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畢生賛歌  作者: しちく
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雨の日の出会い

雨音が窓を叩く音で目が覚めた。真夜中だった。康介は寝ぼけ眼でスマートフォンを手に取り、時刻を確認する。午前2時37分。


「まだこんな時間か…」


むっとした空気の中、康介はベッドから這い出し、水を飲みに台所へ向かった。ふと窓の外を見ると、雨の中を歩く人影が目に入った。


「こんな時間に…誰だろう?」


好奇心に駆られた康介は、傘を手に取り、部屋を出た。エレベーターに乗り、1階のロビーへ。自動ドアが開くと、冷たい夜風が頬を撫でる。


人影を追って歩き始めると、それが少女であることに気がついた。肩まで伸びた黒髪が雨に濡れ、白いワンピースが体にへばりついている。


「おい!」


康介は声をかけた。少女は振り返り、康介と目が合う。その瞬間、康介は息を呑んだ。少女の瞳が、まるで夜空のように輝いていたからだ。


「どうしたの?こんな夜中に」


康介は尋ねた。少女は黙ったまま、康介をじっと見つめる。その眼差しに、何か言葉では表現できないものを感じた康介は、傘を差し出した。


「濡れてるだろ。これ使えよ」


少女は首を横に振った。


「いいの。私、雨が好きだから」


その声は、まるで遠くから聞こえてくるような不思議な響きだった。


「そうか…でも、風邪引くぞ。家はどこだ?送っていこうか?」


少女は再び首を横に振った。


「家には帰れないの」


その言葉に、康介は困惑した。


「どういうこと?」


少女は空を見上げ、そっと目を閉じた。


「私ね、この世界の人間じゃないの」


康介は少女の言葉に戸惑いを隠せなかった。冗談だろうか、それとも何か事情があるのだろうか。しかし、少女の表情には嘘をついている様子は見られなかった。


「どういう意味だ?」


康介が尋ねると、少女は再び康介を見つめた。


「私は、別の世界からやってきたの。この雨と一緒に」


その言葉に、康介は笑いそうになったが、少女の真剣な表情を見て言葉を飲み込んだ。


「信じられないかもしれないけど、本当なの。私たちの世界では、雨が降ると時々こっちの世界に来ることができるんだ。でも、雨が止むと戻らなきゃいけない」


康介は少女の話を聞きながら、自分が夢を見ているのではないかと思った。しかし、肌に当たる冷たい雨の感触は、これが現実であることを物語っていた。


「じゃあ、君は…」


「そう、雨が止むまでしかここにいられないの」


少女の言葉に、康介は何か切ないものを感じた。


「でも、なんでこんな夜中に外を歩いてるんだ?」


「この世界を見てみたかったの。みんなが寝ている間に、静かな街を歩くのが好きなんだ」


少女の言葉に、康介は思わず微笑んだ。


「そうか。じゃあ、一緒に歩こうか。僕が案内するよ」


少女は少し驚いた様子だったが、すぐに笑顔を見せた。


「ありがとう」


二人は雨の中を歩き始めた。康介は自分の住む街の夜の顔を、初めて見るような気がした。普段は気にも留めない建物や道路が、雨に濡れてひっそりと佇む姿に、不思議な魅力を感じた。


少女は時折立ち止まっては、何かを見つめたり触れたりしていた。街灯の明かり、雨に濡れた木の葉、道端の小さな花。どれもが少女にとっては新鮮な発見のようだった。


「ねえ、あれは何?」康介は少女が指さす先を見た。そこには、古びた神社があった。


「ああ、神社だよ。祈りを捧げる場所なんだ」


「祈り?」


「うん、願い事をしたり、感謝の気持ちを伝えたりするんだ」


少女は神社に近づき、鳥居の前で立ち止まった。


「私も、お願いしていいのかな」


康介は頷いた。「もちろんだよ」


少女は目を閉じ、両手を合わせた。その姿に、康介は何か神々しいものを感じた。

祈りを終えた少女が振り返ると、空が少しずつ明るくなり始めていた。


「ああ…」

少女の声に、寂しさが混じっていた。


「雨が…止みそうだ」

康介も空を見上げた。


「そうね。もう、戻らなきゃ」


少女の言葉に、康介は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。


「また会えるのかな」


少女は微笑んだ。

「きっと、また雨が降るわ」


空が白み始め、雨がほとんど止んだころ、少女の姿が少しずつ透明になっていった。


「ありがとう。素敵な夜だったわ」


最後に少女が残した言葉と共に、その姿は消えてしまった。


康介はしばらくその場に立ち尽くしていた。やがて、朝日が顔を出し始め、街に活気が戻ってきた。

家に戻った康介は、ベッドに横たわった。まるで夢のような出来事だったが、濡れた服と靴が、それが現実だったことを物語っていた。


康介は目を閉じ、少女との不思議な出会いを思い返した。そして、心の中でつぶやいた。


「また雨が降りますように」


窓の外では、新しい一日が始まろうとしていた。

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