流れ星の約束
夏の夜風が優しく吹き抜けるこの丘で、里緒菜は夜空を仰ぎ見た。天高くには無数の星々が煌めき、まるで宝石を散りばめたような美しさだった。
「きれいだな」
脇に佇む幼なじみの柊が、つぶやくように言った。二人は子供の頃から、この町はずれの丘に通っていた。ただ無心に星を見上げるだけの、とてもありふれた時間だった。
「そうね、綺麗だわ」
里緒菜も心行くまで夜空の景色を味わった。広大な空に星々が輝きわたる様は、まるで幻想的な世界のようでもあった。
夜風が再び吹き抜け、柊の短い黒髪がなびいた。里緒菜はつい、その側顔に目が行ってしまう。星空の煌めきに照らし出された柊の無防備な表情が、何となく愛おしく映った。
ふと、里緒菜は口を開いた。
「ねえ柊。もし今、流れ星が現れたら、何を願うの?」
「ふーん」
柊は少し考えるそぶりを見せた。
「たぶん、この綺麗な夜空が永遠に続くことを願うかな」
「フフッ、柊らしいね」
柊の答えに、里緒菜は吹き出した。確かにこの星空は永遠に続いてほしい。一瞬一瞬が芸術的で、たゆまぬ時の貫流に侵されてはいけない。
夜風が吹き流す中、またもや柊の黒髪がきらめく星空の下で艶やかに揺れた。里緒菜はついつい見とれてしまい、言葉を忘れていた。
「じゃあ里緒菜は?」
柊が同じ質問を返してきた。
「私は...」
里緒菜は間を置いてから、こう続けた。
「家族に恵まれることかな」
柊の表情が何かを思い出した様に曇った。里緒菜には続けて言葉が出なかった。
実は里緒菜は、事故で幼い頃に両親を亡くしていた。以来ずっと、祖母の家で暮らしてきた。血のつながった家族は祖母しかいない。孤独な日々を過ごしてきたのだ。
「そうか...」
柊は小さくうなずいた。続けて言葉は出なかったが、きっと気の毒に思ったのだろう。
しばらく二人の間には言葉が途絶えた。やがて里緒菜が、はにかむような口調で打ち明けた。
「でも、柊が私の隣にいるおかげで、ずいぶんと救われてるの。ほんとにありがとね」
「ああ、こちらこそありがとう」
柊も優しく頷いて微笑んだ。
夜風の中で二人は、星空を改めて眺め直した。遥か彼方の星々はまるで、心の内奥を優しく撫でるように輝いていた。
数年の月日が過ぎた。二人は高校を卒業し、それぞれの進路へと旅立った。柊は県外の大学に進学するため、この町を離れなければならなかった。
進学の日を控え、二人はまたこの丘に立った。かつてと変わらぬ美しい夜空が広がっていた。
「里緒菜、俺は東京に行っても頑張よ」
柊が夜風に揺れる短い黒髪を撫で付けながら、切り出した。
「うん、頑張ってね。定期的に手紙出してね待ってるから」
里緒菜はにっこりと微笑み返した。
すると、その次の瞬間、天を見上げると流れ星が現れた。細くしなやかな軌跡を描きながら、一瞬にして視界から消えていった。
「あ! 流れ星だ!」
柊が先に気づいて叫んだ。二人はすぐさま願い事をした。
里緒菜の願い事は、変わらず『素晴らしい家族に恵まれますように』だった。
柊の願い事は知る由もなかったが、多分新天地東京での充実した生活を願ったのだろう。
数年の歳月が流れた。柊は東京の大学を卒業し、この町に戻ってきた。そしてある日、ふとしたきっかけで二人は公園で再会することになった。
「ずっと、ずっと会いたかった……」
久しぶりに姿を見た里緒菜は、つい本音を口にしてしまった。
「俺も同じだよ。東京に行ってからずっと、この町そして君を想っていた」
柊はそう言うと、少しばかり切なそうな表情を浮かべた。
そのとき、公園の時計台から優雅な汽車の鐘の音が遠くに響き渡った。幾年ぶりかで、二人は夢のような再会を果たしたのだった。
そして再会から半年が過ぎた頃、里緒菜と柊はまた丘に立っていた。かつて見た広大な夜空が、あの頃と変わらず彼らを包んでいた。
「柊、あのときの流れ星の願い事、かなったかな?」
里緒菜が、夜風に肩を優しく撫でられながら、ふと問うた。
「うん、今からかなえるよ」
柊はそう応えると、里緒菜の手を優しく取った。
「柊……」
里緒菜は驚きを隠せなかった。柊の手のぬくもりに、胸が高鳴った。
「俺の願い事はね、里緒菜と永遠に一緒にいることだよ」
柊はまっすぐ里緒菜の瞳を見つめながら、はっきりとそう告げた。
「柊、私も!」
里緒菜も同じ想いでいたと、胸を震わせ涙を流しながら伝えた。
そしてまた、頭上で流れ星が光り輝いた。二人はその流れ星に想いを込め、唇を交わした。
時は経ち、夜空が綺麗な時には、家族3人で星のを見に丘に行き、静かに星を眺めるのが習慣となった。
あの日の丘の上で見た星空と、二人の願い事を込めた流れ星。それらはきっと、今の幸せな家族に恵まれたことを約束してくれたに違いない。
面白かったらぜひ、評価・コメント・ブックマークをお願いします!!