3話 リトル・ウィンター
リトル・ウィンターの屋敷の入り口には、一人の少年が、腕組みをして立っていた。
王都の軍服に、紅い帽子。やや、さみしげにも見える、落ち着いた表情。
「キミは……。」
少年のような見た目と裏腹に、表情と同じように、落ち着いた声。
彼は、オンの方に、一瞬怪訝な目を向けると、それから、しばらく見つめていた。何かを見通そうとするかのように、じっと。
オンは、自分ではなく、「天使」を見ているのかもしれない、と、周りを見回してみた。
だが、キョウザメエルは、忽然と姿を消していた。
(物語を支える役、と言っていたもの、な。十分なヒントは一旦出し終えた、ってところか。)
再びオンが前を向く。紅の帽子の少年と、また、目が合う。
少年は、オンへと近づき、挨拶した。
「いや……これは、失礼。リトル・ウィンターの従者、アキ、だ。」
「リトル・ウィンターに用があるのだろう?案内しよう。さぁ、こちらへ。」
連れられるがままに、木造、平屋のその屋敷に足を踏み入れる。
なぜか、懐かしい匂い。軽く、小気味よく軋んで見せる廊下。
通り抜けた先の、広間で、賢者と対面する。
リトル・ウィンター。
白く長い髪、銀色の瞳、白と藍のローブ。
まるで人形のように、美しく、小さい彼女は、客人を待っていた。
しかし、賢者が発した言葉は、オンにとって、意外なものだった。
「あなたは……一体、何者?」
「確かに、あなたは、私の使い魔のよう……。あなたのマナが、そう示している。」
「だけど、私はあなたを知らない……。」
(ポタ姉が消えた影響が、ここにも……。)
オンには、当然、心当たりがあった。ポタルがいなければ、かの主人も、この世界に訪れることは無い。とすれば、リトル・ウィンターと出会うこともない。
そして、オンが生まれることもなかった。
しかし、オンはここにいる。
(パラドックス……か。どうする……。リトル・ウィンターにどう説明すれば、理解してもらえる……?)
「ああ……!そんな、深刻な顔をしないで。大丈夫、大丈夫だよ。」
「例え、覚えていなくても、あなたと私には、繋がりがある。私も、それは感じてる。」
オンを気遣い、リトル・ウィンターが慌ててフォローする。
「おそらく、鍵になるのは、あなたの、そのマナ……。歪んで、さらに、濁っている、闇属性の、それは……。」
「きっと、言葉よりも、直接受け止めた方がいいんだろうね。あなた、名前は?」
「オンです。オン・オワリ・ギムズ。」
「そう、では、オン。あなたのそのマナを、私へ。大丈夫、私は王都の賢者だから……。信じて、ここへ、撃ち出して。」
リトル・ウィンターは、両手を合わせて身体の前に突き出すと、受け止めるような形で両手を開いた。
妖精の、小さな手の、花が咲く。
彼女のマナによって、白い冷気が、手の周りで渦を巻きはじめた。
「わかりました、リトル・ウィンター。あなたを信じます。」
「[火の弾]を変形させて……[蝕の弾]!」
オンから放たれた、黒く濁った闇色の弾丸が、リトル・ウィンターに届いた。
その瞬間。
――ガシャン。
実際には、音は、無かった。
しかし、そんな音があった方が、むしろ自然だと思えるほど、突然に。
オンの視界は、ブラックアウトした。
◇◇◇
(ホワイトアウトの次は、ブラックアウトか……。今度は……、何が、起こる……?)
オンが、そう思った次の瞬間には、既に、闇は晴れていた。
目の前の、リトル・ウィンターは、目を開き、口を両手で押さえ、驚きの表情を見せている。
「そんな……歪んでいたのは――。」
「あなたのマナじゃなくて、私たちの方――。」
改めて、オンに向かい、語り掛ける。
「黒曜岩龍オン……、そうだ、キミは『彼』の使い魔、そして、思い出せたよ。」
「私たちは、観ていた……。『魔王』との戦いも、勇者の力によって消された『彼女』も。」
その言葉に、オンの方が驚かされる。
「そう……だったんですか?」
「うん。キミには、……しておこうか、種明かしをね。」
リトル・ウィンターは、すぅ、と息を吸うと、ふぅ、と吐き、そして、話し始めた。
「王都の賢者、リトル・ウィンター。使い魔の専門家。」
「私の従者ということになっている、ハル、ナツ、アキの……、正体は、私の使い魔。」
「彼らは、この屋敷を動けない私に代わって、私の代わりを王都の内外で務めてくれているの。」
「それから……、純粋な、私のマナだけで生まれた使い魔達とは、私は、感覚を共有したり、彼らの身体を自由に借りることも出来る。」
「「こんな風に」」
オンの後方に控えていたアキと、リトル・ウィンターの声が同時に発される。
「オン。あなたにも……。あなたは、純粋な私の使い魔ではないけれど、あなたの力が小さく、弱い間に限って、感覚共有の仕掛けをしていた。万が一のときには、私が、あなた達を守れるように。」
「だから、私は……あなたが、魔王を蝕み、喰らった、その瞬間までは、観ていた。」
「だけれど、もう、そのときに、仕掛けは、外れているよ。もう、キミは立派に育っている。そんなに過保護でいては、いけないからね。」
オンは、自分も気づいていない間に、自分が、守られていたことを知った。
「それは……、ありがとうございます。」
「いや、しかし、だとしたら――。ポタ姉……、召喚屋、ポタル・ギムズが消えた瞬間は、一体どのように見ていたんですか?」
リトル・ウィンターは、笑って答えた。
「それはね、競技場で、ハルに観させていたんだよ。」
「ハルを負かせた子だもの。相手が勇者だとしたって、絶対に、鮮やかな手で勝ってくれるに違いないって、楽しみにして、ね。」
リトル・ウィンターが、アキを手招きして、呼ぶ。アキは、スタスタとリトル・ウィンターの隣へと歩いて行く。
「さて、話も終わったところで……。オン。私自身は、王都を離れられないのだけれど……力を貸すことは、出来る。困ったことがあったら、是非、また私を頼ってくれて構わないよ。」
「それから、私の分身……アキを、キミに着いて行かせよう。彼は、移動手段も持っていて、運転も出来るし、先導役、偵察役としても優秀だ。きっと、キミの力になれる。」
「ありがとうございます。リトル・ウィンター、アキさん。よろしくお願いします。」
「よろしく。」
アキは、変わらず落ち着いた様子で、続けた。
「さて、オン。まずは、キミを、連れて行きたい場所がある……。着いてきてくれるか?」
アキの目の奥は、鋭く、光っていた。
◇◇◇
オンはアキに促されるまま、屋敷の裏に駐車していた乗用車、その助手席に乗車する。
オンが知る、『もう一つの世界』よりも、強い流線形の、青みがかった銀色のミニバン。
それは、アキとオンを乗せると、走り出した。
ただし、その行く先は、賑やかな、王都の中心方向には向かわなかった。その逆、屋敷から真っすぐ、王都を護る外壁に向かって、進んで行く。
森林をかき分け敷かれた、舗装された道路を進んで行く。
王都を護る外壁に差し掛かる。だが、車は、なおも真っすぐ進む。
「……?こんな方向に、いったい何が……?」
オンは、近くまで来て、ようやく気が付いた。外壁の下をくぐり抜ける、トンネルが設置されていることに。
トンネルに入り、車の周囲が暗くなった。
アキが、車を進めながら、オンの疑問に答える。
「さて、オン。この道、それから、この先は、王都の住民には『禁止区域』としている場所だ。どうか、部外秘ということで、よろしく頼むよ。」
トンネルを抜ける。
そこは、王都の外。森林の合間に、いくつかの競技場と、施設が広がっていた。
アキが車を停める。二人は車を降りる。
アキは、広がる施設のうち、ひとつの競技場に足を踏み入れると、オンを、自らと向かせ合い、立たせた。
アキは、さて、と一息ついて、語り出した。
「ここは、禁止区域、夢幻の森……。リトル・ウィンターの使い魔達のための訓練施設だ。」
「賢者の祝福によって、ここでは、使い魔は、痛みも感じないし、魔法によるマナ消費も無い。睡眠も、食事すらも必要としない。」
「その名前の通り、無限に鍛えることが出来る、夢幻のような施設さ。」
オンは、戦闘態勢を整えると、答えた。
「僕のために、訓練の場を整えて頂いた、ということですか……?」
アキは、少し笑顔を浮かべながら、構えの姿勢を取る。
「そうだ。オン。キミのことは、マナの繋がった、甥っ子のように大事に思っていてね。それから……、身内贔屓を抜きにしても、キミは、そのマナ容量も、マナ出力も、大変、素晴らしいものを持っている。」
「あぁ、だから、敬語も外してくれて構わないよ。」
アキは、少年のような外見にはおおよそ似つかわしくない、そんな言葉を並べ立てる。
「……と言う訳で、『勇者』なんてつまらない壁に阻まれ、傷付けられるくらいなら……。その前に、どうか伯父さんに稽古をつけさせてくれ、と。そういうことだ。」
「幸い、この場所が、我々に時間を与えてくれる。どうか、伯父さんが気持ち良く合格印を押せるような、そんな姿に育ってくれよ。」
「さぁ、始めようか。1本目……、だ。」
アキは、両手をぱん、と叩いて、開始の合図をして見せた。




