4話 アキさん
「さぁ、始めようか。1本目……、だ。」
アキは、両手をぱん、と叩くと同時に、アキのマナが両方の拳に集中する。紅のオーラが、何かの形へと収束していく。
(……っ、しまった、強化魔法か!)
オンもすかさず反応する。頭をフル回転させ、一瞬で自らの手札を整理する。
(僕に打てる手は……。)
[火の弾]:火属性のエネルギー球、基本の魔法。
[地の盾]:地属性の盾で相手の攻撃を防ぐ
[地の駆動]:地面を、マナの力で高速で駆動させる
[大地の球]:地属性の大きな球を生成する
[地の強化]:地属性のマナにより、魔力と身体能力を強化する
(主人の得た、この魔法が僕の選べるカード……、この状況で、相手に追従するには……!)
「[地の強化]!」
アキに追い掛ける形で、オンも自らを強化する。
「ほう……では、この[紅葉の手]、受けてもらおう。」
アキの魔法は、既に、彼の両手を包む武器として、成していた。
[紅葉の手]。まるで、ボクシンググローブの如く、半透明の紅のオーラが、アキのそれぞれの拳を包み込んでいる。
「行くぞ。」
アキが、真っすぐ、オンに向かって走り込み、突っ込んでくる。
(まずは、受ける!それから、反撃の一手を……!)
「[地の盾]!」
オンの目の前に、地属性を纏った、土の盾が生成される。[地の強化]を載せた、[地の盾]。
(初手で出遅れたにしても、合格点、上々の反応……。)
そのオンの考えは、手応え、論拠に基づいており、少なくとも、慢心などでは無かったと言える。だが。
アキは、[地の盾]へと走りながらも、大きく、右腕を振り被る。そして、フッ、と全力を込めるための呼吸とともに、右の拳を盾に向かって振り抜いた。
バキッッ!ドス、ドスンッ……
「……、はぁ!?」
いとも簡単に、[地の盾]が破られる。情けなく、真っ二つに割れた盾は、そのまま地面に倒れ、音と共に横たわった。
空気が、ぴん、と張り詰める。
アキの声が、オンの耳に響いた。
「さて、1本目は終わりだ。ここから……積み上げろ。」
アキは、足を止めると、もう一度右腕を引き、オンへと、紅く輝く拳を食らわせた。
オンは、大きく、大きく、遠くへ、遠くへ。まるで球技のボールの如く、吹っ飛ばされた。
――ズザァァ……。
背中から落ち、地面を滑る。確かに、痛みこそ無かった――。だが、オンは、自らの不足を知るには、十分過ぎるほどの衝撃を受けることとなった。
ちょうど、仰向けに寝っ転がる形になったオンの眼には、青い空だけが映っていた。
「さて。」
そこへ、理性と調和の天使が、オンの上から顔を覗き込む。
「修行パート、ということで。」
「どうか、効率よく、頭を使って鍛錬して頂き、みなさんを退屈させないよう、お願いしますよ。」
オンは、ニヤリと笑って起き上がる。
「あぁ、善処するよ……!」
そして、オンは、アキの元へと駆け出した。
(やるべきことは、苦しむのでは無く、楽しみながらやらなくてはならない……。例えどんなに実力が足りなかったとしても……。僕だって、ギムズの名前を背負っているのだから。)
笑顔で駆け出すオンの背中を、天使は、微笑み、手を振りながら、見送っていた。
◇◇◇
「……。戻ってきたか。」
アキは、オンが帰ってきたのを確認してから、手合わせ開始の位置へと戻って行った。
「アキさん!質問!」
アキが位置につくと同時、『二本目』に行く前の隙をついて、オンは元気よく手を挙げた。
「さっきの打撃、明らかに、威力がおかしかったと思う!タネと仕掛けを聞きたい!」
アキは、静かに反応する。
「……そう簡単に、教えるとでも?」
「わからない!だけど、もうなりふり構ってる場合じゃないんだ。アキさん、さっきの一撃で目が覚めたよ。ここからは、少しでも可能性があるなら、取りに行く!」
ポタル・ギムズが宿ったかのような、オンの必死かつ全力な姿に、アキはフフッと笑った。
「……その貪欲さ、良し。」
アキは、魔法の相性について説明を始めた。
魔法の基本属性は、七つある。
まずは、闇と光。
この二つは、相反する存在で、互いが互いの弱点となっている。
それ以外には、火・水・雷・地・木。
これらは五すくみとなっており、火は水に弱く、水は雷に弱く――、と続く。と。
(なるほど……主人は、あくまでポタ姉のサポートに徹する戦い方だったから、弱点が明確になることはなかったけれど……。)
(主体で戦わなくてはいけない僕の場合、手段も身体も地属性の魔法に偏っているせいで、弱点が顕になってしまったんだ……。)
オンは、[地の盾]が割られたときのことを振り返る。しかし、アキの声で、その思考は遮断された。
「さて……、お気づきの通り、[紅葉の手]は、木属性の強化魔法だ。それを踏まえて、行くぞ。二本目。」
アキは、両手をぱちんと合わせて、鳴らした。
先程と同じように、アキの両手に紅葉型のボクシンググローブが形成される。
(ならば……!あっちの弱点の、[火の弾]!)
オンは左手で鉄砲を形づくると、炎のエネルギー弾を発射した。しかし、アキは、魔法を解くこともないまま、難なくそれを躱して見せた。
(魔法としての威力不足か……!)
準備が出来たアキが、再び走ってオンに迫る。
「二度同じ手は通せない……![地の駆動]!」
オンは、とにかくアキから距離を取り、『逃げ』に徹した。隙が無いか、あるいは、距離を取った時のアキの打ち手は何か、を探るべく、粘る選択をする。
「遠いか……[落葉]。」
距離を取られたアキは、攻撃手段を、遠距離用の魔法へとシフトした。マナで生成された数枚の紅葉の葉が、アキの周りを舞い、それらが誘導弾の如くオンに迫る。
「飛び道具の威力なら、まだなんとか……![地の盾]!」
[地の盾]が、アキの弾を弾く。
アキは、再度、接近戦を狙って、オンに駆け寄る。オンは、そこから距離を取るため、[地の駆動]で、逃げる。距離を取られれば、アキはまたも遠距離攻撃に切り替え、オンはそれを[地の盾]で弾く。
その攻防が、しばらく繰り返される。
(逃げることで、維持は出来ているけど、反撃の手段が足りない……。どうすれば……!)
そこで、ふと、オンに疑問が沸き起こった。
(待て……。逆、だ……。あっちは、なぜ、次の手を打ってこない……?)
(アキさんの目的は『育成』だ。だとしたら、なんのために、しつこく、木属性の攻撃で、地属性の弱点を狙い続けてくる……?)
(状況は膠着しているのに……?)
「……!」
オンの頭に、一つの答えが浮かび上がる。
全身に流れるマナが、呼応して、どくりと鳴る。
(「まずは、闇と光。」「火・水・雷・地・木」……そういうことか……!)
(だけど……自分に出来るのか……?いや、やるしかない!)
気づけば、日は落ち、既に辺りは闇に染まっていた。 空に浮かぶ半月には、薄く、雲が掛かっていた。
◇◇◇
「アドバイスするなら……だ。オン、物事は常に複眼で見るんだ。」
「高く見える壁も、横から見れば、意外と薄いかもしれない。」
アキのその言葉で、オンは自分の判断に確信を得た。
[地の駆動]で、アキからめいいっぱい距離を取る。
「アキさん、ありがとう。気付けたよ……!」
(そうだ、属性の相性の紹介で、闇属性を真っ先に紹介したのは、闇属性の変化型、「蝕」属性を使うことを示唆していたんだ。)
(それから、頑なに、木属性で攻めてきていたのは、地属性一本の僕の行動を抑制し、その示唆に気付かせるため。)
「勇者の英雄譚に、鍛えた蝕みの力で立ち向かう――、これは、そのための鍛錬だったんだ……!」
オンは、夜空に、高く右腕を掲げた。蝕のマナが、右手に宿り、黒く濁った光と共に、球を成す。
(あの時、魔王フギリが、ポタ姉の召喚獣を滅した黒い光の波動……一発で、真似出来るかどうかは分からないけど!……)
「貫け!……[蝕の加農砲!]」
オンが右腕を振り下ろすと同時に、アキに向かって光の大砲が放たれる。
ギュリギュリ……ドガァン――!
弾は、アキがいたはずの、その場所の後方の樹木に命中し、爆発した。
よし、撃てた!とオンが喜んだのも束の間。
アキは、居なくなっていた。
「「――秋風に、たなびく雲の、絶え間より――。」」
「「もれいずる、月の影のさやけさ――。」」
闇夜に、女性の声が響く。
「「月の如く輝く、若者。頑張る姿は、実に美しいね。」」
アキがいたはずの場所から、遥か上、月を背にした上空に――、全てを紅葉で紡がれた軍服が宙に浮いていた。まるで透明人間のような姿の、その頭の部分には、見覚えのある、アキの紅の帽子が被さっている。
オンは、その声の正体を知っていた。
「……リトル・ウィンター!?」
「「やぁ、いい月夜だね、オン。」」
「「紹介しておこうか。これは、アキの、使い魔としてのもう一つの姿、精霊・千秋楽。」」
「「ここからは、アキから、私に交代だよ。アキは、自分のことを伯父さんと言っていたから……。そうだね、さしづめ私からは、おばあちゃんのプレゼントだと思ってもらおうかな。」」
紅葉の精霊が、宙から、地上に舞い降りる。葉で出来た右袖をぐっと前に出して、オンへとアピールした。
「「私も、アキみたいに、ひとつ、なぞなぞを出しておくね。」」
「「オン、月は、とても綺麗だけど――。キミはね、月なんかじゃ、まだ足りないんだ。」」
「「さぁ、これが解ければ合格印だよ。……始めよう!」」
オンが、再度戦闘態勢に入り、身構えた。
ビュオン――!
(突風――!?)
オンが、そう勘違いするほどの速さで、アキが宙を舞い、迫る。
(やれやれ、年配の親戚って言うのは……。若者がいくらでも食べられると思っているんだから、全く……!)
力の差を見せられ続け、なお、オン・オワリ・ギムズはこの時間を楽しんでいた。




