02
ジェレアクの父ディスファーンには生存している息子が七人いる。生存している、と前置きがつくのは死亡した息子がその倍数いるからだ。
ただし生存に数えられているうちの一人はずっと以前にふらりと国を出たきり行方知れず。もしかすればとっくに死んでいるかもしれない。
生きている娘は九人。死んだのは二人。
男の方が沢山死んでいるのは女の方が分別があるからだ、とはエリシャの見解である。ジェレアクに言わせれば女には野心をもつだけの才覚がかけているだけ、という事になるのだが。
論争の結論はともかく、生きている、いや闇の王のすべての息子の中の最年長がヘルヴァルドだ。
生き残っている叔父とか伯父が一人もいず、事実上の次男にあたるウォデヴァーとの年齢が五百歳以上離れている事から考えても、それだけ長い間王子であったというのは大した事だと言えるだろう。
物静かで、面倒見が良く、大抵の王子や王女は彼から魔法や武術を習った覚えがある。王座に対する野心など微塵もみせず――それは彼が一番王座に近いと言われているせいだという見方もある――父の片腕たるべく常に自分を磨こうとする努力を怠らない。
エリシャと母を同じくし、意見を求められればふさわしい受け答えをするが、自分から話題を提供する事のない控え目な長男。それがジェレアクの首を胴体から切り離した男だ。
「それはまた唐突な話だな、ジェレアク」
黒い髪は短く、瞳はエリシャのそれのように下の方が若干緑がかって見え、母親とも父親とも似ていない四角張った顔に大きな口、使用人が着るような簡素で動きやすい衣類と頑丈そうな革靴を身につけた大男が上衣の袖で額に浮かんだ汗をぬぐいながら言った。
「別に不都合はないだろうヘルヴァルド?」
宮殿の庭に枝を広げた楡の巨木に背中を預けたジェレアクが言い返す。
一人、槍の修練に励んでいたヘルヴァルドに声をかけたジェレアクは前置きなしに用件を告げた。
『《楯を壊すもの》を貸してくれ』と。
ランドグリーズ。その昔、ヘルヴァルドがディスファーンの力を借り、自らの寿命の一部を削って作り上げたといわれる恐ろしい破壊力を秘めた魔法の槍。それの素晴らしいところは物質だけでなく魔術をも破壊できるという点だ。
「……あるかもしれん」
少し考えてから答えたヘルヴァルドは修練用の、柄まですべて鉄でできた重い槍の石突きを、片手で地面に突き立てるようにして立っている。
「たとえば、どんな?」
腕組みをして木にもたれたままのジェレアクは彼より頭ひとつ分高い位置にある腹違いの兄の顔を見る為に上目づかいで問うた。
「おまえがあの槍を俺や俺が護りたいと思っている者達に向けないという保証はない」
「残念だったよ……」
目を伏せたジェレアクは、やや自嘲気味に唇をゆがめて続ける。
「その、護りたい者達の中に僕が入っていなくて……」
「入っていたさ!」
その返答の意外な声の大きさと素早さにジェレアクはビクリと身体を震わせた。
「おまえがつまらぬ事を考えて実行に移そうとさえしなければ俺だってあんな事をする必要はなかった……。
一度は一族の大半の合意の元で処刑されたおまえが《奈落》から戻ったからといって自由に振る舞えるのは誰のおかげだと思っている? 大部分は父の力だが、エレインやアイシャといっしょに俺も口添えしたんだぞ」
(はめられたんだ……)
ヘルヴァルドの声があまりにも苦渋に満ちていたせいだろうか、あの時の彼の行動を釈明したいという馬鹿げた衝動にかられた。
(俺は一体何を……。それに俺がこれからやろうとしているのはまさしくヘルヴァルドの意思に背く事だというのに……)
大きく息を吸い込み、心を落ち着かせる。
「それであんたの気が済むというんなら《血の誓い》をしよう。俺は血族の誰にもランドグリーズを向けたりしないと」
ヘルヴァルドは元々そう大きくはない目を細め、ジェレアクを子細に眺め回した。どうも落ち着かない。この男の率直さは状況次第で爽快にも不愉快にも、脅威にすら成り得る。
「ふむ、復讐ではない、と言うんだな。なら何に使うのか説明してもらおうか?」
「もちろん。これにはレダニアも賛成してくれているんだ」
「母が……?」
昔からこの堅物を落とすには母親を持ち出すのが一番だった。
レダニアは息子と違って複雑でわかりにくい女性で、ジェレアクは彼女を説き伏せる為の演説を何種類か用意していたのだが、ヘルヴァルドに口添えしてくれというジェレアクの頼みをあっけない程あっさりと聞き入れてくれた。何と何をどういう天秤に載せたうえでの判断なのか計りかねるところが不気味だが、とりあえず今のジェレアクには有り難い。
「見つけた! 見つけた!」
かん高い声が空から降ってきたかと思うとパタパタいう羽音と共に背中に蝙蝠のような羽根をつけた黒猫が舞い降りてきて、ジェレアクの周りを飛び回った。
「アイシャ様がお探しですよ、ジェレアク様」
そう言って猫はジェレアクの肩に飛びのった。
「ムニか? なんだその格好は? それに、なぜ肩にのる?」
「アイシャ様のお好みなんですよ。猫の姿であの方の膝の上にのって耳の後ろを掻いていただくのはなかなか快適で。この羽根は便宜上つけたしたものです。
肩を貸していただいたのは地面に降りると足が汚れてアイシャ様に嫌がられるからでして」
「アイシャの変幻獣か? 軽薄そうな奴だ」
闇の世界の下位の者――実に様々な種がいるにもかかわらず十把一絡げに妖魔と呼ばれる――に触れられる事を嫌うヘルヴァルドは嫌悪感をあらわに顔をしかめた。
「すまない。ムニは僕の使い魔だ。いや、そのはずなんだが、最近は俺の使いを放り出してアイシャの所に入りびたっている。困った奴だ」
「仕置きが必要だな」
ヘルヴァルドの言葉にムニはまさに水を浴びせられた猫のようにブルブルッと身を震わせた。
「とんでもない! ジェレアク様のご用を放り出しているなんて、お得意のご冗談に決まっているじゃありませんか。
手前は仲間のフギ同様、誠心誠意ジェレアク様にお仕えさせていただいております。ただ仕事のない時にジェレアク様の大切な妹御であらせられるアイシャ姫のご機嫌を伺っているだけでございまして」
「口の達者な奴だ。フギは今も俺の用で飛び回っているぞ」
ジェレアクは肘を曲げた腕を肩の高さまであげて、そこへ移ってきたムニの顔を見ながら言う。
「……アイシャが俺を探してるって?」
「はい。なにやらひどくご立腹のご様子で」
「なんだ? ……しばらく顔を見せてなかったんで拗ねているのかな? ……ヘルヴァルド」
ジェレアクは腕をおろし、ムニは素早く肩へ移動した。
「ランドグリーズの使い道についてはレダニアから聞いてくれ。その方がアンタも納得しやすいだろう。
俺はちょっとアイシャの機嫌をとってくる。……ムニ」
「先触れは、お任せください」
ムニが羽ばたき、ジェレアクの頭の上を一度旋回して飛び去った。
「いい返事を期待していますよ。兄さん」
ジェレアクは目上の者にする深々としたお辞儀をして、その場を離れた。
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