光の跡
東京の街を小降りの雨が濡らす夜。俺はカバンに手を突っ込んだまま、狭い路地を急ぐ足取りで歩いていた。
約束の時間はとっくに過ぎ去っていた。待ち合わせ場所の公園に向かう途中、スマホの時計が23時25分を指していることに気づいた。
しかし、それでも足を止められなかった。たとえ遅刻していようとも、あの場所に行かねば胸の重苦しさは晴れない。
6ヶ月前のあの日、俺たちはここで待ち合わせをしていた。待ち合わせの時間になってもあいつの姿を見かけず、俺はいつまでも公園のベンチで体を横にしながら待ち続けた。
やがて夜の帳が下り、公園のほとんどの明かりが消えた頃、あいつは小さな手提げ袋を持って現れた。長い黒髪が雨に濡れて肩にベタついていた。
「ごめん、雨に打たれながら歩いてたから、遅れちゃった」
疲れきった表情と共に、素朴な言葉が零れ落ちた。
「いや、大丈夫。無事に来てくれただけでよかった」
俺は安堵の思いと共に、そう答えた。それでも遅刻の理由を尋ねずにはいられなかった。
あいつはベンチに腰を下ろすと、袋からいくつかの物を取り出した。ろうそくのキャンドルと、透き通るように美しい手作りのガラス細工のペンダントだった。
「今日は、このペンダントを作っていたの。だから時間ばっかり過ぎちゃって」
ペンダントの中核にはひらりと細い光が宿されていた。あいつはそれをくるりと首に掛けてくれた。
「この光は、私たちの約束の証。決して消えることはないから」
まるでそう誓われたかのように、ペンダントの光は頼もしく静かに瞬いていた。
「私が死んでも、この光は決して消えない。だから、心配しないでね」
突然の言葉に、俺は眉をひそめた。しかし、あいつの表情は前より明るく穏やかで、俺の素朴な質問を力なく跳ね返してしまった。
数ヶ月の月日が過ぎた。あいつが難病の白血病を患い、抗がん剤治療を受けていることは知っていた。しかし、本当にいつかあの命が燃え尽きてしまうなんて、そんな現実をどうしても受け入れられずにいた。
葬儀の日、あいつが遺した手作りのガラスペンダントを開けてみた。すると、そこには見覚えのある一条の光が、いつまでも憑依していた。
(消えない光、か――)
あいつの最後の言葉を、今になって理解する。確かにあの命は燃え尽きてしまった。しかし、この光があの想い出を私に繋ぎとめている。けして消えぬ光によって。
公園に着くと、小雨は上がっていた。ベンチに腰を下ろし、あの日と同じようにペンダントを手に取った。ガラスの中で細い光が揺らめく。
そして俺は、あいつとの思い出に酔いしれながら、この光にあの人の想いが永遠に宿ることを願った。
この光があれば、きっと大丈夫。あいつとの約束は、この世にいつまでも生き続けるから――。
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