12話 本音とは、限らない。
偽マナフォージ石の情報を集めながら、サジとポタルとオンは日常の仕事をこなしつつ、たまに王都でも活動する、そんな生活を続けていた。
王都でクエストをこなしたり、ギムズ召喚屋の業務を捌いたり。
サジは自分の魔法の鍛錬を続け、ポタルは相変わらず召喚魔術の研究と実験に勤しんでいた。
オンもすっかり俺たちの生活に馴染み、俺の肩に乗ったり、店の裏庭で小さな火花を吹いて遊んだりしている。
そんな折、王都で開催される召喚魔法大会の話を耳にした。
召喚獣を1体1で戦わせるトーナメント制の大会らしい。
「ポタルは出場しないのか?」
「やだ」
「面倒くさいし、目立ったって良いことないよ。今だって、別にお仕事には困ってないしね。」
「そうか?残念だなぁ。」
「お?」
「せっかくの召喚の天才なんだから、俺としては見てみたかったなぁ。」
「ほほう」
「仕事半分って言ってたけど、最高の観光の思い出に、なると思うんだよなぁ。」
「そうかそうか、なるほどなるほど。そういうことなら♪、いいかもねぇ。」
「そうそう、この大会、王都公認で賭けの対象にもなってるんだよね。」
「サジの衣食住は全部面倒見てたし、一人で買い物もしないだろうから、給料を渡してなかったけど」
「帳簿にはしっかりつけてあるから、今回、わたしに乗っておけば美味しい思いが出来るかもね♪」
ポタルを乗せることに成功した。
そして、なんやかんやあって、大会にエントリーさせることにも成功した。
──試合の様子は、ここでは語らない。
登場人物が爆発的に増え、話の主題がなんだかわからなくなるからである。
語ることの出来る別の機会に、触れることとしよう──
とにかく、そんなイベントもありつつ、サジたちは引き続き情報を集めていた。
だが、肝心の偽マナフォージ石の正体に関する手がかりは得られないまま、時間だけが過ぎていった。
そんなある日のことだった。
召喚屋ギムズに、一人の男が訪ねてきた。
「はじめまして、召喚屋ギムズ様。」
店に現れたのは、銀縁の眼鏡をかけた白髪の男だった。
整った服装に洗練された動作。
(うちの会社なら、人事か財務のベテラン社員に、こういう人物がいそうだ)
サジから見た第一印象である。
「商人フギリ、と申します。今日は特別な品をご紹介しに参りました」
「……フギリさん」
ポタルが少し表情を曇らせる。──何かを感じ取ったようだ。
フギリは懐から、漆黒の石を取り出した。
「これは最新の技術で作られた、高性能のマナフォージ石です。しかも、従来のものよりも格段にお安く提供できますよ」
──来た。
サジとポタルの警戒度が、一気に引き上がる。
安価なマナフォージ石。どこかで聞いた話だ。
カーロウが大ピンチに陥った元凶。ハルに調べてもらった、マナを盗む存在。
そして、オンの核。
「……それ、安価な代わりにマナを吸い上げるモノ、ですよね」
ポタルが率直に言うと、フギリは少し目を細め、笑った。
「そこまでご存じでしたか」
そう言うと、彼は懐から一通の地図を取り出した。
「では、お二人にぜひ見てもらいましょう。私の研究所へ──」
サジとポタルは警戒しつつも、オンも連れて、フギリの案内で王都の西の外れにある研究施設へ向かった。
◇◇◇
フギリの研究所は、岩を削って作られたような石造りの建物だった。
だが、その中心にある大広間へと足を踏み入れた瞬間、サジたちは異様な光景を目にする。
ドーム状の壁には、時計回りに並べられた十二個の偽マナフォージ石。
まるで祭壇のように配置されたそれらは、低く脈動しながら黒い光を放っていた。
「どうです、素晴らしいでしょう?」
フギリは両手を広げ、まるで芸術作品を紹介するかのように言った。
「この石が帯びる属性は、”蝕”属性。他の属性のマナを少しずつ吸収しながら、マナを持つ強者の元へ送り込む特性があるのです。」
「他のマナの属性を染め、同じ蝕属性のマナは食い合い、強者をより強くする性質を持ちながら、その容量も無限に広げていく、”弱肉強食”を体現した、まさに夢のようなマナの属性です。」
「普通、特殊な属性は、天性の才能に恵まれた者にしか与えられないものですが、私は長年の研究で、これを自らの物としたのです」
フギリの演説がひと休みするのを見て、
「ハルさんは、偽の闇属性と呼んでいた…」
ポタルが答える。
「この石の力を使えば、マナフォージ石を求める人々の生活を豊かにしながら、同時に──王都全体のマナを集め、"あるべき者"に供給することができるのです」
「……フギリさん、それってつまり、偽のマナフォージ石を手に入れてしまった住民から少しずつ勝手にマナを吸い上げてるってことか?」
サジの質問に、フギリは悪びれることもなく頷く。
「ええ、その通り」
「ですが、考えてみてください。ほんの少しずつマナを分け合うことで、皆が恩恵を受けられるのです。」
「王都の人々は便利な”蝕属性”のマナフォージ石を安価で手に入れる」
「私は集めたマナを使い、王都を裏から支える"魔王"として、必要な人々に力を分け与える……」
(魔王なのか。)
サジの脳内の鍵穴に、ずっと探していた鍵がすっとはまる。
(あんたが魔王なのか。)
なんとなく、サジは旅の終わりを感じた。
(たぶん、魔王=ラスボスだろ。だが、魔王って、自分から迎えにくるものなのか。ラスダンの奥で待っているものじゃないのか。)
(あと、白髪でオールバックの知的なおじさんが魔王っていうのはどうなんだ。そういう作品もあったっけ。)
思考は巡る。
(もっと言うと、魔王になるのを未然に防いだら、それは魔王を倒したことにはならないんじゃないか?)
「ええ。王都の陰の支配者として、民のために動く"正義の魔王"ですよ」
余計なことばかり考えて、サジの意識が飛んでいた。
フギリの言葉で引き戻る。
フギリは誇らしげに微笑んでいる。
サジは考えた。
──言ってることは、わからないわけでもない。
確かに、少量ずつなら大きな問題にはならないかもしれないし、実際に多くの住民が恩恵を受ける可能性もある。
だが、だからと言って「不良品を売って他人の資源を勝手に吸い上げる」のが許されるわけじゃない。
なんていうか、やっていることは、ある日突然金利をマイナスにしてみんなの貯金を吸い上げる超悪い銀行、みたいな、感じがする。
関係者の人にはごめんなさい。
偽マナフォージ石を使っているんですね、
ではマナを徴収しまーす。
えー、そんなの口座をつくるときに聞いてないよー。
みたいな。
サジはフギリを見据えながら、ふざけた思考実験とは裏腹に、静かに言った。
「その行動が正しいかどうか、俺には判断をつける権限はない。」
「えー、わたしは悪いと思うけど」
ポタルに遮られながら続ける。
「こんなところに連れてきてもらって、細かく説明してもらって悪いが、」
「一介の召喚屋としてやるべきことは、王都の、然るべきところに、この偽のマナフォージ石の調査結果を報告することだと思う。」
「うんうん、そうしよう!悪いけど、わたしたちは王都に報告させてもらうよ」
ポタルも同意する。
フギリの目が、すっと細くなる。
「……なるほど。そうですか」
彼の笑みが、ゆっくりと歪んでいく。
「召喚屋ギムズ様……残念です。お二人には、この場で"口を閉ざして"いただきます」
ドームの壁に埋め込まれた十二個の偽マナフォージ石が、一斉に鈍い光を放つ。
「マナが、フギリさんに集まっていく──」
ゴゴゴ……!!
空気が揺れる。空間がマナで満ちる。
一人前に満たないサジのマナ容量でも、はっきりと、その感覚がした。
「……さて、存分に"抵抗"してください」
フギリはいつの間にか、ドームの中心に立っている。
ドームに散らばる12個の蝕属性のマナフォージ石が、フギリにマナを送っている。
「お二人の力、拝見させていただきますよ」
その瞬間、研究所が戦場へと変わった。
余裕があるわけではないが、高鳴る鼓動の中
──ここでBGMが流れるなら、最高に盛り上がる場面なんだけどな。
────クラシックよりも、ロックか、Jポップが合いそうだ。
得てして、サジのような小心者な人物は、平常時の繊細さとは裏腹に、修羅場、真のピンチのときにはアドレナリンが放出されて、意外にも「燃える」ときがある。
─────俺のこの瞬間のために、どこかの誰かが、曲を作ってくれたら最高だな。
─────魔王戦、開始。




