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畢生賛歌  作者: しちく
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予期せぬ出会いが人生を変える

佐藤美咲は、いつもと変わらない月曜日の朝を過ごしていた。いつものように急ぎ足で駅に向かい、いつものようにギリギリで電車に飛び乗る。そして、いつものように混雑した車内で立ったまま、スマートフォンを片手に会社までの30分間を過ごす。


28歳になった美咲は、大学卒業後からずっと同じIT企業で働いていた。仕事は悪くなかったが、特別やりがいを感じているわけでもなかった。日々の生活に大きな不満はなかったものの、何か物足りなさを感じていた。そんな彼女の人生が、この日を境に大きく変わることになるとは、誰も予想していなかった。

いつもより混雑していた電車の中で、美咲は急ブレーキで体勢を崩し、隣に立っていた男性にぶつかってしまった。


「あっ、すみません!」

と慌てて謝る美咲。


「大丈夫ですよ」

と笑顔で答えた男性は、30代半ばくらいだろうか。優しそうな目と柔らかな物腰が印象的だった。


その瞬間、美咲のスマートフォンが床に落ち、画面にヒビが入ってしまった。


「あ゛ー」

と思わず声を上げる美咲。


「大変でしたね。僕の名刺に携帯ショップの電話番号を書いておきますね。ここなら安くて丁寧に修理してくれますよ」


男性は名刺を取り出し、裏に電話番号を書き始めた。その名刺には

「佐々木健太郎 - フリーランスカメラマン」と書かれていた。


「ありがとうございます」

と言いながら、美咲は名刺を受け取った。


その日の夕方、携帯ショップに電話をかけた美咲は、佐々木さんが紹介してくれた店員と話をしているうちに、彼が佐々木さんの幼なじみだと知った。修理の予約を取り終えた後、何気なく佐々木さんのことを尋ねてみた。


「佐々木さんですか?彼は素晴らしい写真家ですよ。でも、最近は被写体に悩んでいるみたいです」


その言葉が、美咲の心に引っかかった。


数日後、修理を終えたスマートフォンを受け取りに行った美咲は、偶然にも佐々木さんと再会した。彼は友人の店に寄ったところだったのだ。


「あの、失礼かもしれませんが...」

美咲は勇気を出して話しかけた。

「あなたの撮る写真、見てみたいです」


佐々木さんは少し驚いた様子だったが、にっこりと笑って答えた。

「よかったら、今度の土曜日に開く小さな写真展に来ませんか?」


その言葉に、美咲の心は躍った。


土曜日、美咲は佐々木さんの写真展に足を運んだ。そこで目にした写真の数々に、彼女は息を呑んだ。風景、人物、動物...全ての被写体が生き生きとしていて、見る者の心を掴んで離さない魅力があった。

「素晴らしいです」と美咲は率直に感想を伝えた。


「ありがとうございます

」と佐々木さんは照れくさそうに答えた。

「でも最近、新しい挑戦がしたくて...」


その言葉を聞いた美咲は、突然閃いた。

「私、モデルになってみてもいいですか?」


佐々木さんは驚いた表情を浮かべたが、すぐに笑顔になった。

「それは...面白いかもしれません」


それから数週間後、美咲は佐々木さんのモデルとして、様々な場所で撮影に挑戦した。オフィス街、公園、海辺...。普段何気なく過ごしている場所が、カメラを通すと全く違って見える。その発見が、美咲にとっては新鮮で刺激的 だった。


撮影を重ねるうちに、美咲は自分の中に眠っていた創造性に気づき始めた。佐々木さんとの会話を通じて、彼女は自分の人生を違う角度から見つめ直すようになった。


「僕は、人々の中に隠れている美しさを写真で表現したいんです」

と佐々木さんは語った。

「でも、それは簡単なことではありません」


その言葉に、美咲は深く共感した。彼女もまた、自分の中に眠る可能性を見出そうともがいていたのだから。


ある日、佐々木さんは美咲に言った。

「君と出会って、僕の写真が変わった気がするよ。今まで見えていなかったものが、見えるようになった」


美咲は驚いて尋ねた。

「それって、どういう意味ですか?」


佐々木さんは少し考え込んでから答えた。

「君の姿を通して、人々の日常に隠れている小さな輝きが見えるようになったんだ。それが、僕の求めていた新しい視点だったんだと思う」


その言葉に、美咲の胸は熱くなった。自分が誰かの人生に良い影響を与えられるなんて、考えたこともなかった。


それから数ヶ月後、佐々木さんは大きな写真展を開くことになった。そこには、美咲をモデルにした作品も多く展示された。オープニングパーティーで、美咲は多くの人々が自分の写った作品を見て感動している様子を目の当たりにした。


「これらの写真は、日常の中にある美しさを捉えていますね」とある評論家が佐々木さんに語りかけるのを、美咲は耳にした。


その瞬間、美咲は自分の人生が大きく変わったことを実感した。彼女は単なるOLから、アーティストの創造性を引き出すインスピレーションの源へと変貌を遂げていたのだ。


写真展の成功後、美咲は大きな決断をした。長年務めた会社を辞め、クリエイティブな仕事に挑戦することにしたのだ。それは、佐々木さんとの出会いがなければ、決して踏み出せなかった一歩だった。

「人生って、本当に予想できないものですね」とある日、美咲は佐々木さんに話した。


佐々木さんは優しく微笑んで答えた。

「そうだね。でも、予想外の出来事こそが、人生を豊かにしてくれるんだと思う」


美咲は頷いた。確かに、あの日の予期せぬ出会いが、彼女の人生を大きく変えた。そして、これからもきっと素晴らしい偶然が、彼女の人生を彩っていくに違いない。


その確信を胸に、美咲は新しい未来に向かって歩み始めた。カメラのシャッター音が、彼女の新たな人生の幕開けを告げているかのようだった。

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