13話 やれるかどうかはわからない。
ギュンッ──!
眼前を横切る鋭い風圧。
「くっ……!」
サジは反射的に地面に伏せ、目の前を駆け抜ける影を目で追った。
フギリが、空を飛んでいる。否──飛んでいるというよりは、跳ね回っていると言った方が正しい。
ドームの壁に埋め込まれた十二個の偽マナフォージ石。それらが黒く脈動し、フギリの体へと12本のマナの線を伸ばしている。
その線がまるでワイヤーアクションのように空間を繋ぎ、フギリはそれを利用して超高速で移動していた。
一瞬で壁から壁へ、天井から床へ。
視界に捉えたかと思えば、次の瞬間には背後に回り込まれている。
(……やばい、これはマジで手に負えない。)
(超高速でジジイが飛び回るのはシュールだな、とか。)
(俺だったらあんなにGが掛かったら吐きそう、とか。)
(お、それじゃああいつはGジジイだな、とか。)
「余計な事を考えている余裕はないな。」
「ふふ……驚きましたか?」
フギリは余裕の表情を浮かべながら、宙を滑るように移動している。
「マナフォージ石が織り成す"蝕属性"の恩恵……これこそが、私が"魔王"として君臨するための力なのです」
フギリの体に繋がるマナの線は、彼が動くたびにしなやかに伸び縮みし、次々と彼を高速移動させる。
「ふふふ……この速度についてこられますか?」
──いや、ついていけるわけがないだろ。
サジの目が追いつくギリギリの速度で、仮に追えたとしても、攻撃が当たるとは思えなかった。
「……なぁ、ポタル」
サジは隣にいる"天才"に呼びかけた。
「これ……どうする?」
「んー……確かに速いねぇ」
ポタルは目を細め、フギリの動きをじっと見つめる。
「でもねぇ、速さなら……私だって特訓してたんだから、負けてないよ♪」
ポタルの体が淡く発光する。
「[サモン-フェザーウィング]」
ポタルの背中から、今までにも何度か見た、半透明な光の羽が展開された。
「……!」
羽ばたきとともに、ポタルの体がふわりと宙に浮く。
「よーし、こっちも本気で遊んでみようかぁ♪」
「[サモンドビースト-マルチプル・サテライトクン]!」
ポタルの回りに、球体の機械のような召喚獣が、こちらは8機展開される。
次の瞬間、ポタルの体が弾けるように飛び──フギリと同じ速度域で空間を駆けた。
「なっ──!」
サジの目がギリギリ追いつかなくなった。
と本人は思っているが、僅差でなく、追いつかなくなっている。
本体と魔法が高速で打ち合い、光の軌跡が交差し、空中で何度も衝突音が響く。まるで戦闘機同士の空中戦。
マルチプルサテライトクン8機は、防御壁を展開したり、レーザー砲を放ったり、ポタルを回復したり。せわしなく動いている。
「やばい、俺、完全に置いてかれてる……!」
「……オン。」
(そうだ、オンがいるじゃん。)
フギリの蝕属性のマナ吸収能力がある以上、同じく蝕属性を持つオンをむき出しで戦わせるのは危険だと、サジは気付いた。
サジは[大地の球]を展開し、オンを包み込むと、[地の駆動]を発動。
「控えててくれ!」
丸い土の球が、壁の偽マナフォージ石の間を滑るように走り抜け、オンを天井付近へと逃がす。
これで、吸収される心配はない。
(……あっ──そうか、壁の石だ。)
フギリの速度の源は、十二個の偽マナフォージ石。それが彼にマナを供給し、さらにマナの線で彼を高速移動させている。
(なら、あれを壊せば……!)
サジはすぐさま[大地の球]を発動。
「[地の駆動]!」
球を壁のマナフォージ石へ向けて発射する。
しかし──
ゴンッ!
──傷一つつかねぇ!?
マナフォージ石には微塵のダメージも入っていない。
そのとき、サジの脳裏にゴーレム戦の記憶がよみがえった。
本体が固くて壊せないなら、周りを動かせば…!
宙で激しい戦闘を繰り広げながら、ポタルもサジの意図を察する。
「固くて壊せないなら……"繋がり"を切っちゃえば、ね?」
フギリとマナフォージ石を繋ぐマナの線は、常に彼の体に流れ込んでいる。
「つまり、それを断ち切れば……!」
サジはすぐさま、[地の駆動]を利用し、壁のマナフォージ石の周囲の壁を剥がしにかかる。
[地の駆動]を壁の石に向けて走らせる。石の周りを数字の9のように駆動させ、石を壁の繋がりを、壁側から、断つ……!」
ゴゴゴ……ッ!!
石そのものは壊せないが、周囲の壁が崩れれば接続が乱れるはずだ。
コンセントが抜けた、電化製品のように。
ガンッ!ゴトンッ!
壁の石が、1つ落ちる。
今まで、ポタルの方しか見ていなかったフギリが、ほんの少しサジへと注意を向けた。
「……なるほど、そういうことですか」
フギリの顔が笑う。
「あなたの方は、取るに足らないと思っていましたが……なかなかどうして、機転が効きますね。たいしたものだ。」
フギリはゆっくりと息を吸い込むと、ワイヤーのように繋がるオーラを使い、自ら壁に残る11個の黒いマナフォージ石を全て取り出し、引き寄せた。
「……私も、本気を出さねばなりませんね」
彼は、その黒い石と、床に落ちた石、合わせて12個を全て吸収する。
──ズズズ……ッ!!
12個のマナフォージ石がフギリの体にめり込み、全身から黒い雷のような光が弾ける。まるで空間そのものが歪むような異質な魔力。そして──。
「……っ、これは……!」
ポタルが珍しく、焦ったような声を漏らす。
フギリは自らを触媒かつ呼び主とした使い魔となり、偽マナフォージ石の力を暴走させた。
禍々しい黒鉄の鎧に身を包み、その背からは六枚の漆黒の羽が生えている。
鎧の魔王が生まれた。
(デカいな。3mくらいあるか。魔王というよりは、”暗黒騎士”というような見た目だが…。)
「……ポタル?」
サジは、隣の"天才"の表情を見た。
(……まずい。)
ポタルが、今までに見たことのない、わずかにだが、苦い顔をしている。
つまり──今までのフギリとは、次元が違う相手になったということだ。
「……"魔王"の誕生です」
フギリの声が響く。その瞬間、研究所全体が震えた。
「……これ、どうする?」
サジは、ポタルを見た。
ポタルは数秒の沈黙のあと──ニヤリと笑った。
「……ぶっちゃけ、あっちが格上かもね。」
「でも、逃げられないなら、やるしかない」
サジとポタルは構えを取る。
──魔王第二形態戦、開始。




