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 それはなかなか見応えのある(なが)めだった。

 闇の宮殿からほど遠からぬ丘の上、《魔の山》の中腹に開いた《裂け目》へと続く《大門》を前にして妖魔の軍勢が集っている。

 エリシャとシャーン、ジェレアクの私兵にウォデヴァーとアイシャから借り受けた兵を足しただけだけとはいえ、六千近い数だ。

 人面鳥、合成獣、食屍鬼、鬼面獣……。翼のある者、ない者。牙を持つ者。角が一本の者、数十本の者。二本足、四つ足、六本足……。ところどころに混じるヒトと変わらぬ姿をした者。闇の世界に住まう様々な種類の者共が来るべき戦闘への緊張にざわめいている。

 ウェリアが創始者ディスファーンによって創られた《閉じた》地であるといっても、《光の原》と《闇の地》それに《囲い地》とも呼ばれる人界とは、それぞれが微妙にズレた次元に存在していて、自由に行き来する能力を持った者は(まれ)だ。

 (ゆえ)に誰しもが簡単に他界へ行き来する事が可能な自然にできた《裂け目》は非常に重要であり、《大門》は闇の懐深く開いた人界との《裂け目》を護る為に造られたのだった。

 《大門》そのものは鈍色(にびいろ)をした石のような素材で出来ており、高さ四十ヴァズマールはあろうという二本の巨大な柱とその上に渡された(さん)の間に観音開きの扉、という構造だが、一見どこへ通じるでもなく、また(かんぬき)ひとつ、鍵穴ひとつないにも関わらず、かたくなに扉を閉ざしたまま、どっしりと建っていた。

「おい、どういう事だ、これは?」

 その《大門》の足下から、それぞれの乗獣にまたがって彼らの方へ進んでくる女達の一団を見とがめたシャーンはジェレアクにくってかかった。

 シャーンとジェレアクの母エレインをはじめとして、王族の女性ほとんどが気に入りの侍女を連れて近づいて来る。それだけではない。その後ろから女達に倍する速さでこちらに向かっているのはヘルヴァルドを従えた彼らの父、闇の王ディスファーンに他ならない。

「どうせなら見物人がいた方が面白いと思って」

 涼しげな顔でうそぶいたジェレアクは、ニヤリと笑ってこう付け足す。

「これでお互い後に引けなくなったってワケだ。これだけの見物人を前にみっともないところは見せられないからな」

「やられたわね」

 見物人を出迎えると言ってマントをひるがえし、(くら)手綱(たづな)を付けた飛龍を宙に浮かべたジェレアクの後ろ姿を見ながら、エリシャが(つぶや)いた。

「彼、結界を破る事に絶対の自信があるんだわ。ジェレアクの言った通り、これで何が起ころうとさっさと逃げ帰るって訳にはいかなくなったわよ」

 飛んでゆく飛龍の上で女達に手を振っているジェレアクを横目で見ながらシャーンはフンと鼻を鳴らした。

「何が起ころうと僕が必ず君を守る。間違いなく女王に会わせてみせるさ」

「頼もしいわね。当てにしているわ」

 エリシャは素早くシャーンの頬にくちづけて、短く鋭い口笛を響かせると駆け寄ってきた黒い一角獣に飛び乗った。

 今夜の彼女は銀色の(うろこ)状の金属片を金属の糸で(つづ)った丈の長いヴェストに黒い鎧下(よろいした)、黒長靴、黒マント、銀色の籠手(こて)を身につけている。長い髪は銀の編み紐といっしょに一本のおさげに編んでいた。

「私達も挨拶(あいさつ)に行った方がいいわね」

 言うなり一角獣の脇を締め、駆けだしていく。

 いいところを見せているつもりなのか、シャーンは正式の戦でもないのに大袈裟(おおげさ)な装備は必要ない、と剣は()げているが普段の乗馬服に(すす)色のマントといった格好(かっこう)だった。

「グラン!」

 シャーンが声をかけると、トゲのある尻尾と翼を持った獅子がゆったりと進み出て主を乗せる。

 

 ジェレアクが言うところの、ちょっとした出し物を見物する為にやって来た者達はその夜の出演者である三人と(あわ)ただしく挨拶を交わすと王を迎えるべく(わず)かばかり平らになった丘の中腹で隊列を整えた。

 長子のヘルヴァルド他、数人の護衛兵を連れただけのディスファーンは略王冠すらかぶらぬ軽装で、いかにも気まぐれに思い立って居間から飛び出してきたように見える。

 その治世の長さにも関わらず、ディスファーンの外見はヒトでいえば中年にさしかかったばかりといった若々しさで、端正という言葉が似つかわしい面立(おもだ)ちは王者の風格にあふれていた。

 軍勢を背にして王を出迎える一族の前に、鎖帷子(くさりかたびら)籠手(こて)、額にはめた細い金属環、剣の柄まで全身黒ずくめのジェレアクがエリシャ、シャーンと共に進み出、地面に片膝をついて礼をする。

「果てなき闇の王国の支配者であらせられる父上。ご機嫌うるわしゅう……」

「麗しくなるかどうかは貴様の見せてくれる余興(よきょう)のでき次第(しだい)だ」

 ウェリアのどこを捜しても同種のものをみつけられぬという八本足の巨大な乗馬スレイルにまたがったまま、鋭い目でジェレアクを見下ろしたディスファーンは口元だけをゆがめて笑った。その様子はどこかジェレアクに似通っている。

「ではわざわざその為にお出向きに? 退屈しのぎのくだらぬ()(ごと)ですよ」

「余も退屈しているのでな」

 つまらぬ事なのはわかっているといった(てい)で軽く肩をすくめ、

「だが、ひとつだけ言っておく。おまえ達の身に何が起ころうと知った事ではないがランドグリーズを失う事は許さん」

「肝に(めい)じておきましょう」

「ランドグリーズ?」

 思わず声をあげたシャーンにディスファーンが顔をむけた。

「ヘルヴァルドからジェレアクがランドグリーズを使いたがっているが、どうしたものかと相談があったので貸し出しを認めた。その折りはおまえ達の賭の事は知らなかったが……。

 シャーン、ジェレアクにしてやられたな。

 今宵(こよい)は《月の谷》を護る魔法の力が最も弱まる新月。ランドグリーズを使えば賭の前半部分はおまえの負ける公算が大きいだろう。この場で負けを宣言してこの集まりを解散しても良いのだぞ」

「とんでもない! ランドグリーズの威力は存じておりますが、ジェレアクにそれが使いこなせるか否かは別問題。

 よしんば此奴(こやつ)が結界を破るのに成功したとて、我々が谷の女王に、我らにかかれば、あの女の領地など何時(いつ)なりと踏みにじる事ができると教えてやって参れば我々の勝ち」

「ふむ……。シャーンはそう言うがエリシャ、おまえはどうだ?」

「何事もやってみなければわからないと申します。シャーンが良いのなら、わたくしは」

「ならば、よい。ヘルヴァルド、ランドグリーズをジェレアクに」

「はい」

 すぐ脇に控えていたヘルヴァルドが肩に(かつ)いでいた包みを開いた。

 ランドグリーズ、長さはほぼ五エル。穂先は三角形の諸刃の外側に小さな二枚の刃が突き出した形状。先端から石突きまで、すべて黒い金属で作られた一体構造になっており、柄にはびっしりと呪術文字が刻まれている。

 素早く立ち上がったジェレアクはヒトの子であれば余程の大男でなければ扱えないであろう重量のその槍を片手で受け取ると、高々とさし上げた。

「ディスファーンの御代(みよ)永遠(とわ)の栄えを!」

 槍をおろし、ディスファーンに向かって敬礼すると、滑るように近づいてきた飛龍に飛び乗る。

「《闇》と《狭間の世界》とを隔てる大門よ

 いにしえの 大いなる物の怪(もののけ)変化(へんげ)せしものよ

 開け!

 闇の御子 (なんじ)を造りし者の同胞(はらから)に道を示せ」

 ランドグリーズを(かか)げ、飛龍を駆って自身の軍陣の上を飛び越しながら一直線に《大門》を目指すジェレアク。その唇から朗々とした声が響き渡ると、丘の頂上に異様をさらしていた《大門》が(うな)り始めた。地の底から(とどろ)くような不気味な獣の唸り。

 そしてジェレアクの前でゆっくりと、だが(よど)みなく巨大な扉が開いてゆく。

「進め! 目指すは《月の谷》。戦士達よ、おのおのの力量(ちから)を示し、名をあげよ!」

 ど――っ……

 地響きをたて、土煙をあげ、羽音を響かせ、風を切り……

 ジェレアクの指揮に従う三千余の軍勢が開かれた《大門》へと雪崩(なだれ)込む。その(とき)の声はおぞましい魔物の雄叫(おたけ)び。進軍喇叭(らっぱ)は魂を戦慄(せんりつ)させる(こだま)――

 開かれた扉からのぞく、のっぺりした灰色の空間へ……

 

 

「ランドグリーズだと? クソッ!」

 《大門》へ吸い込まれていくジェレアクの軍勢を見やりながら、シャーンが毒づいた。

 そう、《大門》の通過は見送る者にとってはまさしく吸い込まれていく、という形容がふさわしい。《大門》が開いて見えるのは《入》の片側からだけで《出》と呼ばれる側からは何ひとつ変わって見えない。(ゆえ)にその通路を通って行く者達は傍からはまるで絵の中に入って行くように見えるのだ。

「親父め、一体何を考えているんだ?」

「私達が《月の谷》に(かばね)(さら)すのを見たいのかも……」

「おい……!」

「あの人ならそう考えても不思議はないわよ。子供なんてみんな自分の玉座を狙う敵手ぐらいにしか考えていないんじゃなくて?

 本人の言った通り、賭けの事など知らずにジェレアクが谷の結界を壊したいと言うならやらせればいいと思っただけかもしれないけど」

「そいつはどうだか」

「そうよね。お父様の出現に関してはジェレアクも意外そうな表情(かお)をしてた。彼だってあの人に隠し事が出来ると思っていたわけじゃないだろうけど。

 でも、ヘルヴァルドが知らなかったのは確かだと思う」

「だろうな」

「だけど、彼は知ってしまった。あの堅物(かたぶつ)ならこの騒ぎ全体を馬鹿馬鹿しいと思うんだろうけど、お父様が認めていらっしゃる以上口出しはできない。

 でも、ジェレアクもヘルヴァルドの見てる前であまりおかしな真似は出来ないんじゃないかしら?」

「わかるもんか」

 フフッと笑ったエリシャにシャーンはうろんな視線を投げる。

「まさか、君が仕組んだんじゃないだろうな?」

「何を? だとしたら私をどうするの?

 馬鹿なこと言ってないで、行きましょう。ジェレアクが結界を破ったら、谷の連中が態勢を整えないうちに素早く谷を駆け抜けて《月の城》へ攻め込み、女王の顔を拝んだら直ぐさま退散する。これしかないんだから」

「わかってるさ。僕だっていくらなんでもこんな小勢でまともな戦いになると思うほど馬鹿じゃない……」

 「エリシャ、シャーン!」

 鷲獅子に乗ったヘルヴァルドが額を寄せ合って話していた二人に近寄ってくる。

「馬鹿な賭けをしたもんだな。ジェレアクの口車に乗ってランドグリーズを貸す約束をしてしまった俺も迂闊(うかつ)だったが……」

「俺は馬鹿な賭けだとは思いませんけどね、兄さん」

 ヘルヴァルドは自尊心を傷つけられたといった表情を見せるシャーンの背中をどやした。

「おまえは世の中を甘く見過ぎているんだ。

 エリシャ、なぜおまえまで……?」

 エリシャは質問には答えず、鷲獅子の尻から生えているうねうねとくねる蛇の頭を()でながら問う。

「ヘルヴァルド、お父様が賭けの事を知ったのは、いつ?」

「知らん」

 怪訝(けげん)な顔をしながら答えたヘルヴァルドはこの妹が、今回行動を共にしている弟と違って、軽率な行動とは無縁の性格である事を改めて思い出した。

 それに彼の母レダニアがあえてその真意を深く追求しようともせず、ジェレアクの計画を支持したのも気になる。今度の出来事には何か彼にはうかがい知れない複雑な計略が(から)んでいるのではないかという疑惑が胸をよぎった。

 それでも、ヘルヴァルドにはいつものように率直に行動する以外(すべ)はなかったが。

「俺がジェレアクにランドグリーズを渡す為に宮殿を出ようとしていたらスレイルに乗った父上がいらして……」

「いっしょに行こうと言われて、さっきの幕間劇(まくあいげき)があった、と。

 で、あなたは? やっぱりさっき知ったばかり?

 それで結界を壊してちょっと暴れて帰ってくるのと、《月の城》へ行って女王の顔を見てくるのじゃ大違いって言いに来たのね?」

「その通りだ」

「お父様は? あちらまで行かれるの?」

「ああ。遊山(ゆさん)の連中といっしょに《魔の山》までは出向くようだ。ここで水晶を使うくらいなら宮殿にいても変わらんからな」

「そう」

「エリシャ様!」

 一羽の大鴉(おおがらす)がバサバサと羽音をさせて舞い降り、エリシャの一角獣の角にとまった。怒った一角獣が鴉を追い払おうと首を振り、(ひずめ)を鳴らす。

「ダメよ、ヴィンド。おとなしくして」

 やさしく首をたたいて一角獣をなだめたエリシャは鴉にむかってこう言った。

「フギ、何の用?」

「ジェレアク様はまもなく位置に着かれます。お急ぎください」

 その鴉はジェレアクの使い魔、変幻獣のフギが変身したものだった。

「わかったわ。ヘルヴァルド、お小言なら後で聞くから。行きましょう、シャーン」

 一角獣を方向転換させたエリシャの背中に声をかける。

「俺も行く。なんにせよ、父上の言われた通りランドグリーズを失うわけにはいかん」

 ヘルヴァルドは到底(いくさ)向きとは言えない普段着で来てしまっていたが、愛用の両手使いの大剣だけは身につけていた。

「ご自由に……」

 フギを案内にたてたエリシャは傍に控えていた従者から采配(さいはい)を受け取ってシャーンに差し出した。


「シャーン、あなたが指揮を()って」

鈍色(にびいろ)(濃い灰色)

※四十ヴァズマール(約六十メートル)

※五エル(約二百四十センチ)

采配(さいはい)(戦場で大将が指揮するために振る道具)


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