時の仕掛け屋
深夜の静寂を破るように、古めかしい時計塔の鐘が鳴り響いた。12回の鐘の音が街中に響き渡る中、老人は懐中時計を取り出してそっと確認した。
「ちょうど良い頃合いだな」
薄暗い路地裏で、老人は小さな道具箱を開けた。中には様々な大きさの歯車や、奇妙な形をした金属の部品が整然と並んでいる。老人はそれらを器用な指さばきで組み立て始めた。
老人の名は時。
彼は「時の仕掛け屋」と呼ばれる、特殊な能力を持つ者だった。時間を操る不思議な装置を作り出す能力を持つのだ。
今夜の依頼主は、隣町に住む若い女性だった。彼女の婚約者が事故で亡くなってしまい、あの時間だけでも戻して欲しいと懇願されたのだ。
時は、そういった依頼を受けるたびに迷いを感じていた。過去を変えることの危険性を知っていたからだ。しかし、彼女の悲しみに満ちた瞳を思い出すと、今回ばかりは例外にしても良いのではないかと考えてしまう。
装置が完成に近づくにつれ、時の周りの空気が歪み始めた。まるで鏡に映った世界が揺らぐように、景色がぼやけていく。
「よし、できたぞ」
時が最後の歯車をはめ込むと、装置が青白い光を放ち始めた。その瞬間、世界が一瞬にして静止する。
時は慎重に装置を持ち上げ、依頼主の元へと向かった。街路樹の葉一枚動かない世界を歩いていく。
若い女性のアパートに到着すると、時は躊躇なくドアを開けた。そこには涙に暮れる彼女の姿があった。時間が止まっているため、彼女はピクリとも動かない。
時は装置を彼女の近くに置き、スイッチを入れた。すると、彼女の周りだけが動き出す。
「え?何が...どうして...」
彼女は混乱した様子で周囲を見回した。
「私が時の仕掛け屋だ。君の願いを叶えるためにやってきた」
時はゆっくりと説明を始めた。
「この装置で、君の婚約者が事故に遭う前の時間に戻ることができる。だが、それには代償が伴う。過去を変えれば、現在の君の人生も大きく変わってしまうかもしれない」
彼女は黙って時の言葉に耳を傾けていた。
「それでも構わないか?」
時は最後に確認した。
彼女は深く息を吐き、決意に満ちた表情で答えた。
「はい。どんな結果になろうとも、彼を救いたいんです」
時は静かに頷き、装置のダイヤルを回し始めた。
「では、準備はいいかな」
彼女が頷くと同時に、部屋中が眩い光に包まれた。
気がつくと、時は再び深夜の路地裏に立っていた。懐中時計を確認すると、ちょうど真夜中の0時を指している。
「無事に戻れたようだな」
時は安堵の表情を浮かべたが、すぐに不安が頭をよぎった。果たして、彼女は幸せになれただろうか。過去を変えたことで、予期せぬ結果が起きてはいないだろうか。
そんな思いを抱きながら、時は静かに歩き出した。彼の仕事は、誰にも気づかれることなく、ひっそりと行われる。そして、その結果を知ることは決してない。
それが、時の仕掛け屋の宿命なのだ。
翌日、時は偶然にも新聞記事を目にした。
「昨夜、若い男性が交通事故から九死に一生を得る」
その記事を読んだ時、老人の顔にかすかな笑みが浮かんだ。
「やれやれ、今回は上手くいったみたいだな」
しかし、その笑みはすぐに消えた。時計塔の鐘が鳴り、新たな依頼を告げる音が聞こえてきたからだ。
時は再び道具箱を手に取り、静かに歩き出した。彼の仕事に終わりはない。時が続く限り、人々の願いも続くのだから。
そして時は考えた。自分の行いは果たして正しいのだろうか。過去を変えることで、誰かの人生を良い方向に導くことはできるのか。それとも、予期せぬ悲劇を引き起こしてしまうのか。
答えは誰にもわからない。ただ、時にできることは、目の前の依頼に真摯に向き合い、最善を尽くすことだけだ。
時の仕掛け屋の物語は、これからも続いていく。時計の針が刻む音と共に、静かに、しかし確実に。
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