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なろうモノ嫌いの異世界記  作者: 不連続がと
なろうモノ嫌いの異世界記
3/28

2話 自分は救世主では、ない。

 目が覚める。


 彼は見知らぬ場所に突っ立っていた。ひんやりとした空気が肌を撫でている。


 眩しい光に包まれてタクシーを降りた、いや、吐き出された。


 彼は、なんともなしに前方を向く。目の前にはタクシーの運転手にそっくりの像が立っていた。身長は彼の169cmより少し高く──


(175cmくらいか。そういえば、タクシーの中では気にもしなかったが、確かに女神様は背が高かった気がするな。)

(さて、ここは神殿なのか? 目の前の像、運ばれた状況を考えれば、どうやら本当にあの女神様(仮)は、この世界の神だったらしい。)


 この状況。彼は腹を括らざるを得なかった。

 あの、夢か現実かはっきりしない状態から、目が覚めた場所。それが、彼が金曜日に眠った自宅の寝室でないのだから、導き出される答えはひとつしかない。


(それにしても、俺は何の目的もなく、本当に、異世界に放り込まれたわけで──さて、どうすればいいんだ。)


 時間にして、大した秒数ではなかった。

 だが、彼は思考をフルに回転させ、しかし着地点も見出せず、突っ立って、女神像をぼやっと視界の中に入れながら、今のこと、そしてこの先のことをぐるぐると考えはじめていた。


 そのとき、そんな静寂を破り、彼の背後から歓喜と驚きが混じった声が上がった。


「やったー! 成功したー!?」


挿絵(By みてみん)

 

「えっ!?」

 彼が驚きの声とともに振り向くと、そこにはひとりの女性がいた。

 ……そして、彼は改めて周りを見た。


(神殿じゃ……ないな、これは。どうも、普通の家。焦るあまり周囲が見えなくなっていたのか)


 女性の後ろには窓があり、光が差し込んでいた。

 現実世界であれば、”おしゃれな家”に分類されるであろう窓枠と壁、家具が彼らを取り囲んでいた。


(異世界ファンタジー風の、それっぽい建物──いや、完全に普通の家、か。)


 何やら喜んでいる女性の年の頃は、十代後半から二十代前半に見えた。

 栗毛の髪を耳の高さくらいのツインテールに結び、ぴょんぴょん揺らしている。茶色い目と、白いが健康的な肌。黙ってすましていたなら、美人と呼ばれる部類に違いない。

 だが、彼女のこのときの喜ぶ様は、完全に少年のそれで、その外見的な特徴を隠すようであった。

 服装は、異世界にしては妙にカジュアルで動きやすそうな、現代のパーカー風の上着──だが、模様や、装飾に、この世界らしいデザインが施されていた。


 彼女は目を輝かせながら、現実世界からやってきた彼を見つめていた。


「えっと……あなたは?」


 彼は、警戒しつつも失礼のないように問いかけると、彼女は胸を張って答える。


「わたしはポタル・ギムズ! 天才召喚術士にして、召喚屋ギムズの店主!あなたを召喚した、召喚術士です!」


 (天才召喚術士? 召喚屋?異世界転生ものによくある、勇者召喚とかじゃなくて、普通の商売みたいなノリなのか?)

「正直、よくわからないことばかりだが、自分も自己紹介するのが筋、ですか。では、失礼します。」

「俺の名前は尾張(オワリ) (サジ)。現代世界……と言ってもあなたに通じるのかはわからないが、今いる場所を基点にするなら、異世界に住んでいた34歳のサラリーマン……雇われ労働者、だ。妻一人、子一人。」


(毎日に不満が全く無いわけじゃないが、それなりに幸せに暮らしていた。)

(そして、それなりに平凡に暮らしていた。昨日の夜までは、確かに。)


 サジの服装は、上下にジャージ、彼が子どもと公園に行ったり、家族のちょっとした買い物に付き合ったりする時の、彼の標準装備である。

 長い髪を後ろで1つに結び、前髪は、目にかからないくらいの長さでまっすぐ切りそろえていた。

 「少し変わった外見的な特徴があれば、名前を覚える思考コストが少し減るだろ?」というのが、彼の、その外見的特徴に対する自己評価である。


「……それで、俺はキミに召喚されたってことでいいのか。」


 召喚。現実世界であれば、せいぜい裁判くらいでしか聞かない言葉だが、サジにも、異世界モノにおける召喚の位置付けくらいはわかっていた。


「召喚するからには、何かやってもらいたいこととか、目的とかがあるのか?魔王を倒してほしいとか、街を発展させてほしいとか。」


 口ではそう言いながらも、サジの思考は巡る。


(いや、魔王を倒せと言われても、正直出来る気はしないが。)


 自分に出来ることは、なんかあったか、と思考を紡ぐ。


(仕事で取り扱ってきた業務改善や、生産ラインの能率向上くらいか。)

(あとは趣味のテレビゲームと草野球は、まぁなんの役にも立たないだろう。何々をやれと言われるまで、このあたりのことは黙っておこう。)


  ポタルは少し得意げに笑うと、人指し指を立てて言った。


「たまたま!秘伝の書物を見つけたから、しーーっかり準備して、試してみたんだ!」


 …………。


「……………………えっ。」


 サジが凍り付く。


「それってつまり、目的は特になく、実験的に俺を召喚したってこと?」


(いやいや、実験ならせめてモルモットでやってくれ。)


(いやいやいや、それはそれでモルモットが可哀想か。)


(俺でいいや。俺は一匹モルモットを救ったってコトにしてください。)


 パニックになった結果、よくわからない着地でなんとか腹落ちさせ、口を開く。


「ごめん、ちょっと落ちついて、改めて、もう一回、聞きます。あなたがやりたかったことは、『異世界人召喚、試してみた』というイベントで、そして、それが成功したという理解で、よろしいですか。」


 ポタルは、よくわかってるね!と言わんばかりの笑顔で頷いた。


「うん!そうです!」


 (……そう来たか。……とりあえず、『成功したんだね、おめでとう』。とはいえ。)


 (異世界転生なんて、何かしらの大義があって召喚されるものじゃないのか?勇者として魔王を倒すとか、世界を救う使命があるとか。そんなこと頼まれたとしてもたぶん出来ないけども!)


(まさか『試したかったから』なんて理由で呼ばれるとは。っていうか呼べるんだ。天才というのはあながち嘘ではないのかもしれない。)


 しかし、サジは愕然としながらも、もうひとつ、希望を残していた。


 サジの異世界で果たすべき目的は、まだ見つかっていないが、もう一つ手がかりがある。

 サジの背後にある、女神像である。銅のような輝きを放つそれは、両手を広げ、何かを訴え掛けているようにも見えた。


「この……女神像は、君たちの神様なのか?」


「うん!女神ギム様は、わたしたちの一族が信仰する、女神様だよ!」


 ピンとくる。


 サジの目が開く。


 (お、何か取っ掛かりがありそうじゃないか。女神様、ギムって言うのか。)


「神様なら、何か教義とか、守らなければいけないものとか、重要なヒントがあるだろう。それを教えてもらえるかな?」


 ポタルは頷きながら、拳を胸に当てる。


「もちろん教えてあげる! 女神ギム様の教えは、たったひとつ。」


 (それで教えもきちんとあるのか、うんうん。ヒントの予感。)


 ポタルは、まるで儀式のように真剣な表情になりながら、深く息を吸い込んだ。


 そして──



「楽しんで──、」



 胸を叩きながらつぶやく。



「やるべきことを──、」



 拳を引く。



「やりなさいっ!」



 全力で拳を突き出し、元気よくグータッチを求めてきた。


 …………。


 ……………………。


 ………………………………。


 『楽しんで、やるべきことを、やりなさい。』


 …………………………………………。


 ……………………………………………………。


 ………………………………………………………………。


 そこに、ヒントは、なかった。


 あぁ、それは間違いなく真理だな、ともサジは感じたが。


(この教義は、簡単なコトのように聞こえるが、とんでもなく厳しく、重い教義だな。重い575だ。)

(575は、文字数じゃなくてton数と言えるかもしれない。)


 サジの両肩に重量物が載る。肩がぐっと重くなる。


(言わない。)


 それを跳ね除ける。


(まず俺は、「やるべきことを見つける」という、やるべきことをしないといけない訳だ。楽しんで。)


 サジは、大きく息を吸って、ゆっくりと、吐いた。サジの肩の力が抜けていく。


(──仕方ない、やれることから、やってみるしかない、な。)


 諦めとともに、サジもそっと拳を突き出した。コツン、と軽くぶつかる拳。


(まるで契約の儀式みたいだな。何を契約したのかは、まだ分からないけれども。)


 これが──尾張匙(オワリサジ)の異世界第一歩目である。





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