それから――。
「推し成分が……推し成分が足りない……!」
「衝立のすき間からのぞくのではなく、直接、リカに会って行ったらどうだ?」
衝立に額を押し付けてハアハア言っているラレンの背中を見つめてジーは尋ねた。
王都で別れてから数か月。
ジーの部屋のすみに空間転移を出現させたラレンは毎晩のように衝立の向こうのベッドで眠るリカの寝顔をのぞきに来ていた。毎晩、毎晩、毎晩――である。
ツッコミスキルもなく、のんきな性格のジーは〝本当にリカのことが好きなんだなぁ〟と心の中でニッコニコの笑顔になっているだけだ。
でも――。
「毎晩毎晩、よくやりますよね。ワープポータルってそこそこ魔力を消費するのに。……そう言えば私たちと三年間、旅をしていたあいだもロイヤルキャット様を吸うために毎晩毎晩、ワープポータルで王城に戻っていたんでしたっけ。私たち三人に一度も気取られることなく!」
「ていうか、衝立のすき間からのぞき見してハアハア言ってるのって犯罪じゃねえのか? セーフかアウトかで言ったらアウトだろ」
この場にはのんきではあるかもしれないけれど、ツッコミスキルを有したオリーとバラハがいる。というか、オリーとバラハもいる。ラレンだけでなく、オリーとバラハも毎晩毎晩、やってきているのだ。
「ラレンが犯罪者になるのを黙って見過ごすわけにはいかない。やはりリカを起こしてくるから直接……!」
「ダメだ、魔王」
真剣そのものなラレンの声にリカを起こしに行こうとしていたジーは足を止めた。振り返ってみるとラレンはあいかわらずジーに背中を向けているし衝立に額を押し付けてハァハァ言っている。
「直接、会うのは人族と魔族の親交を正式に復活させてからだ。堂々と胸張って会いに来るんだよ。わかってないな、クソ魔王」
「……そうか」
「だがしかし! 生きていくために推し成分の摂取は必須! 推し成分は酸素と同じ! 推し成分は水と同じ! なくてはならないもの! なくては死ぬもの! 命にかかわるもの!」
「……そ、そうか」
あいかわらず淡々とした表情だけれど心の中では困り顔になっているだろうジーを見てオリーは苦笑いを、バラハは肩をすくめてみせた。
「今日も一日、よくがんばったんだ。ご褒美とでも思って大目に見てやってくれ」
「実際、ラレンはよくがんばってますよ。根深い問題や厄介なしがらみとも根気強く向き合っています」
「必ず……必ず魔族に対する誤解も、人族の問題も解決して胸を張って会いにきます! だから、それまでは……ハアハア……!」
「それはさておき、そろそろ帰らねえと明日の公務に寝坊するぞ」
「もう少し……もう少しだけ……ハアハア……!」
「はいはい、明日の夜の楽しみに取っておきましょうね」
「んじゃあ、また明日な、ジー」
「もう少し! もう少しだけぇぇぇえええーーー!」
オリーにえり首をつかまれたラレンはずるずると引きずられてバラハが出現させた王都行きのワープポータルに消えていった。バラハもひらりと手を振って王都へと帰っていく。
静寂が戻った部屋に衣擦れの音がした。コト……と衝立が動く音がして――。
「……帰った?」
リカが顔をのぞかせた。毎晩のことにすっかり困り顔になっている。
ジーはと言えばあいかわらず淡々とした表情だけれど心の中ではくすりと微笑んでいるのだろう。深くうなずいた。優し気に細められた片方だけの赤い瞳を見返してリカは唇をとがらせた。
「僕もジー君とオリーとバラハとラレンといっしょにおしゃべりしたいんだけど」
「そう言うな、リカ」
「でもー、でもでもー! ジー君たちは毎晩毎晩、話をしてるのに僕だけ寝たふりしてないといけないってズルい! のけ者感あってさみしい! 僕もいっしょにおっしゃべりしたいーーー!」
子供のように地団駄を踏むリカにジーは心の中では困り顔で微笑みながら言う。
「ラレンやオリー、バラハがああ言ってがんばっているんだ。人族と魔族の親交が正式に再開するその日まで寝ているフリをして待っていてあげてくれ。私たちは私たちでできることをがんばろう。……なあ、リカ」
ジーの言葉にリカは唇をとがらせてそっぽを向いた。
でも――。
「わかったよ。ジー君がそう言うのなら……ラレンたちもそう言うのなら、もうしばらく寝たふりをしているよ」
そう言って金色の瞳を細めてくしゃりと笑ったのだった。
勇者パーティの面々と魔王――。
リカとオリー、バラハとラレン、そしてジーの五人がそろって同じテーブルを囲み、おしゃべりをするのはそれから五十年ほど先のことになる。




