10話 美味い話は、ない。
「サジ、お客さんだよー!一緒に話を聞こうー!?」
外で[地の駆動]の練習をしていると、ポタルが呼び声が聞こえた。
店の入り口に立っていたのは、赤い装甲を身にまとった人型の存在だった。
金属質の体、精巧な関節、そして機械のような光を帯びた目。
機械人である。
「へぇ……そういうのもいるんだな。」
思わず感想を漏らしてしまう。サジのいた世界であれば、どちらかというとSFの存在である。
(けれど、この異世界では、ファンタジーの技術と融合した存在として、普通に"冒険者"として活動しているらしい。)
「俺はカーロウ。ソロで冒険者をやっていル。王都でのランクはBダ。」
電子音混じりに感じるような、低く響く声。
「召喚屋ギムズに相談があって、訪ねてきタ」
カーロウは、ゴツゴツした手のひらから、漆黒の石を取り出した。
「俺は、こいつの正体を知りたイ」
ポタルが目を丸くする。
「……これは?」
「"新型"だというマナフォージ石ダ。安価で手に入ったものだが……どうにも気になル」
マナフォージ石って何?――
おそらくこの世界では常識であろうことを、素直かつストレートに聞いてしまったサジだが、ポタルもカーロウも面倒見が良く、細かく説明をし始めた。
マナフォージ石――マナに対する"炉"のような機能を持ち、マナを動いた状態で保持することができる魔法具。
簡単に言えば、「魔法の燃料タンク」を増設するようなもの。
この世界にとっては重要なアイテムであり、冒険者のマナ容量を増やしたり、他にも色々用途があったりして広く利用されている。らしい。
サジはそう理解した。
「これが本当に新型のマナフォージ石なら、俺の戦闘に大きく貢献するはずなんだガ……」
カーロウは腕を組みながら言う。
「ただ、どうにも安すぎル。妙に怪しイ。」
「なるほど。確かに『格安の新型』なんて、胡散臭さ全開だ。」
(俺のいた世界でも、ありえない価格の商品は大抵偽物か、何か裏があるものだった。でも100均は好きだけどね。)
ポタルは石を手に取り、慎重に観察する。
「うーん……不思議な石だねぇ……」
「わかるカ?」
「いや、まったく!」
(……まぁ、そういうこともあるだろう。)
「でも、興味深いねぇ。初めて見るタイプだから、研究のしがいがありそう!」
「……研究対象としては楽しそうってことカ」
カーロウは小さく頷く。
「ともかく、俺はこいつを使って、実戦で確かめてみル」
その言葉に、ポタルが頬に指を当てて考え込む。
「まぁ、止める権利はないけど……くれぐれも無茶しないようにね?」
「了承しタ。」
こうして、カーロウは新型マナフォージ石を携え、次のクエストへと向かっていった―。
◇◇◇
戦闘開始――。
クエストの対象は、Cランク相当のモンスター、エレメンタル。
魔法属性が結晶のように固まった生命体。無機質な外見ではあるが、周囲のマナを吸収して生存するため、ある程度の防衛・戦闘能力を備えている。
それら、5体ほどの群れの討伐。
カーロウほどの実力者ならば、多少の苦戦はするかもしれないが、問題なく片付けられる……はずだった。
サジは後になってから聞いたことだが、カーロウの戦闘スタイルは、自己強化型。
まず、自身に強力な魔法[イグニッション]をかけ、全身を炎のオーラで包み、攻撃力を飛躍的に高める。
次に、こちらも強力な魔法[フルアクセル]を発動し、身体能力をブースト。
その上で、バフを維持する効果の弱い魔法[アクセル]と、こちらもマナ消費が軽い、弱い自己修復魔法[リペア]で戦闘を維持する。
――というのが、カーロウの定番の戦法。
事実、序盤はカーロウが敵のモンスターを圧倒していた。
「すごいねぇ、あの火力とスピード、真正面から当たったら、わたしも勝てないかも。」
「マナの容量があの能力の維持時間に直結するわけだから、多少怪しい物でも試したくなるのも、しかたないかもね。」
サジと一緒に、離れたところから見ていたポタルが感心する。
せっかく相談されたのだから、何かあってはいけないと、一応カーロウにも許可を取って、邪魔をしないという条件で着いてこさせてもらっていたのである。
しかし。2体ほど倒したところで、異変が起きる。
「……ン?」
弱い魔法が発動しない。
通常なら、[アクセル]や[リペア]で戦闘を持続するはずが――
「吸われていル?」
黒いマナフォージ石が、カーロウの弱い魔法を"吸収"している。
回復も、バフの維持もできない。
端的に言えば、ピンチである。つまり、カーロウは強力なバフを何度もかけ直さなければならなくなる。
黒いマナフォージ石を投げ捨てる?
いや、そうもいかない。相手にしているエレメンタルは、その”魔力のタンク”を最も有効に活用出来る存在だからである。
結果、マナ消費が爆発的に増加し――3体目まで倒したところで
「……まずいナ」
マナが切れる。
次第に[イグニッション]と[フルアクセル]の効果が薄れ、ついには完全に魔力が尽きてしまった。
バフも魔力も切れたカーロウは、一瞬で動きが鈍くなり――、モンスターの一撃が、彼の胸部装甲を貫こうとする。
「おおおおい! 大丈夫!?」
遠くから様子を見ていたポタルとサジは、慌てて駆けつけた。
ポタルが、魔法で生やした半透明の羽で、猛スピードで飛んでいく。
サジは、あっという間に置いていかれた。
「あれ?」
(ポタル、時間があるときかなり頻繁にあの羽のやつをやってるけど、なんかめちゃくちゃ速くなってないか?)
「[サモンド・ビースト-シールドクン]!!」
ポタルが召喚したのは、盾に目と手と足の生えた、ゆるキャラのような召喚獣。
見た目からするに、守りに特化したものなのは一目瞭然の召喚獣である。
シールドクンが、敵の攻撃を弾く。
[地の駆動]!!
[地の駆動]とサジの全力ダッシュで、遅れてポタルに追いつく。
動く歩道の上を走るような構図になり、バランスが取れず少しカッコのつかない走り方になる。
(まぁこの際そんなことはどうでもいい。)
カーロウの近くまでたどり着く。
(とりあえずカーロウを逃がさなければ。もう一回。)
「おい、大丈夫か。[地の駆動]!!」
カーロウとサジを乗せて、地面が走り出す。なんとか危機からは脱する事ができた。
残るモンスター2体の視線は、ポタルに集まる。
「[サモンドビースト・セカンド-タケミカヅチクン]!!」
剣を持った雷神のような召喚獣が召喚される。
カッコイイな、とサジは思った。
(ただ、なんとなく、シールドクンとはいまひとつ、絵柄というか、バランスが合っていない気もするが。)
だがしかし、タケミカヅチクンは強かった。
強烈な雷を帯びた刃が一閃する――!
◇◇◇
――そして。
クエストが終わり、カーロウを引き連れて、サジとポタルはギムズ召喚屋に戻ってきた。
「……助かっタ。済まなイ」
カーロウは息……というのかわからないが、とにかく体を上下に揺らしてリズムを整えながら、サジたちを見た。
「どうやら……このマナフォージ石、少なくとも俺にとっては、ハズレだったらしいナ。」
「ポタル、礼を言ウ」
「いいよいいよ! 無事でよかった♪」
「それと……この石を、お前にやル」
カーロウは、例の黒いマナフォージ石を差し出した。
「俺には不要ダ。だが、お前なら有効に使えるかもしれン」
「……! ほんと!? いいの!?」
ポタルの目が輝く。
「マジかよ……欠陥品じゃないのか、持って帰るのか?」
サジが呆れて言うと、ポタルは「当然!」とばかりに笑った。
「こういうのって、調べるのが面白いんだよ~♪ きっと、何か裏があるはず!」
「あ、あとね、召喚屋としては、お客様が触る可能性があるものは、ちゃんと知っておかないと!お仕事への、責任!」
いかにもな付け足しをするポタル。
ポタルは黒いマナフォージ石を大事そうに抱えながら、目をキラキラさせていた。
――こうして、召喚屋ギムズはまたひとつ、新たな"謎"を手に入れたのだった。
……この石が、後にとんでもない事件に繋がることを、この時のふたりはまだ、知らない。




