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なろうモノ嫌いの異世界記  作者: 不連続がと
なろうモノ嫌いの異世界記

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16/28

15話 それしかないなら仕方ない。

 ──タクシーの揺れが心地いいな。


 彼は、座席に深く腰を沈め、ぼんやりと窓の外を眺めている。


 車は静かに進んでいた。知らない道だが、見覚えのある景色。来たときと、同じ景色。


 窓から、朝方の草原が見えている。


 そして、運転席に座るのは──


「お客さん、どこまでいきますか?」


 ルームミラー越しに、女神のような風貌の運転手が笑っているのが見える。


「……白々しいですよ。女神様。」


(前に直接見たのはいつだったか思い出せないが、召喚屋ギムズにはあんたの像があったからな。こっちはちょいちょいあんたの姿を見てたんだよ。)


 異世界に飛ばされる前、彼を乗せたタクシー。そして、異世界から戻る今、彼を乗せるタクシー。

 この運転手の正体。──女神ギム。


「ええ、おつかれさまでした。」


 運転手──いや、女神ギムは、笑みを崩さずにハンドルを握り続ける。


「さて、あなたの冒険も終わりました。存分に楽しめましたか?」


「……まあ、ね。」


 振り返ってみれば、色々あった。あり過ぎた。


 ポタル、オン、<<薔薇と月>>、ハピサキの人たち、カーロウ、リトル・ウィンターたち、フギリ。

 戦って、逃げて、悩んで、笑って、最後には魔法すら使えなくなって──。


(それでも、楽しかった、とは、胸を張れるかな。)


 彼は、窓の外を見た。


 景色がキラキラと輝いている。

 今回も、海か川かはわからないままだが、道は水辺に差し掛かったようだ、と感じる。

 世界が、平面から、奥行きが広がっていく。世界が捨てていた”情報”が、戻って来る。


「ああ、そうだ。女神様。忘れていました。」


「それで、ご褒美は?」


 彼は、助手席の背もたれに肘をついて女神に尋ねた。


 神に対する態度としては幾分強気だが、彼に降り掛かったことを考えれば、これくらいは許されるだろう、と踏んでいた。


「ほら、行く前にもちゃんと約束してたし、異世界モノには付き物ですよね?女神ギム様なら、結構なモノが出せるんじゃないですか?」


「ふふ、貪欲ですね。ですが、安心してください」


 女神ギムは、フロントミラー越しにサジを見て、言った。


「あなたのPCに、あなた自身の感受性と能力で記した“なろう小説”として、今回の冒険譚を記録してあります」


 彼は、しばらく沈黙した後。


「……は?」


 一瞬。否、そう呼ぶにはやや長い時間、彼の頭は追いつかなかった。


「いや、どういうことですか?」


「つまり、あなたは、夜中に一晩で、これまでの異世界での出来事を、PCのテキストファイルに打ち込んだということになっています」


(おいおい……俺、そんなことした覚えはないが……?)


「因果律の整合性を取るための措置です。書いた記憶はないでしょうが、冒険の記憶はあるでしょう?」


 女神ギムは涼しい顔で言う。


「あなたが異世界で経験したことは、"創作"として記録されました。異世界での記憶を失わないよう、かつ、2つの世界の理にも適合する形で」


「……。」


(なんじゃそりゃ……。)


(思っていたのとはちょっと違った、な。家族が病気にかからない、とかなら、素直に、全身全霊で喜べたのに。)


 当てが外れたので、なんとなく、外を見る。景色は移り変わって、ぼんやりとした、朝方の街になっている。


 世界に、人の営みが、感情が、時間が、戻って来る。世界は、2次元から、3次元に、巻き戻る。

 相変わらず、「中」に居る彼には、わからないままだが。


「まあいいや……じゃあ、その“なろう小説”とやらを、俺はどうすればいいんでしょうね?」


「それは……、もちろん、投稿するといいでしょう」


「……は?」


「あなたの世界には、『小説家になろう』という便利な場所があるでしょう?」


「いやいや、待て待て待て、ちょっと待ってください。」


 思わず身を乗り出す。


「俺、そこに投稿したことないですよ。」


「全然知らないし、半分想像ですけど。ああいうのって、いくつも作品を書いて、固定のファンがついて、腕を磨いて、みんなで成長して、みたいな感じなんじゃないんですか?」


「ええ、きっとそうでしょうね」


「それに、もし投稿してみても、あなたの文章力と感受性ですから、広大なネットの海に埋もれて終わりかもしれません」


「ひどい」


「ですが、それでいいのです。」


 女神ギムは、微笑みながらブレーキを踏む。


「女神ギムの教義────覚えていますね?」


 その言葉を最後に、タクシーは静かに停車した。


「お代を払っていないですが、いいんですか?」


 彼はギムに聞く。ほんの少しだけ、おちょくるつもりで。


「……律儀ですね。」


 ギムは、少し驚いた顔を見せる。初めてこんな顔をさせられたかもしれない。


(ここまでかかって、ようやく出来た反撃の手応えが、たったこれだけか。嗚呼、神様ってのは、本当に、大したもんだ)


「いいんですよ。私はね、楽しく見せて…読ませて頂きましたから、それで。」


「最後の最後で、人たらしみたいなことを言うんですね。」


 感謝か、皮肉か、どちらとも取れるような言葉が彼の口から漏れると同時に、ガチャっと音がした。


 タクシーの扉が開く。光に包まれる。


 タクシーの、扉の先に、吸い込まれる感覚。


 高速で、どこかに流れ落ちていくような、感覚。


 彼の意識は、そこで途切れる。


 ◇◇◇


 そして、しばらくして、また意識が戻り、彼の目が、開いた。


 本来の、彼の家、彼の部屋で。

 ベッドで、仰向けになった状態で。


 ───そして、彼は、昨日金曜日に寝たはずだったベッドに、「久しぶりに」戻ってきた。



 時間は、土曜日の朝5時になっていた。

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