時間を超える約束
雨が小気味よく降る、じめじめとした5月の夕方。公園の一角に佇む古びた噴水のそばで、2人の男女が向かい合っていた。
「ごめんね、待たせちゃった」
若い女性が軽く息を付きながら言った。ロングスカートが風に靡く中、彼女は男性の方を見つめた。
「いや、私こそ先に来過ぎただけさ」
男性は頭を横に振り、にこやかに答えた。
「大切なものは、お互いに待ち合わせた瞬間に会えたということだよ」
2人の年齢を表す外見はさほど変わらないが、着ているスーツやワンピース、身なりからは時代の隔たりを感じさせた。
「言葉を変えて言えば、お前が遅れてきたってわけか」
女性は口を尖らせたが、すぐに笑みを浮かべてみせた。
「まあいいや、おじさん。大事なのは約束を果たせたことね」
「おじさんって...」
男性は苦笑した。
「分かりやすい表現だね。ま、私もそのつもりだしね」
しばしの沈黙の後、2人はゆっくりと歩き出した。周囲の景色は見覚えがあるはずなのに、何故か違和感を覚えた。
「どうして、この場所なの?」
女性が口を開いた。
「今の私には、特に思い入れはないんだけど」
「そうだね」
男性はうなずいた。
「でも過去にも未来にも、この公園は大切な場所なんだ。それに...」
目の前の風景が、見る見るうちに変わっていく。池の水が透き通り、噴水の水しぶきが煌めき始める。道路の舗装が新しくなり、遠くに新築の高層ビルが見え隠れする。
「この場所じゃなきゃ、時間移動できないからね」
男性はくすくすと笑った。
女性の目が見開かれた。
「まさか、本当に...!?」
「さっきから気付いていたと思うけど、私たちは単なる人じゃない」
男性は言い淀みながらも、重々しい口調で続けた。
「お前は過去からの刻の旅人で、私は未来からの"運命の番人"なんだ」
「そう...だったのね」
時間の流れとともに記憶が戻り、女性は頷いた。
「だからここに呼び出されたのか」
「"運命の歯車が狂い始めている"」
男性の表情が一変した。
「その修正がお前の役割らしい」
次々と展開する事態に戸惑いつつも、2人はしばし黙って立ち尽くした。そしてふと、遠くから大きな轟音が聞こえてきた。
「時間がない!」
男性が叫ぶと、2人は走り出した。周りの景色が止まり、時が逆戻りし始める。突風が吹き荒れ、地面が引き波般に動き出す。
「こんな時間の歪みは初めてだ!」
女性は叫びながらも、男性に続いて公園の奥へと進んでいった。
やがてゆるやかな坂道を上ると、そこには時を守護する巨大な門が漆黒の姿を見せていた。ひび割れた扉が開かれ、異様な光が漏れていく。
「この門の先が、お前の行く場所だ」
男性が言うと、強い眩しさに視界が遮られた。
次の瞬間、女性は崩れ去る世界の中に立っていた。これまでの記憶が書き換えられ、地続きだった景色が粉々に砕け散っていく。
「どうすればいい?私にはもう分からない!」
絶望に打ちひしがれていると、ふと遠くに見覚えのある存在が浮かび上がった。
「あの人形...!」
幼い頃、大切にしていた人形だった。
その小さな存在に、女性は勇気をもらった。
「私に出来ることがあるはずだわ!」
女性は手に持った時計の針を逆回転させた。時間と世界が元に戻り始めた。粉々に砕けた景色が少しずつ修復されていく。
しかし、それでも世界が正常に戻るまでには程遠かった。歪んだ時間の亀裂が、過去や未来、現在をゆがめ続けていた。
「くっ...こんなんじゃ、ダメだわ!」
女性は必死に時計の針を操作したが、状況は改善されなかった。
そこに、突如、男性の声が聞こえてきた。
『刻の旅人よ、あの人形を手がかりにしろ』
「人形...?」
女性は我に返り、幼い頃の思い出が蘇ってきた。
あの人形を大切にしていた時代、世界は平和で美しかった。
「そうよ、あの世界に立ち返らなくちゃ!」
女性は人形に想いを馳せながら、今一度時計の針を動かした。回転が加速するにつれ、周りの景色がゆっくりと変化していく。
遠くの高層ビルが次第に低くなり、緑豊かな田園風景が広がっていった。空からは、のどかな鳥の声が聞こえてくる。
やがてその世界が完全に現出すると、亀裂に満ちていた時間の歪みが、ゆっくりと癒されていった。
「私の世界...無垢な思い出の世界よ」
女性は感極まった表情で呟いた。
「ここから全てが生まれ、そしてまた新しい未来へと続くのね」
一瞬の静寂の後、時間の歪みは完全に修正された。世界が正常な流れに戻り、危機は去った。
女性はホッと肩の力を抜くと、次にふと気づいた。自分の手に、まだ幼い頃の人形を 握りしめていたことに。
「あなたのおかげで、世界は守られたわ」
女性は人形に微笑みかけた。
「これからは、新しい思い出をたくさん作らなくちゃね」
やがて遠くから、男性の声が聞こえてきた。
『お疲れさま。任務は無事に成功したようだね』
『これで時間の歪みは正された。ありがとう、刻の旅人』
女性は穏やかに微笑み返した。
「私こそ、ありがとう。この世界を守ってくれて」
時間の守護者と、運命を紡ぐ刻の旅人。
2人の出会いによって、新しい未来への道が切り開かれた。
人形を優しく胸に抱きしめながら、女性は夕暮れの中を歩き出した。いつの日か、また新しい旅路を歩むことを知りつつ。
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