エピローグ
──目を覚ました瞬間、頬にひんやりとした感覚が広がっていた。
柔らかい布団の感触。見慣れた天井。静かな、いつもの朝。
彼は、無意識にスマホを手に取った。
時刻は、土曜日の朝5時──。
「……戻ってきたのか」
そう、異世界の熱と戦いの余韻をまだ感じていたのに、気がつけば、ここは自分の家だった。
まるで夢から醒めたように、しかし、記憶はあまりにも鮮明すぎる。
ゆっくりと布団を抜け出し、寝室を出る。
和室には、彼の家族──、妻と、まだ小さい息子が静かに寝息を立てていた。
──まずは、良かった。
率直に、安心する。でも、どこか別の感情も胸に広がる。
──本当に、帰ってきたんだな。
異世界での戦いの痕跡は、どこにもない。
魔法も、もう使えない。
でも、彼が過ごしたあの日々は、確かにあった。
そう思いながら、彼は隣の部屋に向かう。
デスクの上には、いつものPC。
電源を入れ、デスクトップが表示されると──
見慣れないtextファイルが、一つだけそこにあった。
……
クリックして開く。
そこに記されていたのは──
彼が過ごした、異世界での物語。
召喚屋のポタル、黒曜岩龍オン、<<薔薇と月>>、ハピサキの面々、カーロウ、リトル・ウィンター達、フギリ。
彼が出会い、戦い、笑い、そして最後に消えたあの世界が、
まるで”彼自身”が記したかのように綴られていた。
「……マジかよ」
言葉が漏れる。
女神ギムの言葉を思い出す。
──あなたのPCに、あなた自身の感受性と能力で記した“なろう小説”として、今回の冒険譚を記録してあります
「はぁ……」
(まさか、本当にこんな形で残っているとは。)
PCのブラウザを開き、検索バーに打ち込んだ。
「小説家になろう」公式サイトが表示される。
会員登録を済ませ、アップロードの方法を確認する。
プロローグをアップロード。
章の設定。
投稿の流れ。
「……誰かに、届くかな」
独り言のように呟く。
──いや、そんなことは関係ないのかもしれない。
『楽しんで、やるべきことを、やりなさいっ!』
今度は、あのポタルの元気な声が、頭の中で蘇った。
ここから先は、彼の人生。誰に読んでもらえる物語でもない。
だが。
──物語は、終わらない。
なろうモノ嫌いの異世界記 <完>
最後までお読み頂き、ありがとうございました!
サイドストーリーは、本編で省略した、大会編へと続きます!




