時の翼
高田凛は、いつもと変わらない朝を迎えていた。しかし、この日が彼女の人生を大きく変える日になるとは、想像もしていなかった。
凛は25歳、東京の広告代理店で働く新人デザイナーだった。彼女の日課は、朝6時に起きて、30分のジョギングをし、シャワーを浴びて出勤の準備をすることだった。この日も、いつも通りのルーティンをこなしていた。
朝のジョギングコースは、いつもの公園を一周するものだった。しかし、この日、凛は公園の奥にある小さな森の中に、今まで気づかなかった小道を見つけた。好奇心に駆られた彼女は、その道を進んでみることにした。
小道は予想以上に長く続いていた。周りの木々が生い茂り、日光がほとんど差し込まない。凛は少し不安になりながらも、さらに奥へと進んでいった。
突然、小道が開けた場所に出た。そこには、古びた木造の小屋があった。扉には「時の翼」と書かれた看板が掛かっている。凛は躊躇したが、なぜか引き寄せられるように扉に手をかけた。
扉を開けると、中は予想以上に広く、壁一面に様々な時計が飾られていた。大きな柱時計から、小さな懐中時計まで、ありとあらゆる種類の時計がそこにあった。
「いらっしゃい」
突然聞こえた声に、凛は驚いて振り返った。そこには、白髪の老人が立っていた。目が見えないらしく、白い杖を持っている。
「私は時守と呼ばれています。あなたは、時の翼を求めてここに来たのですね」
「時の翼?私は…ただ偶然…」
「偶然なんてありません。あなたがここに来たのは、必然なのです」
老人は、壁に掛かっている一つの懐中時計を取り、凛に差し出した。
「これが、あなたの時の翼です。これを使えば、過去や未来へ旅することができます。しかし、注意してください。時間を変えることは、予期せぬ結果を招くかもしれません」
凛は戸惑いながらも、懐中時計を受け取った。その瞬間、周りの景色が歪み始め、凛は意識を失った。
目を覚ますと、凛はベッドの上にいた。しかし、それは彼女のアパートの部屋ではなく、10年前の実家の自分の部屋だった。高校生の制服が椅子に掛けられている。
「まさか…本当に過去に来てしまったの?」
凛は混乱しながらも、これが現実だと理解し始めた。彼女は、この日が何の日か思い出した。今日は、彼女が美大受験をあきらめて、普通の大学に進学することを決めた日だった。
「もし、あの時美大に行っていたら…」
凛は迷った。過去を変えることの危険性は、老人から警告されていた。しかし、夢を諦めたことへの後悔は、いつも彼女の心の片隅にあった。
結局、凛は美大受験に挑戦することを決意した。そして、時は流れ始めた。
美大に合格した凛は、充実した学生生活を送った。卒業後は、有名なデザイン事務所に就職。その後独立し、自身のデザイン会社を立ち上げた。
30歳になった凛は、成功したデザイナーとして、充実した日々を送っていた。しかし、何かが足りないという感覚が、常に彼女の心にあった。
ある日、凛は街を歩いていると、かつて勤めていた広告代理店の看板を見かけた。そこで働いていた頃の同僚たちのことを思い出した。特に、いつも優しく接してくれた先輩の健太のことが、頭から離れなかった。
「もし、あの時普通に就職していたら…」
凛は再び、懐中時計を取り出した。そして、10年前に戻ることを決意した。
目を覚ますと、凛は再び高校生の自分の部屋にいた。今度は、普通の大学に進学することを選んだ。
時は再び流れ始めた。大学卒業後、凛は広告代理店に就職。そこで出会った先輩の健太と、やがて恋に落ちた。二人は結婚し、小さいながらも幸せな家庭を築いていった。
凛は、広告代理店でのキャリアを着実に積み重ねていった。彼女のデザインセンスは、多くのクライアントから高く評価された。しかし、時々、もっと自由にクリエイティブな仕事がしたいという思いが頭をよぎることがあった。
ある日、凛は公園を散歩していると、小さな森の中に見覚えのある小道を見つけた。その先には、「時の翼」の小屋があった。
扉を開けると、白髪の老人が待っていた。
「どうでしたか?時の旅は」
「私は…二つの人生を生きました。でも、どちらも完璧ではありませんでした」
「人生に、完璧なものはありません。大切なのは、自分の選択に後悔しないことです」
老人は微笑んで、凛から懐中時計を受け取った。
「さあ、これからはあなた自身の力で、未来を切り開いていってください」
凛が目を覚ますと、彼女は自分のアパートのベッドの上にいた。時計は朝の6時を指している。
凛は深呼吸をして、ベッドから起き上がった。今日からまた、新しい一日が始まる。どんな選択をしても、それが自分の人生なのだ。
彼女は微笑んで、朝のジョギングに出かけた。公園に着くと、小さな森の方を見た。そこには何もなかったが、凛の心の中には確かな決意があった。
これからは、日々の小さな選択を大切にしながら、自分の道を歩んでいこう。そう心に誓って、凛は新しい一日をスタートさせたのだった。
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