11話 頼ってみてもいいじゃない。
偽マナフォージ石の正体は、結局未だにわからない。
カーロウの件が片付いて数日後、ポタルは石を眺めながら唸っていた。
「……んー、やっぱりわかんないなぁ」
魔法的な構造も、使えそうな用途も特に通常品と変わらない。
素材や加工方法を調べても、既存のマナフォージ石とは異なる特徴が見つけられない。
「情報が足りないねぇ……」
「ならば、足りない情報は集めるしかないな。」
そこでポタルとサジは、王都のクエスト掲示板に、依頼を出すことにした。
① 偽マナフォージ石の情報求む
② 地球の日本から来た異世界転移者です。同じような境遇の先輩がいたら助けてください。
「……ん?」
ポタルが眉をひそめる。
「サジ、②は何?」
「ああ、文字数が余ってたから適当に書いた」
「適当に!?」
「ここで言う適当は、適切に、当たる、の方で、テキトーじゃないぞ。だって、せっかくだし。」
「情報が手に入るかもしれないし、ワンチャン転生者の先輩がいたら、アドバイスもらえるかもしれないだろ?」
ポタルは感心かあきれかわからない顔をしながらも、「まぁ、ノーリスクだしね」と特に反対することもなかった。
◇◇◇
そして数日後──
サジたちの依頼に応じた者が、召喚屋ギムズを訪れた。
「賢者リトル・ウィンターが、あなたたちを屋敷へ招待したいとのこと、であります!」
店先に現れたのは、軍服姿の少年だった。
「小職はハル。賢者リトル・ウィンターの従者であります!」
帽子は鮮やかな桜色、顔立ちは中性的で幼さが残る。
だが、その瞳は年齢にそぐわぬ威厳を感じさせる。
「リトル・ウィンター……?」
ポタルが少し驚いたように呟いた。
「王都で労働用の使い魔を提供している賢者、なのであります!」
「……使い魔?」
また、俺の知らない言葉が出てきたな、とメモ帳を取り出すサジ。
ポタルが頷く。
「リトル・ウィンター……聞いたことはあるよ。けど、滅多に外部の人間とは関わらないはずだけど?」
使い魔についてもポタルが説明する。
召喚獣は、マナをその場で編み上げ、短時間だけ顕現する幻獣のようなもの。
使い魔は、マナフォージ石を依り代に、半永久的に存在する魔法生命体。
「リトル・ウィンターは、王都で労働力として使い魔を供給してるんだ。マナフォージ石の専門家だから、もしかするとこの石について何か知ってるかもしれないね。」
こうして、サジたちはハルに案内され、王都の裏手にある屋敷へと向かった。
◇◇◇
リトル・ウィンターの屋敷は、そこそこ大きな家だったが、いわゆる貴族の館のような豪華さはなかった。
むしろ、どこか温かみがあって、サジは妙に懐かしさを感じた。
平屋、純和風。木造の玄関に引き戸、軒の深い屋根。家の内部には手すりが至るところに設置されていた。
──懐かしい。
この世界では見かけない、日本の昔の家屋のような雰囲気。
サジはふと、子供の頃に遊びに行った祖父母の家を思い出した。
「こちらへどうぞ、であります!」
ハルに案内され、広間へ進む。
そこにいたのは、30cmほどの小さな妖精。
雪のように白い髪、透き通る銀色の瞳。白と藍の細やかな刺繍が施されたローブをまとい、静かにこちらを見ていた。
『────ふたつめ、だよ──────』
冬の風のような、冷たくも穏やかな声がサジの脳内に響く。
んっ?と思い横のポタルを見るが、特に反応はしていない。
(テレパシー、か?ふたつめ?どういう意味だ?前に同じような偽物の石があったのか?)
サジはそう思考してみたが、彼にテレパシーの送信機能がないからか、あるいはリトル・ウィンターに回答する気がないからか、リトル・ウィンターはそれ以上の説明をしなかった。
「では、解析を始めます、であります」
ハルが首元の飾りを軽く叩く。
すると、彼の身体がふわりと揺らぎ──二つの影が分かれた。
ハルにそっくりな二体の分身。片方は青い帽子と褐色の肌、片方は紅葉色の帽子とどことなくさみしげな表情。
(あれがハルなら、こっちはナツとアキってところか。こっちの世界に四季があるのかどうかは知らないけど。)
「「「[こふゆ式・解析]!」」」
黒いマナフォージ石が脈打ち、空間に黒と灰の霧が渦を巻く。
「……」
ナツが息を呑み、アキが眉をひそめる。
ハルが慎重に言葉を紡いだ。
「この石は、周囲のマナを"偽の闇属性"に変質させ、"同じ属性を持つ強者"へと送る機能を持っている、であります」
「つまり?」
「少しずつ、使った人のマナが吸われ、そのエネルギーはどこかへ送られている、ということ、であります」
「ただし、特に人にダメージを与えるであるとか、それ以上の害は及ぼさないようであります。ただ、少しずつ、中に込めたマナが減り、後は、吸収量を下回るような弱い魔法が放てなくなるだけであります。」
ポタルが口笛を吹いた。
「なるほどねぇ」
サジは、黒い石を見つめながら、得体の知れない不気味さを覚えた。
(カーロウがすぐに異変に気づいて使うのをやめたのは、不幸中の幸いだったかもしれない。)
そして──
「サジ」
リトル・ウィンターが、サジの名前を呼ぶ。見た目よりも、ずっと優しい声に感じた。
「この石を触媒にすれば、あなたの"使い魔"を生成することができる」
「えっ?」
「うん。あなたが望む未来へ近づくために、必要な存在になるはず」
「ちょっと待って!」
ポタルが不安げな顔をする。
「こんな怪しい石を使って、サジの使い魔を作って大丈夫なの? 変な影響が出たりしない?」
もっともな懸念である。サジも少し不安になったが、リトル・ウィンターは穏やかに微笑んだ。
「問題ないよ。わたしを信じて。あなたたちのマナを込めれば、この石は"サジの望む未来"を導く」
サジには、いまひとつしっくりこない抽象的な言葉だが、賢者リトル・ウィンターのその言葉に、ポタルは少しだけ安心したようだった。
(ま、うちの責任者がいいって言うなら。)
ハルが、使い魔錬成用の道具を用意してくれる。
使い魔錬成の手順を、ポタルとサジに説明している。
サジには原理もやり方もなんだかよくわかっていないままだったが、持ってこられた魔法陣にマナにサジの魔力を込めるといい、ということだけ理解して、手順を追いかけていた。
サジ、ポタル、リトル・ウィンターのマナを注ぎ込み、彼女の呪文と使い魔生成の技術が加わる。
すると、黒曜石のような輝きを持つ卵が生まれ──
──パリンッ!!
孵化した。
「……オン?」
黒くツヤツヤとした小さな龍が、ぴょこっと顔を出し、子犬のように「オンオン!」と鳴いた。
黒曜岩龍──高位の”ドラゴン”の使い魔である。
地属性のマナをベースに、闇属性のマナを載せたドラゴンの使い魔として生まれる。
同じドラゴンの使い魔としては、炎属性が乗るルビー・ドラゴンや、水属性が乗るサファイヤ・ドラゴンの方が、王都では人気ではあったが。
(なんか、どことなく美味しそうだ。チョコレート、羊羹、コーヒーゼリー、なんていうか、そのへんに近いな。)
「名前、決めなきゃねぇ」
ポタルが笑いながら言う。
「本人が名乗ってる通りにしよう……こいつは、『オン』だ。」
「安直すぎるであります!」
そうして、サジの使い魔──黒曜岩龍のオンが誕生した。
リトル・ウィンターは目を細めながら、小さく頷いた。
「あなたの旅のゴールは、きっと、もうすぐ。」
その意味を、サジが理解するのは──もう少し、先の話になる。
そして、新しい仲間、オンとともに、サジとポタルは屋敷を後にした。
◇◇◇
サジ、ポタル、オンが屋敷を去ったあと。
「私にとってのここは、”天国“だけど」
「君たちは、”生きる”ための冒険、がんばってね。」
リトル・ウィンター──現実世界で100歳を超えるまで人生を全うし、老衰するも、その美しい魂を異世界の神に見出され、異世界で転生チート生活を送る彼女──
そのつぶやきは、このときのサジの耳には、もちろん、届いていない。




