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06

 そちこちに黒水晶や黒曜石の鋭い縁がとび出し、ごつごつとした巨岩が連なっただけの草一本()えぬ岩山。人々が《魔の山》と呼ぶその最果ての地に異形の者共が湧き出す。

 (ふもと)近くの山腹にぽっかりと開いた穴。いや、穴ではない。その灰色の(おもて)は空間ではなく、奥を見通す事のかなわぬ固体のように見える。ほんのひと鼓動前には存在しなかったその不思議な何かから、親蜘蛛の糸でひとつにまとめられた数百の卵がいっせいに(かえ)るように、妖魔の一団が(あふ)れ出していた。

 そこから《月の谷》までは目と鼻の先。

 いつものように軽い目眩(めまい)を覚えながら《裂け目》を通過したジェレアクは、(あた)う限りの速度で飛龍を飛ばし、目的地へと降り立った。

 月のない夜の闇にあって、なお明るく輝くもの。人の頭ほどの大きさをした白い魔石。

 《月の(しずく)

 谷の周囲に均等に並べられた十二の子供石のうちのひとつ。石は谷の外にあり、またそれ自体が強い魔力を放っている為、衛士などは配置されておらず、安置された台座の上で静かに谷を護っている。

 もっとも、闇の者が結界の縁に触れた今、否、《魔の山》に《裂け目》が生じた瞬間に《月の城》及び、要所要所に配置された詰め所からこの地に向けて兵士の一団が派遣されているだろうが。

 飛龍から降りたジェレアクはその強い意志の力で妖魔達が近づけぬ《月の雫》の間近まで進み、足を開いて大地を踏まえると前に差し出した両手でランドグリーズを水平に構えた。

 目を閉じて意識を集中する。



 《闇の宮殿》の一室でウォデヴァーは魔法陣の中央に座していた。座して、というよりは床にへたり込んでという方が近いかもしれない。彼の弱った足では長時間その巨大な(からだ)を支え続けるのは困難なのだ。

 闇の中、吸引者の集中力を高めるといわれる(こう)が煙り、手にした短剣からは(ほふ)ったばかりの生け贄の血がしたたっている。

 目を閉じ、恍惚(こうこつ)とした表情を浮かべたウォデヴァーは呪文を紡ぎ、自身の魔力を頭上の空間に凝縮しようとしていた。

 魔術を()くする者の眼にはウォデヴァーの身体から黒い霧のようなものが(にじ)みだし、彼の頭上に集まり()り固まってゆく様が見て取れたであろう。

 突如(とつじょ)――

 ウォデヴァーの全身がビクンと震え、短剣を取り落とした。宙に浮いた魔力の玉を支えるように血に()れた両手を挙げる。その唇から(かす)かな(つぶや)きが()れた。

「ジェレアク――」

 カッと眼を見開いたウォデヴァーは心に描いた空間に向かって暗黒の玉を思いっきり投げつける。

「受け取れ――っ!」

 

「ウォデヴァ――っ!」

 ジェレアクは叫び、ランドグリーズの穂先を天にかざした。

 ドオォォォォン――!

 それは、あまりにも直近に落ちた落雷のような轟き。

 ウォデヴァーの魔力によって一瞬だけ開いた《裂け目》を通って黒い球体がジェレアクの上空に現れ、轟音と共にランドグリーズへと吸い込まれていった。

「《楯を壊すもの(ランドグリーズ)》よ! 闇の血を分け与えられし最強の槍よ

 今こそ、その威力を示せ

 《月の雫》を打ち砕け!」

 ジェレアクの手から放たれたランドグリーズが結界を切り裂き、《月の雫》に突き刺さる。

  光――

 やわらかな冷たい光が拡がり、闇の者共を恐怖させ……

 光の消失と共に谷を護る結界の一部に亀裂(きれつ)が生じた。





「《月の雫》が……」

 血の気をなくしたミルディンがあえぐように言葉を漏らす。 

 《月の城》の地下深く、支えもなく空中でゆっくりと回転する(みっ)つの銀輪によって護られた光球《月の雫》を前に、頭頂で束ねた淡い金髪を腰まで垂らし、金色がかったすみれ色の瞳をした女官が不安げに声をかけた。

「ミルディン様……」

 幼い頃からずっといっしょに育った彼女は即位した後も(おおやけ)の場以外ではミルディンを陛下とは呼ばぬ。

「ええ、ミラータ。たった今、結界が破られたわ」

 谷の結界は《月の雫》の魔力を使って女王であるミルディンが保っており、この特殊な部屋にいる限り、結界内の出来事はすべて知る事ができる。

「ディアン様達は?」

「ディアンお兄様は警備兵を城の北面を中心に展開させたわ。シシアンお兄様は北西の詰め所から直接、兵を率いて(ほころ)びに向かっています。

 だけど、他の詰め所からの兵と合流してからでないと、あれだけの人数では……。

 でも、大丈夫。全体としては敵の数はそれほど多くない。何が目的かはわからないけれど全面戦争をするつもりでないのは確かでしょう」

「こんな形でミルディン様の悪い予感が当たってしまったのは残念ですが、ラヴィン様がヴァルガスといっしょに滞在してくださっていたのは幸いでした」

「そうね。彼らはまもなく闇の軍勢と接触するでしょう」

 ミルディンは《月の雫》に向かって膝を折り、祈った。

「ラヴィン、お願い、谷を護って……」


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