9話 成長の実感は、ないこともない。
「サジくーん、お仕事だよー♪」
ポタルの陽気な声が店内に響いた。サジは棚の整理をしていた手を止めて、彼女の方を見た。
「仕事?」
「うんうん、サジなら、そろそろこなせると思うんだよねぇ♪」
彼女が持ってきたのは、Dランク冒険者向けの小規模な討伐依頼だった。
ターゲットは、2メートル級のゴーレム一体。
「ゴーレム討伐……?」
「とは言っても、Dランク向けだし、相手もそんなに強くないから大丈夫!」
「大丈夫って言うけど……ゴーレムって、防御力がバカみたいに高いイメージがあるんだけど?」
「うん、まぁそうなんだけど、今のサジならいけると思うよ♪」
彼女はにこやかに言うが、どうにも不安は拭えない。
(だが、俺も少しは強くなってきたはずだ。ポタルが「いける」と言うなら、試してみる価値はあるだろう。)
──というわけで、サジの初めてのソロ討伐が始まった。
討伐指定の場所へ向かうと、目の前にはゴーレムが鎮座していた。
岩が積み上がったような巨体。無機質な瞳を光らせ、ゆっくりと立ち上がる。
見た目通り鈍重そうではあるが、一撃の威力は凄まじいだろう。
(……さて、どうするか。)
まずは火力を試す。
手のひらに火を灯し、ゴーレムに向かって[火の弾]を放つ──が、
ボッ
──焦げた。
以上。
「えぇ……」
ゴーレムの体は分厚い岩で覆われている。
ちょっとやそっとの魔法攻撃ではダメージが通らないらしい。
(じゃあ、これならどうだ……?)
次に[大地の球]を放つ。
ゴーレムの胸元に直撃──しかし、ゴツンと鈍い音が鳴るだけで、ノーダメージ。
(……駄目か。かったい。こいつ、単純に防御力が異常に高い。)
次の瞬間、ゴーレムの巨腕が唸りを上げて振り下ろされる。
ドゴォォン!!
「ひえっ……!」
サジは咄嗟に[地の盾]を展開する。
土壁が拳を受け止めるが、衝撃を完全には殺しきれず、サジは地面を転がった。
「ぐっ……」
(これはまずい。正面からの殴り合いじゃ勝ち目がない。ならば、力押しではなく、別の方法を考えないと──)
サジは戦いながら、ゴーレムの動きを観察する。
頭の中で、その特徴を箇条書きにしていく。
・動きは単調。大振りな攻撃ばかり。
・攻撃後の隙が大きい。
・重心が前のめり。
(つまり、こいつは「バランスを崩せば倒れる」んじゃないか?)
サジは慎重に動きながら、[地の駆動]を使い、ゴーレムの周囲を滑るように移動する。
(どうも、左足で踏み込んでの右でのパンチが多いようだ、[地の盾]を交えながら、少しずつ、少しずつ──。)
少しずつ片足に体重をかけるように誘導し、バランスを崩させる──
(今だ!)
サジはゴーレムの足元、左斜め後ろに回り込み、自分とゴーレムの足元を狙って魔法を発動。
わざと、テーブルクロス引きを失敗させるようなイメージで──。
ただし、ジャンプされたら台無しだ。頼むぞ、動きは鈍いままでいてくれ──!
「どっこいしょー![地の駆動]!!」
──すっころべッ!!
魔法使いとしてはあまりに気の抜けた詠唱だが、おじさんに片足突っ込んだ青年の全力が、地面を走らせる。
ズゥゥゥンッ……!!
巨体が傾ぎ、揺れるように後ろへ倒れる。
次の瞬間、地面を揺るがす轟音とともに、ゴーレムの体が大地に叩きつけられた。
土煙が舞い上がり、周囲に震動が走る。地面に派手な音を立てて倒れ込んだ。
(よしっ!)
その隙に、サジはすぐさま[大地の球]を発動し、転倒したゴーレムの手足を土塊で固定した。
(これで、しばらくは動けない、か?……ふぅ、ここまでが限界だな。)
サジの今の能力ではゴーレムを破壊するには至らなかった。
緊張で、サジの心臓はまだ高鳴っている。
サジは、待機していたポタル──今日も魔法で半透明の羽を生やして、俺とゴーレムの周りをカメラマンのように飛んでいる──に向かって、ギブアップ宣言をした。
「このぐらいが精一杯だ、判定負けってところか?」
ポタルは少し驚いたように目を見開いた後、微笑んだ。
「ふふっ……やるじゃん♪」
◇◇◇
後日、サジは再びマナ容量とマナ出力の測定を受けることになった。
ポタルがマナ容量計を取り出し、握らせる。
「さぁ、どれくらい伸びたかな~?」
目盛りがじわじわと上昇し──
「……おぉ?」
「うんうん! やっぱり伸びてるね!」
測定結果は、
マナ容量:70(以前は30)
マナ出力:7(以前は3)
倍以上の成長だった。
「おお……」
サジの努力が、ちゃんと数値に表れていた。
……それでも、異世界人の平均、容量100、出力10には達しなかったが。
(俺のマナ容量はまだ平均の70%程度、出力も大きく劣る。素直に喜べるけど、まだまだ「特別」にはなれないんだな……)
と、自嘲気味に笑う。
「サジは、コツコツ練習してたからだよ!」
ポタルは明るく言った。
「努力した分、ちゃんと成果が出てるんだから、すごいことだよ♪」
サジはそんなポタルの言葉に、ふと、彼女の姿を思い浮かべた。
彼女は、いつも魔術の開発や研究、召喚技術の改良に余念がない。
おそらくだが、俺がこちらの世界に来る前から、ずっとそうやって努力していたんだろう。
「……まぁ、ポタルを見てたら、な。」
「え?」
「なんでもない。ありがとうな。」
ポタルは、一瞬不思議そうな顔をした後、ふっと微笑んだ。
「うんうん! これからも一緒にがんばろうね!」
サジは苦笑しながら、小さく頷いた。




