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畢生賛歌  作者: しちく
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時計仕掛けの夢

高山裕太は、毎日同じ時間に同じ夢を見ていた。


それは、真夜中の12時きっかりに始まる。彼は巨大な歯車の上に立っていて、その周りには無数の時計が浮かんでいる。すべての時計の針が一斉に動き出すと、歯車も回転を始める。


裕太は必死に均衡を保とうとするが、やがて転げ落ちる。そして、目が覚める。


この夢を見始めてから3ヶ月が経っていた。最初は単なる奇妙な夢だと思っていたが、毎晩同じ光景を見続けるうちに、裕太は不安を感じるようになった。


ある日、裕太は街の古い時計店の前を通りかかった。ショーウィンドウに飾られた懐中時計が、夢の中で見た時計とそっくりだった。


衝動的に店に入った裕太は、白髪の老店主と出会う。


「いらっしゃい。何かお探しですか?」


裕太は躊躇いながらも、自分の夢のことを話した。老店主は静かに耳を傾け、やがてゆっくりと立ち上がった。


「君の夢は、時間の狭間に迷い込んでしまったようだね」


老店主は裏の小部屋から、古びた金色の懐中時計を持ってきた。


「これは、時を修復する力を持つ時計だ。夢の中でこれを使えば、君は時間の流れを正すことができるだろう」


半信半疑ながらも、裕太は老店主から時計を借り受けた。


その夜、いつものように夢の中で巨大な歯車の上に立った裕太は、ポケットから懐中時計を取り出した。周囲の時計が一斉に動き出す瞬間、裕太は懐中時計の蓋を開けた。


すると驚くべきことが起こった。周囲の時計の針が逆回転を始めたのだ。歯車の回転も止まり、裕太はバランスを崩すことなく立っていられた。


しかし、時間が巻き戻るにつれ、裕太の周りの景色が変化していく。彼は自分の人生の重要な場面を、逆再生のように目撃することになった。


幼少期の誕生日パーティー、小学校の入学式、初恋の告白…そして、彼が忘れかけていた、祖父との最後の会話。


「裕太、人生は時計仕掛けのようなものだ。でも、時々歯車が狂うこともある。そんな時は立ち止まって、自分の心の声に耳を傾けるんだ」


祖父の言葉が、裕太の心に深く響いた。


気がつくと、裕太は自分のベッドの上にいた。朝日が窓から差し込んでいる。懐中時計はまだ彼の手の中にあったが、動いていなかった。


裕太は急いで時計店に向かった。しかし、昨日あったはずの店は跡形もなく、そこにはずっと前から空き地があったかのようだった。


不思議に思いながらも、裕太は懐中時計を大切にポケットにしまった。これからの人生、時々この時計を見て、自分の歩みを振り返ろうと思った。


それ以来、裕太の夢は変わった。時々、巨大な歯車の上に立つことはあっても、もう転げ落ちることはない。代わりに、様々な時代や場所を旅するような不思議な夢を見るようになった。

そして、現実の世界でも、裕太は少しずつ変わっていった。


以前の彼は、仕事一筋で周りが見えていなかった。しかし今は、家族や友人との時間を大切にし、新しい趣味にも挑戦するようになった。


ある日、公園のベンチで休んでいた裕太は、隣に座った老人と話をする機会があった。


「若いころは、時間が有り余るほどあると思っていたよ」

と老人は語った。

「でも今わかるのは、一瞬一瞬が貴重だってことさ」


裕太はポケットの懐中時計に手を当てながら、静かにうなずいた。


「そうですね。僕も最近、そのことに気づき始めました」


老人は柔和な笑みを浮かべた。

「そうかい。君はきっと、素晴らしい人生を送れるはずだ」


別れ際、裕太が老人の後ろ姿を見送っていると、どこか見覚えのある雰囲気を感じた。まるで、あの時計店の老店主のようだった。


しかし振り返ると、老人の姿は既になく、代わりに一枚の木の葉がひらひらと舞い落ちていた。

裕太は葉を手に取り、懐中時計と一緒にポケットにしまった。これからの人生が、どんな歯車で動いていくのか。それを想像すると、不思議と胸が躍った。


その夜、裕太は久しぶりに夢を見なかった。しかし、深い眠りの中で彼は確かに感じていた。時を刻む音が、自分の鼓動と一つになっているのを。

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