6話 フジィ
アキの運転によって、オン一行は、王都の西の外れ、石造りでドーム型の研究施設に辿り着いた。
オンが、門を開ける。ギィ……という音とともに、見覚えのある中を進んだ先に、かつての魔王、フギリが待っていた。
壁に点在する、蝕のマナフォージ石に照らされるように――、「あの時」と同じように、魔王は、そこに待ち構えていた。
「やはり、来ましたか……私の運命を導く者が。」
顔をオンの方へ向けたフギリは、何かに感づく。
「おや……?そのマナは……。」
「そうですか、あなたはもしや、あの時の黒龍の使い魔……。」
オンにとっては意外な反応に、思わず言葉がこぼれる。
「フギリさん……。まさか、覚えているのか……?」
(そうか、蝕みのマナと、異世界人サジとの接触……。)
(僕と同じ、世界に改められない条件が、フギリさんにも揃っていたんだ……。)
フギリは、様子を伺うように、しかし冷静に、返した。
「ええ、覚えていますとも……。あの時、あなた方によって、私の望みが潰えたこと。」
「今度は、私からの質問です。この、実に不可解な状況……。世界が、改められたかのように、施設がこのように直っている……。否、壊れる前に時空が巻き戻っていること。これは、貴方の仕業ですか?」
オンは、言葉を選びながら、話す。
「いや、これは僕のやったことじゃない……。むしろ、僕らは被害者だ。」
「世界を書き換える、強い力を持った存在によって、召喚術師ポタル・ギムズは、存在ごと抹消されてしまったんだ。それとともに、世界に様々な波及が起きている。あなたに起こったことも、そのひとつ。」
「だから、僕は、あなたにお願いしに来た。かつて、『正義の魔王』を掲げたあなたに。」
「その強大な存在……勇者ジークに立ち向かい、僕の姉……ポタル・ギムズを取り戻すために、僕らの味方になって欲しい。」
フギリが、一瞬、動揺の表情を見せる。しかし、すぐにそれを隠すと、冷静に、続けた。
「ふむ……。わざわざ、自分の足元を掬った相手を助けろ、と?それで私になんの利が……?」
「召喚屋様がいないのであれば、私を止める者はいない。改めて、魔王と為すことも、可能だと言うのに?」
オンは、一瞬だけ思考を巡らせてから、即答した。
「いや、それは……おそらく叶わない。」
オンは、自らの考えを説明した。
自らの英雄譚に保護され、守られる勇者ジークは、辺境を平定したなら、次の活躍の場を求めて、活動の範囲を広げるのが道理である。そのとき、王都に『影の魔王』などが存在していたら、それは、英雄譚の格好の的、すなわち敵となる。
仮に、勇者を下せたとして、世界に望まれないその形は、ポタルのように消去されるか、ダーウェイのように改変されて弱体化されるに違いない。あるいは、時間や空間に別の方法で干渉される可能性もある。いずれにせよ、物事が勇者の有利に運ぶのは、目に見えている。
例え、蝕属性のマナにより、ある程度は改変の力に立ち向かえたとする。しかしその場合も、天使キョウザメエルを味方に持たないままフギリが勇者と対立すれば、圧倒的に不利な戦いを強いられる可能性が高い。
「なるほど……よく、わかった。使い魔の君、名前は?」
オンの説明を聞き終わったフギリの言葉から、敬語が外れる。口調が少し、力強くなる。
「僕は……黒曜岩龍、オン・オワリ・ギムズ。」
「なるほど。では、オンくん。」
フギリは、キョウザメエルの方をちらりと見ると、オンに向かって、魔法を撃つ構えに入った。
「話を聞いていると、だ。私と君との差は、そこにいる、運命を司るのであろう――、天使が味方しているかどうか、その有無だけではないのかね。」
「蝕の力に導かれた我々二人には、どちらにも、望む世界を取り戻す権利がありそうではないか。」
「剣を交えて、君から天使を奪えば、だ。私にも、望む未来を切り拓く権利が生まれるのではないかね。」
その言葉を聞いて、キョウザメエルが呟く。
「良いですね。私のために……、是非、争ってください。」
「どちらに取って見ても、前作のラスボスが味方になるかもしれない……、定番の熱い展開。その中心に立っていると思うと、わくわくしますね。」
オンは、呆れながらも、戦闘態勢に入る。
「おキョウさん……。」
「でも、仕方がない。頑固なおじいちゃんを味方にするため……もう一度、僕が魔王を喰らう!」
魔王vs黒曜岩龍。第一ラウンドから大きく時間を空けて、第二ラウンドが、始まる――。
◇◇◇
「よろしい。では、先手は頂く……。」
フギリは、静かな発声とともに、右手を高く掲げる。
(蝕のマナは、お互いの強さがわからない以上、吸収される可能性がある……、ならば。)
フギリは、魔法の詠唱もないまま、右の掌に、水属性のマナを集め、解き放った。白く輝きを放つ、大きな氷の剣が三本、空中に形成された。
「全力で、貫く。」
右手を下ろすとともに、それがオンに向かって放たれる。
「[地の駆動]!」
(直線的な攻撃か、あるいは誘導弾か……。分からないけど、まずは逃げの一手……!)
滑る地面に乗り、射線を外れつつ、壁に向かって全力で後方へ退く。氷の剣は、緩やかに弾道を修整しながら、オンを追尾し宙を駆けていく。だが、オンよりもスピードで勝る氷の剣は、オンへの距離を詰める。
(迎撃が必要か……[蝕の……機関銃!])
貫かんと迫る氷の剣を、無数の弾丸で弾く。蝕のマナが放つ黒い淀みに、砕けた氷の粒が混じり、黒い砂煙のように舞い上がった。
「そこまで遠くへ退いて、どうする?自らの運命を掴むための戦いとしては、いささか消極的に過ぎる。なんとも興冷めではないかね?」
フギリは、オンを嘲笑してみせた。しかし、闇色の砂煙が晴れた時……オンは、そこにいなくなっていた。
「なに……!?」
フギリの顔に動揺が走る。
その瞬間。
ズオオオオオオ……!
ドームの壁に複数個、配置された、鈍く輝く蝕のマナフォージ石。それらが、ドームの天井に向かい、吸い寄せられて行く。フギリが周りを見渡すと、戦いを見守っていた天使は、大きく上を向いていた。
「真上……!?」
フギリもすぐさま上を向く。ドームの天井中心には、巨大な土の半球が形成されていた。その半球に向かって、蝕のマナフォージ石が吸い寄せられている。
全てのマナフォージ石が、その半球に吸収されようとした、そのとき。
彼らを取り巻くその空間は、ブラックアウトした――。
(ふう、上手く行った――。)
暗闇に飲み込まれる中、半球の中に潜んでいた黒曜岩龍……オンは、安堵していた。
この結果に至るまでのこと――。
オンは、砂煙が上がると同時に、使い魔の人間形態を「解除」し、黒曜岩龍の姿へと変身していた。
そして、砂煙を巻き込み動きを隠しながら天井中央まで飛び去り、天井中央に逆さまにしがみ付くと、身を包む[大地の球]を発動。
さらにそこから、壁に沿って、放射状に[地の駆動]を発動。壁のマナフォージ石を掬って、滑らせる形で自らの手元に吸い寄せたのだった。
オンが「一度喰らっている」エネルギーを、「もう一度喰らう」ことによって、世界に矛盾を引き起こす。世界は蝕まれ、この研究施設は、元の世界線に戻るはず。そして、それによってフギリへの勝利と、自らの力を再び示す――。オンは、そう目論み、そして、それを完遂させた。
(とはいえ……。)
オンは、ブラックアウトした世界の中、静かに考えていた。
(変身による緊急回避と高速移動はアキさんのコピーだし)
([地の駆動]による石の移動と、[大地の球]による守りはサジの再現)
(魔法や作戦が滞りなく上手くいったのは、ポタ姉やリトル・ウィンターの優れた血が僕の身体に流れている、という面もあるはずで――。)
(僕の核や燃料である蝕のマナは、他の誰でもない、フギリさんが開発したもの……。)
(そうか、僕の生命の全ては、先人達の礎の上に成り立っているんだ――。)
「あなたも、僕のおじいちゃんみたいなものか。もしも、僕の力になってくれるのなら……。親しみを込めて、フ爺とでも、呼ばせてもらおうかな。」
暗闇に閉ざされたその空間の中で、オンは、そう呟いた。
◇◇◇
世界の闇が晴れる。フギリの研究施設は、完全に崩壊し、瓦礫の山となっていた。
(本来の世界線の姿――。)
ドラゴンの姿のまま、天井に張り付いていたオンは、しがみつく天井を失う。逆さまに落下しながら、周りの風景を眺めていた。
「……落下ぁ!?ヤバいっ!」
オンは我に帰ると、慌てて翼を動かし、体勢を整える。瓦礫の山の中、着地出来る場所を探し、滑空する。
――その一方。
暗闇から視界が晴れたフギリは、オンとの距離を視認すると、次の動きへと切り替える。
(施設は壊され、ひとつの運命は絶たれた、が……。)
(ならば次の運命を引き寄せるまで。あの天使を、強奪すれば……。)
瓦礫の合間を縫って、水属性の魔法を放つ。自身の位置から、キョウザメエルへと繋がる氷の道が形成される。
自身の足にも氷の鎧を纏わせると、右足で大きく蹴り出す。氷の道に沿って、スピードスケートの如く、高速でフギリはキョウザメエルに迫った。
そして、フギリがキョウザメエルに届く、その直前。
「小さい秋、小さい秋、小さい秋、見ーつけた……♪」
口ずさむ、キョウザメエルの歌とともに、キョウザメエルの身体が宙にふわりと浮き上がり、フギリの手から、空へと逃げ去る。
「なに……!?」
フギリの驚きをよそに、キョウザメエルは、紅葉の嵐を纏いながら、宙を浮いていた。
紅葉の嵐は、軍服の形を形成し、その頭の部分に、紅色の帽子が現れる。
「天使様……自分で回避するとか、そういうのはないのか……?」
紅葉の精霊、千秋楽こと、アキは、少し呆れながら、キョウザメエルをお姫様抱っこで抱き抱えていた。
「表向きは、中立でないと。」
「人の子に、直接手を下すのは、"理性と調和"にそぐわないですからね。」
平然と語るキョウザメエル。
ちょうどそこに、黒曜岩龍が舞い降り、人間体へと変身する。
「ありがとう、アキさん。」
オンはアキに感謝を述べると、フギリに向き直す。
「じゃあ……親しみを込めて、フギリさん……フ爺と呼ばせてもらうけど……、改めて、僕の仲間になってくれますか?」
「弱肉強食、それから、正義の魔王。その、あなたの価値観のどちらにも、決して反しない状況だと思うけど、……どうだろう?」
フギリは、静かに笑った。
「これは、随分と苛烈な飴と鞭だ……。」
「いいでしょう。微力で、老いた身ながら……、オンくん、君の力となろう。」
「私に代わる、魔王として、望む運命を……引き寄せてくれたまえ。」
オンも、笑った。
「ずっと気になってたけど、フジィ、僕からすると台詞回しがカッコつけ過ぎだよね……。ふふ。」
「でも、勇者vs魔王か……。物語としては、すごく収まりが良さそうだ。」
「一緒に引き寄せよう、魔王の望む未来……家族の奪還を。」
キョウザメエルが、口を挟む。
「黒曜岩龍の魔王……」
「黒曜岩龍の魔王というのはどうでしょうか……?」
オンは、すぐに断る。
「やめて。さすがに、恥ずかしい。」
「あと、なんか口が窮屈。」
こうして、オン、アキ、フギリと、キョウザメエルは、瓦礫の山の中で、『魔王パーティ』と成ったのだった。




