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蜃気楼の向こう側

夕暮れが訪れた。


太陽が真っ赤に燃え上がる西の空に、鮮やかなオレンジの雲が浮かんでいた。私は町はずれの丘の上に立ち、遠くの地平線を見つめていた。


頭上に広がる雲の彫りの深い輪郭がくっきりと浮かび上がり、その間から射し込む光によって地表に映る影が次々と形を変えていく。ひときわ明るい一点が、まるで水面に反射した光のようにきらめいては消え、またよそから姿を現す。


しばらくすると、地平線があの大気の揺らぎに翻弄されるように、涙しげに滲んでいくのが見えた。そこには驚くべきことに、まるで海が広がっているかのように見える光景が浮かび上がってきたのだ。

蜃気楼らしきものが、目の前に出現したのである。


まぶしい光の中に、かすかな町並みの影が浮かんでは消えを繰り返していた。瞬く間に形を変え、建物の屋根が反転したかと思えば、教会の尖塔が逆さまになるという具合に。


そんな不思議な光景を見入りながら、私は夢現の世界にいるようで、気分が少し錯覚に惑わされそうになった。


しかし、視界に映る蜃気楼の町は、だんだんとはっきりとした輪郭を持ち始める。遂には、まるで本当にそこに町が存在するかのように鮮明な像を結んだ。


家々の軒先に掛かる夕日が、ゆらめく陰影を濃く落としていく。時折見える人影は、まるでそこに生きているかのようだった。教会の鐘が響き渡り、遠くから馬車の通る音が聞こえてくるかと思えば、人の賑やかな話し声さえ風に乗ってきた。


そんな有り余る臨場感に、思わず私は夢なのか現実なのか分からなくなった。ただそれはたった一瞬のことで、やがて辺り一面が暗くなり始めると、あの幻想的な町並みの蜃気楼は、まるで夢の中の出来事のように霧散し、地平線の向こうへと沈んでいった。


私は深く溜め息をついた。一体あれは何だったのだろうか。全身から力が抜けるのを感じながら、ゆっくりとその場を後にした。


翌朝、街を歩きながら昨夜の出来事を考えていると、ふとその蜃気楼で見た風景と酷似した、古びた建物に気づいた。


2階建ての古い洋館のような作りで、外観から見る限りでは別に特別なものではない。しかし私には、何か神々しさのようなものすら感じられる。


好奇心に駆られるまま、私はその建物に近づいていった。

するとその建物の入り口に、「歴史資料館」という古びた看板が掲げられているのが目に入った。


「ここならば、きっと何か分かるに違いない」


そう思った私は、早速館内に足を踏み入れた。中に入ると、カウンター横で古書の束を注意深く見ていた白髪の年配男性が顔を上げ、愛想よく私を出迎えた。


「いらっしゃいませ。ようこそ私どもの博物館へ。この町にまつわる歴史的資料が、ここに数多く展示されておりますよ」


私は恐る恐る、昨夜目撃した不思議な蜃気楼の出来事を打ち明けた。 男性は首を傾げながらも、すぐさま納得したように頷いた。


「ほう、蜃気楼があの町を映し出したそうですな。それは面白い。きっとあの出来事は、この町の過去の姿を映し出したのでしょう」


「過去の姿ですって?」


「そうですとも。実はかつて、この町の場所には別の街があったのです」


男性はそう語りながら、資料館の奥に案内してくれた。そこには、かつての町の史実が展示されていた。


「ここは、かつて鉱山の街として栄えていました。しかし、やがて鉱山が枯渇し、その存在意義を失ってしまったのです」


「それで町は廃れてしまったのですね」


「はい。一部の人々が残り、別の産業で生計を立てようとしましたが、ついに完全に過疎化が進行し、最終的には自然に野放しにされてしまったのです」


長年の年月を経て、あの鉱山の町は自然に蝕まれ、かつての面影をすっかり失ってしまったという。それでも今になって、その名残があの蜃気楼の中に姿を見せたのだろう。


「つまり、昨日あなたが目撃したのは、かつてこの地に存在した町の姿だったのです。人々の想い出の中に残されていたものが、蜃気楼によってありありと姿を現したのでしょう」


「なるほど……」


私は深く納得した。目に見えないもの、つまり人々の記憶の中に残されていたかつての町並みが、確かにそこに映し出されていたのだ。


時間の重みとともに、かつての記憶はいつか過去のものとなり、やがては忘れ去られるだろう。しかし、人々の記憶には必ずその形が残る。


それが、この町の歴史なのだと。

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