
「そう……。私はね、ずっと、カスセマイ系の物語が出版されたら、それをバカにする漫談ライブの活動をしてたんだよね。そしたら、この辺の地域が、本当にカスセマイ系みたいなことになっちゃって!」
(なぜ、わざわざそんなことを……?)
オンの感想を知ってか知らずか、スパアクスが続ける。
「でも、私はそれに気付いて、勇者にはなるべく近づかないようにしてた。だから、まだ正気を保てているんだけど……。」
スパアクスが、何かに気付いて、遠くを指指す。
「うわ……言ってたら、来ちゃったよ……。勇者様の取り巻きの、頭ライオンが。」
スパアクスが指を指した先には、獅子の兜と鎧を身に着けた、長身の女騎士が立っていた。
オンにも、その人物には見覚えがあった。勇者ジークがダーウェイを下した時、一緒に喜んでいた、ナロインB。
「スパ子さん、あの人の……名前と、特徴は?」
「あいつはケイティ。両手盾で戦う、自称『物理無双のシールドマスター』。」
スパアクスは、ふぅ、と息を吐いた。
「私のことを目の敵にしていて、見つけると襲ってくるんだよ。残念だけど、今回は……仲良く話していたオンくん御一行もセットかもね。」
ケイティが、早足でスパアクスの方へと近づいて来る。スパアクスは、ケイティに向かって挑発した。
「おい頭ライオン。なんか用?今、大事な話をしてんだけど。バカは、回れ右してくれる?」
「黙れ。」
ドン――。
ケイティは、右足で大きく地面を踏み鳴らして威嚇すると、スパアクスへ毅然と言い返した。
「お前みたいな、真面目にやってる人間の足を引っ張るような真似をする奴は……。街にとって害悪なんだよ。毎回よく逃げるものだが……、今日こそ、投獄してやる。」
やり合う二人をよそに、アキが、そっとオンに耳打ちした。
「オン。向こうに、もう一人の方の……令嬢風の取り巻きを見つけた。こっちは任せるぞ。あっちから、絞れるだけの情報を取ってくる。後で合流しよう。」
アキはそう言い残すと、もう一つの姿――紅葉を纏う風になって、遠くへと吹き抜けて行った。
一方、アキが居なくなったことは気付かれることなく、ケイティとスパアクスはヒートアップしている。
「お前のような奴は、私が個人的に懸賞金を掛けて捕らえたいくらいだ。クズめ。」
「あー、もう。うるさいな。投獄されたくないし――、一発、撃っとこうか。――オンくん達、一緒に退こう。私にくっついて逃げる準備して。」
スパアクスは、息をすうううう……と大きく吸うと、両手をメガホンのように口の前に構え、詠唱した。
「[オロロロロロロチ]!!」
スパアクスの口から、長い大蛇の形を成した稲妻が、レーザービームの如く、ケイティに向かって放たれる。
ドドォン――!という大きな音ともに、ケイティは盾でその攻撃を受ける。ケイティは、爆発による煙で視界を奪われた。その間に、スパアクスとオン一行はその場から退避し、近くの建物の影に隠れる。
「チッ……。」
スパアクスを見失ったケイティは、舌打ちとともに引き返して行った。
「すごい威力だな……」
オンが感心したが、スパアクスはそれだけの威力の魔法を放っても平然としている。
「固有属性の――、吐属性の魔法だよ。」
「吐属性――?――良い、名前だね。僕も、蝕み……蝕属性を持ってる。」
「え?蝕み?ダサ」
「なんでだよ」
その会話に、フギリが口を挟んだ。
「オンくん。天使が、居なくなっているようだが……。先程の爆発ではぐれたのかもしれない。」
オンは、周りを見渡してから、答えた。
「あぁ、いや、フジィ……。いいんだ。おキョウさんは、ちょくちょく消えるんだよ。これは、あくまで推測だけど……僕らを導くために、必要なタイミングにだけ寄り添ってくれているんだと思う。」
そして、再度スパアクスへと向き直る。
「色々教えてくれてありがとう、スパ子さん。ここからは、僕らの目で、街を見回って見ることにするよ。あなたの活動……応援する、とは、正直言い難い――、けど……。どうか、無事で。」
スパアクスに別れを告げる。そして、オンとフギリは街の調査と、先に別れたアキとの合流のために、街の探索をはじめた。
街を歩き、勇者の活躍について聞いて回ってみる。聞けば聞くほど、スパアクスは、完全に異端者であることが分かった。領内の住人は、全面的に勇者に感謝、そして尊敬、敬愛しているようだった。
(支持率99.9%ってところか……。これは、なかなか……。)
その状況に、背筋が冷える。ただの、活躍による名声だけでは説明がつかない。本来であれば、それがどんなスターであっても、英雄であっても――、否、むしろ光が強ければ強いほど、それに対する影――、一定数の「敵」がいるのが当然のはずなのだ、と、オンはそう考えていた。
すなわち、そうなっていない、領内の住民の彼らは、何らかの「操作」を受けているのではないか、と――。
「スパアクス氏も言っていた通り、異常だな……これは……。」
王都の政治機構や街、その課題をよく知るフギリも、そう呟いた。そのとき。
「おい、そこの二人、待て。」
オンは、背中から、不意に、強い口調の声を掛けられた。
彼らの進む、道の先には、もう一つの物語が、待ち構えていたのだった――。
◇◇◇
「……!?」
オンとフギリは、声の方向へと振り向く。その先には、主人公――勇者ジークが立っていた。その姿は、特筆するような外見的特徴は無い、平凡な見た目ではあるが、経験に裏付けされた自信に満ち溢れていた。
「ジーク……!?あ、あいつらは……さっきの……」
たまたま近くにいたのか、どこからか現れたケイティが、ジークに駆け寄った。オンは、ぐっと唇を噛みしめる。
(偶然の対峙、2対2の構図か……。あまり、嬉しい状況ではない、かな――)
対峙するオンとジークの間に、ぐっ、とフギリが割って入る。
「我々に、何か御用でしょうか?」
(計り知れない敵、ともなれば……。偽の魔王としての役割、果たして見せましょう。)
フギリは、静かに覚悟を決めて、自らこそ主である、とでも言わんばかりの振る舞いを見せつけた。あえて、警戒感を出す形を演じて、相手の手の内を探るべく――。そんなフギリに対して、ジークは、笑いながら答えた。
「いやあ、言いたくないなら、ムリに答えなくてもいいさ。俺には全てお見通しだからな。――[数値の破改]!」
魔法の詠唱により、ジークの眼に、フギリのステータスの情報が映し出される。ジークは、それを読み上げるように、高らかに語る。
「なるほど。通称、フギリ――、研究者で、商人。マナ容量3500、マナ出力1800。得意属性は水と……なんだこれ、食べるに虫?読み方がわからん――。」
「つーか、モブっぽいのに、結構強いな――。ふんふん、なになに――。自らが、魔王として、王都で暗躍するための研究をしている、と。うわ、めっちゃ"敵"っていうか、"ボス"じゃん。こんなとこでウロウロすんなよ。"レア敵"か?」
いきなり情報を丸裸にされ、フギリの表情が歪み、汗が額に滲む。自分が相対している敵とは、ここまで強大なものなのか、と、拳を握り締めた――。そんなフギリに、オンが静かに囁く。
「"通称"って何?フジィって偽名使ってるの?」
「オンくん、なんでそんなに落ち着いていられるんだ――。」
「あれが、"ステータスオープン"って――、テンプレ通りの動きだからさ。――だけど、フジィのお陰で、あっちの手がひとつわかった。良い仕事をしてくれたよ、ありがとう。」
「なにをこそこそと話している!?」
オンとフギリの会話は、ケイティに一喝された。オンの囁きで、冷静さを取り戻したフギリは、フッと笑った。
「バレてしまっては仕方ありません。では、私の秘蔵の魔法具、お見せしましょう。」
芝居掛かった言葉とともに、フギリは、懐から、手のひらサイズの水晶を取り出した。金色の金属で装飾されたそれを、高く掲げた。
「取り出したるは、結界水晶。本来は……場を、自らのマナ特性に合わせて変質させるための道具ですが――。」
「魔王の力を用いれば、空間を蝕むことで、周囲を亜空間へと引きずり込むことが出来るのです。」
「勇者たるあなたと、領内の住民が一挙に襲ってきては、我々に勝ち目は無いのでね。」
「我々に、反逆の意思はありません。ですが、もしも勇者殿が我々を害するというならば――、これを使って、一騎打ちならぬニ騎打ちとさせて頂きます。」
半ば、脅しに近い交渉を仕掛けるフギリを見て、オンは素直に感心していた。
(うおお……。めっちゃ助かる……。亀の甲より年の功……!)
だが、ジークは全く意に介さなかった。
「聞けるわけないだろ、悪党ども。魔王一味、成敗してやるよ。」
フギリは、小さく溜息をつく。
「……仕方ない。ならば、発動します。[結界水晶]!」
周囲の空間が蝕まれ、歪んだ。まるで、世界の壁紙と床が一斉に塗り替えられたかのように、周囲の空間と景色が変わっていく。ぼやけて変質し、変形し――、くっきりと現れたのは、石造りのドーム、かつてのフギリの研究所を模した空間――。
オンが、ニヤリと笑い、フギリに目配せする。
「なるほど、ホームグラウンドって訳ね。」
「オンくんにとっては一勝、私に取っては一敗の場所ですが……今回の、御大将には相応しいかと。」
「誰がうまいことを言えと……。」
魔王vs勇者の、"イベントバトル"、開戦――。




